第322話:名案

 めかし込んだプラウティアのことを見送った後、セネカはニーナとガイアと共に食事に出かけた。このあと一緒に訓練をするつもりだ。


 三人がいるのはプラウティアたちが今日行っているような高級な店ではなくて、がやがやとして活気のある店だ。


 この店では様々な料理に豆が入っている。大抵は原型がほぼないか崩れているけれど、料理によって種類も違い、満足感が高い。


 セネカは魚の汁物を注文した。何種類もの魚と豆や野菜が煮込まれている料理で、毎回魚や豆の種類は違うけれど、美味しくなかったことがない。


「『月下の誓い』は最近どうー?」


 肉料理を頼んだニーナが早く料理が来ないかと辺りを見回している。さすがにまだ来ないだろう。


「見ての通り落ち着いて過ごしているな」


 ガイアも肉料理を頼んだ。煮込みなのでニーナのものより早く来るかもしれない。


「もう少ししたら動き始めると思うけどね。最初は近場で連携を確認しているから、よかったらニーナも来てよ」


「あ、いいね。行くよー」


 パンが運ばれてきた。黒い生地にひまわりの種が入っている。

 ニーナがすかさず手に取り、ちぎって食べ始めた。しばらくは黙っているかもしれない。


「ガイアは昨日は何していたの? あんまり会わなかったよね」


「罠研の友達と会っていた。疎遠になっていたのだが、またたまに集まるのも良いかという話になったんだ」


 罠研とは、王立冒険者学校時代にガイアが罠に興味がある人たちとともに実践的な研究をしていた会のことだ。


「ストローも来ていたぞ。フィルスは相変わらずだった。他にも――」


 セネカは罠研の人たちの顔を思い出した。ストローの顔はよく見ているが、フィルスの名前を聞いたのは久しぶりだった。【長剣術】のスキルを持つ正統派剣士なのに、小さな罠を散りばめて強烈な攻撃を通そうとする戦い方に特徴がある。


 Sクラスには様々な剣士がいて、手合わせのたびに勉強になった。前にレオニダスが言っていたように、これまで戦ってきた剣士の技が自分の中にも生きているのかもしれないとセネカは思った。


「あ、料理が来たよ!」


 ニーナは立ち上がりそうな勢いで跳ねたけれど、自分の分がまだだったので少し沈んだ。


 セネカの目の前に大きな器が置かれた。今日の汁は透き通っているけれど、ほんのり赤く色づいている。とてもおいしそうだ。


 ニーナにじっと見つめられながらセネカは木の匙を手に取った。そして汁をすくって口に運ぶ。


 感じたのは魚の濃いうまみと優しい甘さだった。ベッテの根が入っているのでその甘みが出ているのだろう。色がついているのもこれが入っているからだ。


 底をさらうと汁が少し濁るのが分かった。今日は珍しく豆が崩れずに入っていて、食べるとホクホクした。


 複雑に絡み合う魚と野菜、豆の味を楽しんでいると店員がこっちに来るのが見えた。


「あ、ニーナのも来たよ」


「待ってました!」


 ニーナが頼んだのは豚のあばらを焼いた料理だ。豆の形が残る汁がかかっている。


 ニーナは飛びつきそうな目で料理を見た後で、その様子が嘘かのように丁寧に食事を始めた。当然ニーナも冒険者学校で教育を受けているので、その気になればもっと上品に食べることもできる。そもそも父親が料理人のニーナは元々綺麗に食事をする。


「いやぁ! いつ来ても美味しいねぇ!」


 笑顔で食べるニーナを見て、セネカも顔を綻ばせた。





「ニーナ、それでね……」


 食事が落ち着いてからセネカは切り出した。

 ニーナは幸せそうな顔をしながらこちらを見つめている。


「最近キトの様子がちょっと変なんだよね。製薬にすごく打ち込んでいるのはすごいんだけれど、独り言がすごく多くなっていてさー」


 ニーナは少し姿勢を正した。


「キトちゃんが? あんまりそういう人には見えないけれど」


「そうなの。今までそんなことはなかったんだけどさぁ。少し根を詰めさせちゃっているのかなぁって反省しているの」


「セネカだけのせいではないけれどな」


 ガイアが気遣ってくれる。


「自室の中でのことだから良いんだけれど、何だか心配になっちゃってさー」


「それは、そうだよね」


 ニーナが頷いている。


「どうしようかなぁって思ってねぇ」


「なるほどねぇ。何か内緒で飼っている訳じゃないんだよね?」


「うん。それは違うみたい」


 ニーナは顎に手を当てて考えた。そして軽く手を叩いてからあっけらかんと言った。


「きっと寂しいんだよ」


「寂しい?」


「うん。だってセネカたちが冒険に行っている間も一人で研究しているんでしょう? もちろん高等学院とかで人と会っているとは思うけれど、仲間がいないのは寂しいんじゃないかな?」


 セネカは『キトに限って』と思ったけれど、仮にそう感じていても絶対に言わない性格であるとは感じた。


「ガイアもそう思う?」


「うーん。確かに多少の孤独感を持っていても不思議ではないな」


 それはあるかもしれないと思った。

 あの広い家に一人で長くいるのは大変そうだ。

 もちろん信用している人に頼んで掃除などはやってもらっているが……。


「うちのひいおじいちゃんは犬を飼うようになってから独り言がだいぶ減ったみたいだよ? やっぱりそういうのも大事なんじゃないかなぁ?」


 キトとはかけ離れた例が出てきたけれど、ニーナの言うことにも一理あるのかもしれなかった。


「誰かに必要とされているって実感したりしたら違うかもしれないしね。ひいおじいちゃんはよく犬を撫でてるよ」


 セネカは「うーん」と唸った。その声が案外犬っぽくて、三人で笑ってしまった。





 その日の夜、セネカが共用の居間でぼーっとしているとキトがやってきた。寝巻きに着替えているので今日の仕事は終わりにしたのだろう。


「セネちゃん、何してるの?」


「空想?」


「どんな空想?」


 セネカはうっすらと頭にあったことを話し始めた。


「私とルキウスの力で何ができるのかなぁって。私たちの力って対みたいなところがあるから、私がルキウスの斬るものを限定したり、その反対のことができたりするのかなぁって」


 キトは少し考えたあとで口を開いた。


「それって例えばセネちゃんが繋ぎたいもの以外をルキウスが断てば、より強力に力が作用するかもしれないってこと?」


「そう……。そういうことができるかもしれないけれど、途方もない力が必要でしょ?」


「うん、そうだね。ある程度範囲を限定したとしても、対象が多すぎる気がするね」


 セネカは頷いた。目的のものとそれ以外だと、それ以外を受け持つ方が大変すぎる。けれど、そこに向けて進んだ時に何か見えてくることがあるように感じているのだ。


「樹龍に追い詰められたとき、私は何かを繋ごうとしていたんだけれど、ルキウスもなんとかスキルを使おうとしていたみたいなんだよね。必死だったから何が対象だったのか分からなかったみたいだけど」


「でも赤い糸が発生して、プラウティアがそれを見たかもしれないって言っている」


「そうなの」


 あの時、赤い糸には何の効果もないように見えたけれど、プラウティアは極限の状態でそれを目にしたかもしれないと話していた。


「青く賢き龍にマイオルが食べられそうだと思った時も同じことが起きたってセネちゃん言ってたよね?」


「うん。あの時も赤い糸が見えた。その時も同じようにルキウスが何かをしてくれたみたいなんだよね。私自身も何が起きたのか分からなかったけど……」


 そういうよく分からないことはこれまでも起きているけれど、中でも赤い糸はとりわけ不思議だった。


 しばしの沈黙の後で、その間考え続けていたキトが言った。


「私、少し思うことがあるんだ。ピュロン様が言っていたってガイアから聞いたけれど、私たちはスキルを手動制御している部分が多いみたいだよね」


「うん。そうみたい」


「特にセネちゃんはその傾向が強いと思う。そんなセネちゃんがレベル5でエクストラスキルを獲得したらどうなるのかな? そもそも、エクストラスキル自体が他の人と同じようなものになるのかな?」


 セネカはキトの顔をじっと見た。


 これからのこと、レベルアップした後のことは分からないけれど、静かに先を見据える幼馴染がいて、セネカはとても心強かった。


「セネちゃんのレベルアップって、歴代最速っていうくらいだから凄まじく速いよね。けれど、実現している力のわりには遅いようにも感じるんだよね。私は戦闘のことは分からないけれど、話を聞く限りはそんなように感じているの」


 セネカはキトが頭を高速回転させ始めたことに気がついた。軽い立ち話のつもりが、いつのまにか二人とも長椅子に座って隣同士でしっかり話している。


 最近色んな人にキトのことについて相談した内容が頭を駆け巡る。

 戦闘で追い詰められた時のようにあらゆる選択肢が浮かぶので、セネカはその中から直感的に最良のものを選び取った。


「もしかして月の加護って――」


 気になる言葉が聞こえてきたけれど、セネカはもう止まれなかった。

 光の速さで身を屈め、標的に近づく。

 セネカの目に入ってきたのはキトの形の良い膝だった。


「くぅーん」


 ニーナは言っていた。動物を飼うのは良いかもしれないと。

 でもキトは薬を扱っているし、そういうことはしないだろう。

 となれば自分が愛でられれば良い。セネカはそう結論した。


『これはキトのため』


 セネカの覚悟は強固だった。


「どうしたの?」


 そんな声が聞こえてきたけれど、すぐに頭や顎を撫でられた。

 セネカはとても気持ちが良かった。


『私は犬になりきる』


 役割を全うしなければならなかった。

 そして、一通り仕事をし終えた後、キトの顔を見るととても晴れやかに見えた。


 そのことをマイオルやガイア、ニーナに誇らしげに話したところ、ちゃんとみんなに怒られた。

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