第283話:開花
プラウティアが戦ってくれる。それが分かったとき、セネカは歓喜した。
あれだけ酷かった倦怠感はプラウティアがスキルを使った瞬間なくなった。消耗した分、疲れてはいるのだけれど、これまでのことを考えれば関係ない。
セネカは立ち上がり、即座にプラウティアの横に並んだ。こうやって二人で前に立つのが随分久しぶりに感じる。
「お帰り、プラウティア」
セネカの反対側にはファビウスがいる。何と声をかけようか迷っていそうだったので、一番の機会を取ることにした。
これはただの欲だけれど、ファビウスとの関係の前にプラウティアは『月下の誓い』の仲間であって欲しかったのだ。
「ただいま、セネカちゃん」
プラウティアは一瞬申し訳なさそうな顔をしたけれど、すぐに笑った。
セネカはそれで良いと思った。
「良いところを持っていくわね、プラウティア」
「本当にね」
マイオルとルキウスもやってきた。どうせ後でゆっくり話せば良いのだから、いまファビウスに時間をあげるつもりはないのだろう。
「……出てきてくれて本当に良かったよ。また会えて嬉しいんだ」
ファビウスがやっとのことで出した言葉はそれだった。本当に必死だったのをセネカは知っているので、ちょっと泣きそうになった。
「みんなも来たみたいよ」
マイオルが少し笑みを浮かべた。
後ろを見ると、ガイアやストロー、メネニア、モフが走って来たのが見えた。プラウティアがいるのに気がついて、ガイアが涙を流し始めたようだ。
よく見ると後ろには舟の形をした土がやってきていて、中に人が入っていそうだった。ニーナやケイトーたちだろう。
セネカは樹龍を見た。表情は読み取れないけれど、こちらをじっと見ていて、出方をうかがっているような気がした。
「マイオルちゃん!」
プラウティアがマイオルを見た。その意味を察してマイオルが声を響かせる。
「セネカとプラウティアが前で、その後ろに私とルキウスとストロー。後ろにガイアとメネニアとモフね!」
「はいっ!」
セネカは前に出て針剣を樹龍に向けた。あれだけ強くどうしようもなかった相手のはずなのに、今は何故か『何とかなる』と確信してしまっている。
さてどうやって仕返ししてやるかと考えていると、プラウティアが言った。
「みんなに私を守って欲しいです。そして、私がみんなを守ります!」
セネカは針刀に火の魔力を縫い付けた。
やっぱりこの敵は燃やすのが一番すっきりしそうだ。
「行くよ、プラウティア!」
「うんっ!」
セネカは空気を縫って樹龍に突貫した。
樹龍が素早い動きで浮き上がり、左腕を振り上げたのが見えた。爪はいつのまにか復活していた。
「【植物採取】」
しかしその爪はすぐに消失した。
そして、左腕から付け根にかけて鱗もなくなっていた。
【信と力は示された】
なんか声が聞こえて来たけれど、セネカは無視して針刀を突き刺した。ありったけの魔力を注ぎ込んで内部から燃やそうとする。
『…………』
燃やす燃やす燃やす。
一滴でも多く燃やすために魔力を絞る。
多少気が済んだので離脱しようと顔を上げると、樹龍と目が合った。
「…………」
セネカはそのまま無言で手を離し、みんなのところに戻った。
◆
セネカが戻ると、みんなが大きく息を吐いているのが分かった。
まだまだ油断できない可能性もあるけれど、見せろと言われたものを見せて認められたのだから、安堵する気持ちがあるのも仕方がない。
【加護を与える】
声が聞こえて来てちょっと驚いたけれど、セネカはすぐに息を整えた。また何か始まるのかと思ってしまったが、そんなことはなさそうだ。
樹龍はまっすぐにプラウティアを見ている。プラウティアも分かっているようだ。
プラウティアがゆっくりと樹龍に近づくと、突然地面から緑色の何かが出てきて、プラウティアを取り込んだ。
それは蕾のような形になっていて、ゆっくりだけれど膨らみ始めているのが見える。
その様子をただ眺めているとルキウスがやってきた。
「思ったより深く刺さったね」
セネカは頷く。どんな手応えだったかを聞きたいのだろう。
「うん。でもあれ以上刺すのは難しかったよ。針でもあれなんだから斬るのはすごく大変そう」
「そっかぁ……。でも無事でよかったよね」
しみじみと言うルキウスにセネカは軽く身体をぶつけた。
実際のところ、樹龍がどういうつもりなのかは分からなかったけれど、死を覚悟したことに変わりはなかった。
「あ、あのぉ……」
ルキウスと話していると声が聞こえてきた。
どうやら声の主はファビウスで、樹龍の顔が間近に迫っていた。何故あんなに近くにいるのだろうか。
樹龍はぴくりとも動かずにファビウスを見つめていた。だが、少しだけ顔を歪ませた後で動きを見せた。
【加護を与える】
嫌々ながらファビウスを認めたようにセネカには見えた。
ファビウスもプラウティアと同じように取り込まれた。今度は胡桃の殻のようなものに見える。
そして囲まれるとすぐに殻は崩壊し、ファビウスが出てきた。
「……何か変わりました?」
ファビウスが言ったけれど、樹龍は何も言わずにプラウティアの方に移動を始めた。
プラウティアが入っている蕾は徐々に成長していて、もうすぐ開きそうだ。
加護の与え方が明らかに違うので、プラウティアのものは強く、ファビウスのは弱いのだろう。
みんなでじっと眺めていると、ついにプラウティアの蕾がゆっくりと開き始めた。
開くまでは分からなかったけれど、黄色い可憐な花で、花びらは少し透き通っていて神秘的だった。
花の真ん中の柱頭みたいなところにプラウティアが立っていて驚愕の表情を浮かべている。
「レベルが上がりました……」
あれだけのことがあったのだからおかしくはないだろうとセネカは感じたけれど、どうもプラウティアの様子がおかしい。
「暗闇から出て最初にファビウスくんを助けた時にレベル3に上がりました。そして加護を授けられた今、レベル4に上がったんです……」
「え?」
セネカは黙って見つめていたけれど、誰かが疑問の声を上げた。
「[特性採取]や[緑化]という力を得ました……」
静寂が広がる。
それを打ち破ったのは樹龍だった。
『龍に真に認められたのだから当然だ』
何となく誇らしげだった。
樹龍の言葉は良いとして、セネカはとりあえずプラウティアの元に走り出した。
「プラウティア!!!」
とにかくプラウティアは助かったのだ。そして誰も欠けることなく生きている。
これは明確な勝利だった。
何に勝ったのかも分からないけれど、目指していたものを得ることができた。
セネカはプラウティアに抱きつく。
すでにマイオルが先行していたので二人とも抱きしめる。
「おかえり、プラウティア」
「おかえり」
誰かがまた後ろからやってきて、セネカにも手が回される。何となくガイアのような気がした。
もみくちゃになって確かめられないけれど、プラウティアが泣き始めたような気がした。
セネカには分からないことばかりだけれど、辛かったことだけは分かる。孤独な状況で進み続け、そして自分の力で乗り越えたのだ。
気づけばセネカも泣いていた。
それがどんな種類の涙なのかはもうどうでもよくて、ただ今回の騒動といまのみんなの顔を心に刻みつけようと思って、再びプラウティアを強く抱きしめた。
「プラウティアにもついに変なことが起き始めたわね!」
何故か楽しそうにマイオルが言った。
「いいなぁ」
何故か羨ましそうにニーナが言った。
「……セネカちゃんには勝てないよ」
何故かプラウティアがこちらを見てきた。
セネカは所在なさげに浮かんでいる樹龍の隣に退避した。
あれだけ持っていた敵意をいまは感じなくなった。樹龍は自分たちの味方ではないのかもしれないけれど、もう敵ではないことが分かってしまった。
「寂しくないの?」
返事はないと思いながらそう聞くと、樹龍が言った。
『龍はこの世界を守護している』
それは答えになっていなかったのだけれど、何となく寂しいのだなと思って、セネカはそのままみんなを見ていた。
「ねぇ、ファビウス! 二人の時間にしても良いわよ!」
元気を取り戻したマイオルが無敵の振る舞いを始めた。
良くない空気を感じたのかルキウスもこちらにやってきた。逃げていることはまだ気づかれていなさそうだ。
『騒がしいのが人間だ』
樹龍の顔を見ると、案外穏やかな顔をしていた。
意外に分かりやすい樹龍にセネカは笑ってしまった。
「セネカ、いつの間にか樹龍と仲良くなったんだね」
ルキウスも笑っていた。
そして、マイオルやニーナに槍玉に挙げられるまで、セネカはちょっとだけ穏やかな時間を過ごした。
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