第262話:見えない影響
「僕の母の名前はヘルウィアと言うんだ。父はユニウスで刀を使う冒険者だった。二人は銀級だったんだけれど、過去のことはほとんど知らないんだ」
ルキウスは真剣な眼差しだ。この前、レオニダスから父親の話を聞いてから、ルキウスは両親のことをよく思い出すようになっていた。
セネカはルキウスの背中にそっと手を当てる。
「そこだけ聞くと情報は一致していますね。文章から読み取ると、旅をしていたのはかなり若い頃のはずです。今の私たちとそう変わらない頃かもしれません」
「そっかぁ。実は、僕の両親は幼い頃に亡くなってしまったから正確なことは分からないんだ。もしかしたら確証は得られないかもしれないなぁ」
ルキウスは少しだけ肩を落とした。
「そうでしたか……。王都に戻ったらお渡しできますので、その時に読んで確認して貰うしかないですね。ただ、もしかしたら本当にお母様かもしれないと思うところもありますね」
「……そんなところがあるかな?」
メネニアは優しく笑っていた。
「えぇ。だって、教会に囲われながらも疑問を抱き、冒険者になったという部分はそっくりではないですか。回復魔法を信仰心以外で行使しようというのも一緒です」
セネカはルキウスに軽く体当たりした。その通りだと思ったからだ。
「そっか……。そうだね。そういう教育を受けた記憶はないけれど、見えないところで影響があるのかなぁ」
ルキウスは空を見上げた。
つられてセネカも空を見つめる。今日も天気がとても良い。
「メネニアさん、ありがとう! 思いがけず母さんの記憶に触れられた気がして嬉しいよ! その著者がそうでなかったとしてもね」
ルキウスは先ほどよりも元気になったようだった。やっぱりルキウスも同じように両親の影を追っているのだと、改めて確認することができた。
「こちらこそありがとうございます。私の心の師匠はその著者です。その方のことを多くの人に知ってもらいたいですし、それがもしルキウスさんのお母様だとしたら、私も嬉しく思います!」
メネニアは花が咲くように笑った。
二人の表情を見て、セネカは打ち解けたようだと判断した。二人が「それで理論だけど――」と話し始めたのを見てゆっくりと下がってゆき、自分の訓練に戻ることにした。
その時のセネカの動きはいつも以上に冴えなかったけれど、それは二人のことが気になっていたからではないはずだ。
◆
その日の夜、セネカとルキウスは街の外れで男を待っていた。
午後の訓練の終わりにアッタロスがやってきて、「夜なら時間を取ってくれるかもしれない」と言っていたのだ。
どうせ夜も訓練をするつもりだったし、あの人とまた戦えるならと二人はゆっくりと待っていた。
セネカは【縫う】で空中に糸を刺繍して遊んでいた。『空間を縫う』という感覚にもいつの間にか慣れていて、以前よりも魔力を使わなくなった。
ただ楽しむためにこの遊びをしているけれど、スキルの練習になるし、奥が深いので暇があればやっている。
ルキウスの方も、小さい剣を手に持って小刻みに動かしている。何をしているのかはセネカには分からないけれど、さっきメネニアと話して思い付いたことがあるらしい。
そうして待っていると、こちらにやってくる男の姿が見えた。セネカの予想ではもっと待つと思っていたけれど、案外早かった。
「セネカ、来たね」
「うん」
待ち合わせの相手はレオニダス、この国の騎士団の長だ。前に会った時よりも何故か大きく見える。
「レオニダスさん、勝ちました」
セネカが言うとレオニダスは笑った。
「そのようだな。実は俺も戦いを見ていたのだが、見事な動きだったぞ」
セネカは跳び上がった。アッタロス達は争陣の儀を見ることができなかったので、内容について褒められることがなかったのだ。
「僕はどうでした?」
「フォルティウスのエクストラスキルを真正面から斬ろうとした時には肝が冷えたぞ。だが、想いの入った良い太刀筋だった」
ルキウスにしては珍しく評価を求めた。冗談っぽく笑っていたので、付き合ってくれたのかもしれないが……。
「今日はアッタロスに求められてやってきた。『大物と戦う訓練を』と言われたな。あいつにしては丁寧に頭を下げられた」
レオニダスは笑っている。
「深く追求しないが、いま大物と戦うと言われたら相手は自ずと見えてくる。そして、奴が俺に依頼してきた意図もおおよそ分かっている」
プラウティアの護衛をすることが正式に決まったのもあり、セネカ達は樹龍と戦おうとしていることを前ほどは隠さなくなった。けれど、依然として決定的な言葉は避ける必要がある。ここも肯定するでもなく、何となく微笑むしかない。
「この前は対人戦を想定して訓練を行った。だが今日は大きな敵の場合の訓練になる」
「分かりました」
そう言った後、レオニダスは再び笑った。今度は不適な笑みだ。
「ここでその訓練は出来ないから移動しようか。全力で付いてこい!」
レオニダスは走り出した。凄まじい速さで、呆けていると見失ってしまいそうだった。
セネカは即座に身体を魔力で強化し、レオニダスが向かった方向に走る。強度はかなり高めだ。
「速いっ!」
ルキウスも走っている。レオニダスの姿は見えているけれど、これ以上速度を上げると持久力が下がる。
「どれぐらい走るんだろうなぁ」
ルキウスがぼやいた。セネカも同じ気持ちだ。
「場所はこのまま真っ直ぐだ! 先に行って待っている!」
そんな声が聞こえたと思ったらレオニダスはさらに速度を上げた。そしてすぐに姿が見えなくなった。
「…………」
セネカはルキウスと顔を見合わせた。
「とりあえず本気を出して追おう。多分追いつけないけどね!」
ルキウスが速度を上げた。セネカはそれよりもちょっとだけ速く走ることにした。
「あ、なるほど。そう言うつもりね」
ルキウスはほんの少しだけセネカよりも前に出た。セネカは無言でまた前に出る。
「……これって不毛じゃない?」
そう言いながらもルキウスは先ほどよりも前に出てきた。
「これも訓練だからね!」
セネカは少しずつ楽しくなって来ていた。こういう単純な遊びは最近していなかった。
「じゃあ、まぁどちらが早く着けるかということで!」
「臨むところ!」
そんな風にして二人は短距離走のような速度で走った。
そして森を越え、村を越え、荒地のような場所に入ってからやっとレオニダスを見つけることができた。
「死ぬかもしれない……」
限界を超えて走ったので、訓練を始めるまでに少しだけ時間が必要だった。
レオニダスはそんなセネカ達を見て、心から楽しそうだった。
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