第293話:炸裂

「少し場所を移すか」


 そう言ったのはグラードンだった。


 確かにここは強い魔物が出てくるし、話をするにはちょっと荒っぽい場所だった。


「こっちにでかい泉がある。案内するから着いてこい」


 グラードンは歩き始めた。

 ガイアが後について行くと、マイオル達が集まって来るのが分かった。


「ねぇ、ガイア。『炸裂』の冒険者と知り合いってどういうこと? というか、あたし初めて名前を知ったんだけど……」


 先ほどまでとは一転して、マイオルは楽しそうだった。『炸裂』の冒険者といえば世界最強とも言われているので仕方がないのかもしれない。


 ここまで複雑な状況でなければ、ガイアもはしゃいだかもしれない。何故なら『炸裂』はガイアが最も憧れ、目標にしている冒険者だからだ。


「マイオル、私も知らなかったんだ。グラードンおじさんはお婆様の友人で、古くから交流があったのだけれど、白金級冒険者だと聞いたのも今が初めてだよ」


 ガイアは続ける。


「『炸裂』の冒険者の名前は誰も知らないから、さまざまな噂があったね。どこかの国の王族かもしれないとか、高名な騎士ではないかとか……。知恵を持った魔物ではないかという珍妙なものまであったけれどね。何にしてもまさか知り合いだったとは思わなかったよ」


 少し早口になってしまったかもしれない。肩の赤ウミウシがもぞもぞ動いている。


「顔を隠した覚えはないから有名人の訳はないのに、何故か話には尾鰭ってのが付いて来るんだよな」


 小さな声で話していたつもりだけれど、聞こえていたようだ。グラードンはちょっと苦い顔をしている。


「見た目だって、猿みたいな人だとか、ゼノン様みたいに美しい人だとか色々な噂があったわね。そんな訳ないって否定していた人が多かったけれど……」


 グラードンが「隠居していた訳でもないんだけどなぁ」と呟くのが聞こえた。


 確かに『炸裂』の冒険者は名前を伏せていただけで、現役の時にはそれなりに活動していたはずだ。


「だが、まぁ俺はあんまりギルドにも行かなかったからな。それにお前らは感覚がおかしくなっているが、白金級冒険者になんてそう滅多に会えないものなんだよ。俺が言うのもおかしいけどな」


 ガイアはゼノンやペリパトス、ピュロンの顔を思い浮かべた。近頃では慣れてしまったけれど、最初に会った時に感激したことを思い出した。


「どうしておじさんは名前を……」


 ガイアはつい口に出してしまった。答えづらいことを聞いてしまったと思ったけれど、グラードンはすぐに返してくれた。


「俺はやっかみが多かったからだな」


 前を歩くグラードンが自身の手を見ているのが分かる。


「ガイアちゃんに言わなかったのは単に気恥ずかしかったからだ。昔から自分の肩書きを推して来る奴が苦手でな。ああはなるまいと決心したのが裏目に出ちまった」


 グラードンは「がはは」と笑った。表情は見えなかったけれど、気遣ってくれていたのだとすぐに分かった。


 ガイアはもう一歩だけ踏み込むことにした。これは優しいおじさんに対する甘えだと分かっていたけれど、どうしてもお願いしたかった。


「おじさん、後でスキルを見せてもらえませんか?」


 そう言うとグラードンはこちらを向いて、驚いた顔になった。


「ガイアちゃんの頼みなら良いに決まってるだろ」


 笑う顔はガイアの記憶の中の『おじさん』そのものだった。




 白金級冒険者『炸裂』のスキルは【崩壊】。あまりに強力な能力のため、使う場所を選ぶと言われている。


 そしてそのスキルを使い、『炸裂』はレベル2にして金級冒険者に昇り詰めた。

 冒険者ギルドの長い歴史の中で、そんな偉業を達成したのは、『炸裂』ただ一人だった。


 レベルが上がらなくても強くなれる。そう信じたいガイアにとって『炸裂』の冒険者は心の支えだ。


 ついにその力を目にすることができる。

 ガイアの足取りは軽かった。





「そこで止まって見ていてくれ」


 グラードンの後をついてゆくと、林が見えてきた。

 ガイアは立ち止まりゆっくり息を吐いた。


「念の為、防御しておくと良いだろう」


 そう聞こえた後、すぐにモフの綿が目の前に現れた。


 ガイアは肩にいる赤ウミウシを抱き抱えることにした。不思議と重さを感じないし、何だか慣れてきてしまっていた。


 モフのところにいる黄ウミウシも見慣れ始めている。ガイアはこれが龍だとあまり感じなくなってきていた。


「それじゃあ、まずは基本を見せる。『目に見える崩壊』だな」


 グラードンはゆっくりと木に近づいて短剣を持った。

 ガイアはみんなと共にモフの綿に隠れながらグラードンの様子を見る。


 グラードンは軽く剣を振るった。すると木が一瞬でバラバラになり、崩れてしまった。


 ガイアの手よりも小さな木片になっているように見える。やはりかなり強力なスキルのようだ。


「これが基本だな。最初は構造をゆるくするくらいのもんだったが、いまではこうして崩壊させることができる」


「すさまじい力ですね」


 マイオルが言った。隣にいるプラウティアを見ると、ちょっとワクワクしている。木片を回収したいのだろう。


「おっかない力だろう? だから俺は効果範囲を狭めようと訓練したんだ。だが、ある時かなり小さい範囲に絞ってスキルを使ってみたら、おかしなことが起きた」


 グラードンは隣の木に移動して再び短剣を構えた。


「『見えない崩壊』の力を見せる。構えておけよ」


 ガイアは赤ウミウシをしっかりと抱き、先ほどよりも深めに綿に隠れた。


 グラードンは木に剣を振るった。そして、すぐにその場所から距離を取った。


『パァン!』


 大きな音が鳴り、爆発が生じる。

 木片や砂、岩が吹き飛び、モフの綿に突き刺さる。


 あれだけの動作から放たれる攻撃にしては、威力が高すぎる。


「これが『炸裂』……」


 モフは片手で黄色ウミウシを抱きながら綿を触った。声色からモフも驚いているのが分かった。綿の様子から技の威力がよく分かったのだろう。


 遠くからグラードンが近づいてくる。


「……最初にこれが発動した時はビビったな。突然破裂音がして、内部から壊れた岩が飛んできたんだ。あやうく死ぬところだった」


 ガイアは改めて『炸裂』の冒険者に畏怖を感じた。


「へんてこな力だが、範囲を広げると大きく壊れる。狭めると小さく壊れる」


 グラードンは立ち止まり、人差し指で地面を触った。そしてその砂を見せながら言った。


「ここに砂がついている。これくらいのものに全てをかければ、この島くらいなら吹き飛ばせるな」


 ガイアは絶句した。白金級冒険者の全力がどれくらいなのかは分からなかったけれど、常軌を逸しているように思った。


「まぁ、そんなことしたら俺もただじゃいられねえけどな。それに、強い敵ってのは崩壊に抗ってくる。うまく行くことばかりじゃねえ」


 横を見るとマイオルがグラードンを見ながら静かに口を動かしていた。こういう敵が出てきた時にどうするのか考えているのだと思うが、勝算が見出せるのだろうか。


 グラードンは「前にピュロンと遊んだ時に荒地に特大の穴を開けて怒られた」と言いながら笑っていたけれど、ガイアは聞かなかったことにした。


 そして少し落ち着いてきてから浮かび上がってきた考えをグラードンにぶつけた。


「その『見えない』崩壊はどんな原理なの? それだけの物質からあれだけの出力が発生するのだとしたら原理は限られる気がするけれどね。例えば、微細粒子が崩壊して別の粒子に変わる時に出てくる力を利用して――」


「分からねえ」


 ガイアは全力で頭を回転させていたけれど、グラードンの言葉を聞いて全てが停止した。


「ガイアちゃん、原理は分からねえ。何となく強く【崩壊】させたら威力も上がるって思ってるだけだな」


 グラードンは頭をかきながら笑っている。


「どうにも考えるのが面倒でな。大事なのは崩壊させるという結果だと思っていて、それ以外は捨てちまったんだ」


 ガイアは思わず口をぱくぱくさせた。グラードンと理論の話ができると期待したけれど、それは叶わなかったようだ。


「レベル2の時にこの『見えない崩壊』の力を手に入れてな。力が強すぎてレベルが上がらないまま、気がついたら金級になっていたんだ」


 グラードンは少し気まずそうに言った。おそらく普段はこんな話をしないのだろう。やっかまれるに違いないのだから。


「俺のスキルはこんなもんだな。とりあえずは泉に行こうか」


 グラードンはそう言ってまた歩き出した。

 ガイアはグラードンの姿を見つめていて、歩き始めるのが遅れてしまった。


 視界の端でプラウティアがそそくさと木片を収集しているのが見えて、ガイアは少しだけ微笑んだ。

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