第294話:『婆さんのやり口』
ガイア達はグラードンに引き連れられて移動し、大きな泉に到着した。
グラードンが水辺に座ったのでガイアもそれにならった。
赤ウミウシがもぞもぞ動いたと思ったら浮き上がり、泉の方に移動して水をぱちゃぱちゃと叩いて遊びだした。いつのまにか黄色ウミウシもそこにいて、遊びに混ざっている。
「何から話すのが良いだろうなぁ」
じっとウミウシ達の遊びを見てからグラードンは言った。
そして泉の方を眺めてから語り始めた。
「俺がこの山で雷龍様に会ったのは金級に上がってすぐだったな。スキルの加減を間違えて、ちょうどあっちのほとりで死にかけていたんだ」
グラードンは苦く笑った。
さらっと言ったけれど、グラードンのような人でもそういう失敗をするのかとガイアは意外に思った。当然と言えば当然なのだが……。
「突然タツノオトシゴみたいなのが現れたと思ったら、みるみるうちに傷が癒えてな。気が付いたら加護を得ていたんだ」
ガイアはウミウシを見た。別の姿になることもあるということなのだろう。
「それから俺は何度もこの山に来て雷龍様と会った。大抵はあんな感じで小さいけれど、時々龍の姿でいることもあったな。それに、どれだけ探しても見つけられないこともあった」
もしかしたら自分と遊ぶ前後にグラードンがここに来たこともあったのかもしれないとガイアは考えた。そう思うだけで、話を身近に感じることができる。
「このザス山自体が龍の『神域』なんだ。加護を持っていれば気がつくけれど、山頂付近の様子が不定形になることがある」
神域と聞いてみんながピクッと動いた。これまでに二度神域に入ったけれど、いずれも大変だった。警戒するのは当然だろう。
「この泉のとこくらいまで降りれば、まぁ大体同じなんだがな」
「よく冒険者が頂上まで登るって聞きましたがそれはどういうことですか?」
マイオルが尋ねた。ガイアも同じ話を聞いた。
「大抵は安定しているんだ。俺だけ異界に飛ばされるのか逆なのかは分からないが、そこにいたはずの冒険者と話が噛み合わないこともある」
「この山が神聖視されるわけね」
雷龍がいることを知れば、誰しも特別な山だと思うだろう。だが、そのことは知られていない。
「このことは口外無用だ。龍に関することだからな」
ガイアは何度も頷いた。ガイア達は龍に関していくつかの誓約を結んでいるため、そもそも話すつもりはない。
ちなみにキトとルキウスはこの誓約を何とか打破できないか最近頭を捻っているようだ。理由は「なんか嫌だから」ということらしい。
「雷龍様の話によると、赤き龍様と一緒にこの山を住処としてきたらしい。だが、基本的には交代で目覚めていて、たまたま雷龍様の時代に俺が出会ったようだな」
それじゃあ、なぜ今はどちらの龍もここに存在しているのか。ガイアは疑問に思ったけれど、その答えはすぐにもたらされた。
「だが数年前に会った時に言われたんだ。龍の時代が近づいているってな。雷龍様も眠りにつき、後で二柱の龍が同時に目覚めるって話だった」
グラードンは「それがちょうど今頃の時期って話だったから俺は探してたんだ」と付け加えた。
みんなはとても真剣な顔になっていた。『龍の時代』、『目覚め』、どれも重要な話だ。
龍の加護を得た仲間がいる上に、災厄が訪れてセネカとルキウスが巻き込まれると言われている以上、グラードンの話は自分たちにも関わりのある内容だった。
「ここのところは、魔物を間引くためによく山に入っていたんだ。どうやら目覚めたてだと力が安定しないようだしな」
「それじゃあ、おじさんの目的って……」
「あぁ、二柱の龍の力が安定するまで、ここでお守りしようと思っていたんだ。ひと月かふた月くらいだろうからな」
ガイアはマイオルとプラウティアを見た。
その時、話を聞いていたかのように赤ウミウシがガイアの肩に乗った。モフのところにも黄色ウミウシがいる。
「だが、こういうことになったんだから、どうするか相談したいところだ」
グラードンはお手上げとばかりに腕を横に呼ばした。
「まぁ、俺の話はそんなところだな。それじゃあ、次は何でガイアちゃん達がここにいるのか教えてもらおうか。それに龍の話を聞いても全く動じていない理由もだな」
グラードンはガイアの方を向いていだけれど、途中で目線の先をマイオルに変えた。それに伴って自然も鋭くなっている。
「そうですね……」
マイオルの話に補足を入れながらガイアは事情を伝えた。
◆
「カエリアの婆さんに一杯食わされたってことだろうな」
グラードンがそう結論付けた。
薄々そんな気がしていたガイアは頬をかく。こうなると分かっていたわけではないけれど、ちょっと流れが鮮やかすぎた。
「こんな結果になるとは思っていなかっただろうが、引き合わせようとしたんだろうな」
「普通に紹介してもらうことはできなかったのかな」
ガイアは仲間達の顔を見た。
ガイアの祖母が今は山にいないとグラードンが断言したので、みんな苦笑いをしている。
どうやら祖母はこの山の現状を知っている数少ない人間の一人のようで、たまにグラードンの様子を見に来て、有事の際に手伝いをすることになっているようだけれど、基本的には山の外にいるらしかった。
「婆さんらしいやり口だな」
グラードンは笑いながら言った。やや忌々しそうにも見えるが、面白そうであるのは慣れているからだろう。
「『旅の目的は到着することじゃない』か……。ガイアちゃん、婆さんはどうやら孫娘がかわいいようだぞ」
ガイアは首を傾げる。祖母に良くしてもらっているのは間違いないけれど、この状況からそんな結論が出た理由はよく分からなかった。
「さて、だいたい状況は分かったがどうするつもりだ?」
そんな風にグラードンに問われてガイアは困ってしまった。ガイアの意志がどうこうよりも、状況的に留まるしかなさそうだからだ。
ガイアが考えているとマイオルが口を開いた。
「とりあえず私とプラウティアは一度山を降りて王都にいる仲間に手紙を送ります。それに山ごもりの準備もしないといけないですね」
マイオルが話す内容を聞いてガイアは理解した。グラードンの言葉はマイオル達に向けられたものだったのだ。
「それまで二人の面倒は俺が見る。大抵は暇だからお前らと軽く手合わせするくらいのことはできるぞ」
グラードンがそう言うとマイオルは好戦的な顔つきになった。
「それは願ってもない機会ですね」
「相手がおいぼれでも良かったらだがな」
グラードンも自然と挑戦的な目をマイオルに向けている。二人の相性は良さそうだ。
「あのぉ、一応確認ですけど、僕とガイアさんは山に留まるしかなさそうって話ですよねぇ? こんなに懐いて貰ってますから」
まさしく祖父と孫娘のような年齢差の二人の掛け合いが終わってからモフが言った。
「あぁ、そうだ。二柱の龍が許すかどうか分からないのもあるが、俺と一緒にこの山で過ごして欲しい。できれば魔力も供給して欲しいな」
「魔力ですか?」
「あぁ、二人が気に入っておられるようだからな。魔力を渡すことで早く力が安定するかもしれない」
モフと話しているのを聞いて、ガイアはグラードンの意図が少しだけ分かったような気がした。
グラードンは魔力を出して消耗する自分達のこともまとめて守るつもりなのだ。それとなく話を付けようとしているとガイアは感じた。
「おじさん、色々と教えてくださいね」
ガイアがそう頭を下げると、グラードンは「あんまり畏まらないでくれ」と困った顔になった。
そして、一瞬だけモフのことを鋭い目で見た後でマイオル達に指示をした。
「マイオルちゃん、グラードンの使者として来たと宿で言えばカエリアの婆さんに会えるはずだ。『赤と黄』の話があると言えば、察して相応の場所で話を聞いてくれる」
「分かりました」
マイオルは神妙に頷いた。きっといまマイオルの頭の中では、様々な事柄が駆け巡っているだろう。
「それじゃあ、ガイアちゃん、モフくん、仲良くね」
話を聞いていたプラウティアにそう言われたので、ガイアは笑顔で頷いた。
そんな時、突然マイオルがこれまでの表情を一変させて笑った。
「二人の子を養ってあげてね」
グラードンが「何だと?」とモフを睨んだけれど、ガイアは見ないふりをした。
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