第282話:呪いと祝福
プラウティアは暗く深い闇の中にいた。
地上に降りてきて、樹龍が森を出現させた後、プラウティアは狭くて暗い場所に閉じ込められてしまったのだ。
音も聞こえず、自分の姿すらも見えない。
たまに頭の中に言葉が響いてくるだけだった。
【信と力を見せよ】
【足らねばヘルバの娘を外には出さぬ】
きっと外では仲間たちが龍の試練を受けている。
そんな風に思った。
そしてもしそれを乗り越えられなければ自分は一生この世界に留まることになるのだ。
そう考えることしかできなかった。
プラウティアは仲間たちの力を信じている。
みんなには信念があって、心から信頼している。
そういう意味では何の懸念もないのだけれど、相手は樹龍だ。
樹龍が求めているものが高すぎる場合、人間がどう足掻いても結果は決まっていると、そんな風に考えてしまう部分もあった。
「どうすれば良かったのかな……」
吸い込まれるような闇の中でプラウティアは呟いた。
自分の声が聞こえて少しだけ安心したけれど、そんなことが支えになるくらい孤独な場所にいることにも気がついてしまった。
プラウティアは、自分の力をずっと『呪い』だと思ってきた。
だけどセネカやマイオル達と出会ってからは、そんな力で仲間の助けになることもあって、少しだけ違う部分もあると考えるようにもなった。
家族や親族が言っているようにこの力を『祝福』とは思えなかったけれど、でも仲間の役に立つたびにそんな『呪い』が解けていくような実感を得ることができていた。
そんな風にプラウティアの考えは変遷してきたのだけれど、ここに来てやっぱり自分の力は『呪い』なのだと確信するようになった。
樹龍の話によれば、始祖ヘルバを気に入った樹龍が加護を授け、その加護を受け継いできた者たちがヘルバ氏族のようだった。
ヘルバ氏族の女たちは、その加護の恩恵で植物系統のスキルを得る。おかげでシルバ地方が貧困に喘ぐことはないし、氏族の者が重宝される機会は多い。
だけど、それでもやっと巡り会えた大切な仲間たちを巻き込み、命を賭けて貰うような事態になるのであれば、こんな力はいらなかったとプラウティアは考えている。
「何で私が……」
プラウティアはずっとずっと考えていた言葉をつい口に出してしまった。
ここまで事が大きくなり、家族のことを考えて動き、仲間に助けを求めてきた。
そうした行動に対して不安や後悔はあるけれど、そうするしかなかったと思っているし、自分なりに頑張ってきた部分も認められる。
だけどその発端となったことについては、納得ができなかった。
自分の知らない先祖の功績で、大陸の植物を司る龍との関係があって、力の代わりに大切なものを捧げなければならない。
得をした部分もあるだろう。
得意になったこともあった。
けれど、それは対価に見合わないものではないかとプラウティアは感じていた。
「本当にごめんなさい……」
プラウティアはみんなに謝ることしかできなかった。
先祖や親族に対しては微かだけれど、今も戦ってくれている仲間たちや家族には向ける顔がなかった。正直こんな自分のために力を使って貰うのが申し訳なかった。
プラウティアは背が大きくはない。
髪は赤毛で、肌は白い。
珍しい特徴ではないけれど、でもみんなと自分がどこか違う気がしていた。
みんなが『普通人』だとしたら自分は未熟な『矮小人』で、やることなすことに限界があるような感じがしていたのだ。
そんな人間にしては頑張ったのではないかとプラウティアは思った。
人よりも不器用で、上手く振る舞えなくて、成長も遅い。だけどそれは『普通』の人たちと比べた時の話で、劣っている自分にしてはとっても頑張っていて、ここまで来れた事がすごい。そんな風に思えてきた。
「もういっそ、このまま……」
そんな風に続けようとしたけれど、口は動かなかった。
ここは暗くて、先が見えなくて、何の手掛かりもない。まさにプラウティアが今置かれている状況と同じだった。
どうにかしたいと
「私は結局自分がかわいいんだ……」
みんなが必死に戦っている中で、自分は不満を言っているだけだ。そう感じてプラウティアは深く息を吐いた。
そんな時、『ガンガン』という小さな音ともに空間が揺れたように感じた。
ついにその時が来たのかとプラウティアは身を
「助けに来てくれたのかな……」
きっとそうに違いないと思って拳を握ったけれど、上手く力が入らなかった。
どうにかして出して欲しい。その気持ちに嘘はないけれど、こんな自分がという考えも浮かんでくる。
だけど、何度も何度も音が鳴り、段々と弱まって行くのを感じて、プラウティアは違和感を持った。
誰がどんな風に出そうとしてくれるのかは分からなかったけれど、小さく聞こえてくる音や振動から、その必死さがひしひしと伝わってきた。
それは勇敢な行いというよりは、奇跡を祈るような行為なのではないかとプラウティアには感じられる。
あえて言葉にすれば、痛切な『助けて』という声であるように思えてならなかった。
それに気がついた時、プラウティアは目が眩んだように感じた。
暗闇だというのに眩しくって、身体の細胞の一つ一つを白く照らされているような衝撃があった。
プラウティアが気付いたのは単純なことだった。
『自分が助けられる側とは限らない』
巫女に選ばれてからいつの間にか助けられる事が当然になっていた。
役割として仕方がない部分はあったけれど、自分の力が足りなかったら仲間に助けてもらって、乗り越えていこうと思っていた。
自分の役割は儀式を遂行する事だと思い込んでいた。それは間違いではなかったけれど、儀式が終わった今、それにこだわる理由はない。
「今度は私が助ける側……なのかもしれない」
プラウティアは暗闇の中で目を見開き、みんなのために足を踏み出そうとした。それなのに……身体が強く震えて動き出す事ができなかった。
これからプラウティアが対峙しようとしているのは、『呪い』の根源となった樹龍だ。
龍と戦うのが怖いわけではない。
うまくいかないのが怖いわけでもない。
ただ、単純に全ての因縁に相対しなければならない事が恐ろしかった。
特に自分の弱さと向き合わなければならない気がして、プラウティアは胸が破裂しそうだった。
この場所は安全だった。
何にもない代わりに真実が明らかになることもない。
ただ仲間ともう会えなくなるだけだ……。
「前に進む! 前に進みたいの!」
プラウティアは自分に向けて叫んでいた。
いつの間にか音は止んで静かになっていた。
もう諦められてしまったのかもしれない。
勝負は終わったのかもしれない。
だけど、それでもプラウティアは進まなければならなかった。
勇気と自己否定が繰り返されて、心が爆発しそうになった時、視界の端に赤い糸のようなものが見えた気がした。
「セネカちゃん……?」
だけど何度見てももうそれは見えなかった。
というよりもこんな暗闇の中で赤い糸が見える訳などなかった。
そのはずなのにプラウティアの心の中はもう勇気で満ちていた。セネカが思い出させてくれたのだ。
プラウティアは魔力を身体に巡らせた。
そしてゆったりとした動作でスキルを発動し、自分を囲っていた何かを破壊した。
外に出ると目の前にファビウスがいた。
もしかしたらそうなのではないかと思っていた。
「やっぱりファビウスくんだった」
ボロボロになって倒れ込んでいるファビウスに向かって樹龍が腕を振り上げている。
そして、それがまさに振り下ろされようとする時、プラウティアはスキルを使った。
「【植物採取】」
樹龍の爪はなくなり、皮膚にあった鱗も全てなくなった。
その時、不思議とプラウティアには全てが分かってしまった。
【信と力を見せよ】
それは自分に向けられた言葉だったのだ。樹龍の意図は分からないけれど、自分がそう信じさえすれば良い。
そして――
プラウティアはファビウスの身体から生えている芽をスキルで取り除いた。
すぐ近くで倒れていたマイオルにも同じようにした。
マイオルは何故かプラウティア愛用の木剣を持っていた。
「みんな、ありがとう。でももう大丈夫……」
プラウティアは木剣を拾った。
自分の力とこの剣は、同じようなものだとやっと気が付いた。
「セネカちゃんがずっと横にいたのに、何で気がつかなかったんだろう……」
それが良いものなのか、悪いものなのかは、客観的に決められるものではなかった。ただ、そういう性質だという情報があるだけだ。
「私がみんなを守ります」
だからプラウティアは選ぶことにした。
自分の力のことを自分で決めることにした。
「私のこの力は『祝福』です。いくら矮小でも、呪われているのだとしても、私がそういうものにしてしまえば良かったんですね」
プラウティアは樹龍を睨みつける。
相手はヘルバ氏族の因縁ではなかった。
本当の敵は、すぐに自分を痛めつけようとする弱い自分だ。
「仲間を……愛する人を守ります。この命に変えてでも!」
プラウティアは木剣を構えた。
その時樹龍が微かに笑った気がした。
【レベル3に上昇しました。[植物採取III]が可能になりました。身体能力、魔力が上昇しました。干渉力が大幅に上昇しました。サブスキル[植物保管庫]を獲得しました】
頭に響く声を聞きながら、プラウティアは近くにいたセネカやルキウスの身体から出ていた木も取り払った。
そして、高揚した気持ちのままにとんでもないことを言ってしまった。
「ファビウスくん、ずっと貴方のことが好きでした。もちろん今も⋯⋯」
樹龍が顔をしかめたように見えたのは、思い過ごしに違いなかった。
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