第230話:迫真の演技
いつもの仲間とともに出撃したファビウスは、静かに森を進んでいた。
今はマイオルの護衛団に属しているわけだが、結局いつもの通り『羅針盤』のみんなと行動を取っている。そこに微かな面白みと頼もしさを感じていた。
ファビウス達がここにいるのには意味がある。実力や連携のこともあるけれど、マイオルが特に重視したのは、ここにいる全員がまだ敵の【索敵】に引っかかっていないことだ。今回の作戦では相手に気づかれないように近づかなくてはならないので、すでに敵に強い敵意をぶつけて、遠くから位置を知られているマイオル達にはできないことだった。
作戦が成功したら絶大な効果がある。だが、難しい部分もあるとファビウスは感じていた。というのも、もし敵と戦うことになった場合には、相手を多少手こずらせながらも斥候を逃す余裕を与える必要があるからだ。ちょうど良い状況に持っていくためには全力を出さなければならなかった。
その状況を作る役割を担っているのはファビウスとニーナとプルケルだ。合図が来たら三人が先行して敵と戦い、ストローとメネニアの合流まで持ち堪えなくてはならない。それが出来なかったら作戦は失敗だ。
ファビウス達はついに目的地に着いた。マイオルとガイアが割り出した場所で、ここなら敵にぎりぎり察知されないらしい。あくまでも推測のため、多めに距離を取ってはいるとガイアが言っていた。
無いものねだりをしても仕方がないのだが、『羅針盤』だけではこんな作戦は立てられなかった。彼女達が味方で良かったと思うと同時に、自分たちが目指しているものの高さを嫌でも実感させられる。
思考が逸れてしまったのに気づいてファビウスは首を横に振った。少しだけ反省して空に注目する。
しばらく全員で空を眺めていると、鳥に似た形の物体がすーっと進んでいくのが見えた。
「ファビウス、ニーナ……。戦いの時間だ」
それは戦闘の合図だった。プルケルとニーナと共にファビウスは前方に走り出した。
あれはドルシーラが作った魔具だ。彼女はとても優秀な魔具師のようだけれど、あれ自体は、滑空するように飛行するだけの物だ。
だけど、お腹のところに目のような構造が付いているので、初めて見る者は偵察用の魔具だと錯覚する可能性が高い。そんな高度なものは作れないとドルシーラは言っていたけれど、敵からしたら分からないはずだ。
この魔具のおかげでファビウス達は敵を察知し、真っ直ぐに敵の元に向かえるという筋書きになっている。マイオルがレベル4であることを隠すための囮を飛ばしたわけである。
敵の方に走っていると魔具に矢が刺さり落ちて行った。敵が発見してから時間があったように感じたが、落とすかどうか迷ったのかもしれない。
「あっちだね」
だが、おかげで敵の詳細な位置が分かった。これから少し演技をしなければならない。内容は、敵影を見てすぐさま駆けつけるが、相手に強い騎士がいてうろたえるというものだ。
「頼むよ、ニーナ」
ファビウスはそう言った。ニーナは演技が上手くないので、それっぽい顔で黙ってもらうことになっている。
「いたぞ!」
プルケルが声を上げた。ファビウスは円盾を構えて一番前に出る。その後ろにニーナが続き、プルケルが後方を抑えるいつも通りの陣形だ。
かなり前から相手の【索敵】の範囲には入っているはずだ。敵意も持っているし、相手は待ち構えている可能性が高い。
ファビウスはスキル【円盾】を発動した。敵が攻撃してくるのであれば、それを制して見せる。そんな気持ちで盾に魔力を込めて、敵の出方を伺う。
「ファビ君!」
敵の姿が見えた瞬間、真正面から光る刃が飛んできた。
「[反射]!」
盾の反発力を上げ、高速で飛んでくる斬撃を何とか弾く。矢が来ると思っていたのでギリギリで対応できた。
「[雷撃]!」
やや遅れてプルケルがスキルを使った。雷属性の魔法が目の前に広がり、一時的な防御壁となる。それを察したのか、向こうから次撃は来なかった。
「距離を詰めないと危険だ!」
プルケルの指示に従って前進する。プルケルの声はかなり焦ったようだったけれど、半分は演技だろう。だけど、敵の攻撃を目の当たりにして想像以上の威力に驚いた面もあるはずだ。
ファビウスは捌きの能力が高い盾士だ。大きくはない円盾を片手で持ち、敵を倒すことを狙いながら仲間を守る。
スキルに込める魔力を増やす。スキル【円盾】は盾自体を強化したり、性質を付与する能力だ。魔力を増やすことで変化度が上がる。
「[雷撃]」
プルケルがもう一度雷撃を放った。離れた位置で戦うのは分が悪いので、何とか接近しようと魔力を使っている。魔法は空間に放っているので、敵は傷を負っていないだろう。こちらが必死なことが伝わると思う。
ファビウスはサブスキル[複製]を使い、円盾をもう一つ生み出した。そして盾に雷の属性を付与し、プルケルを見る。
再び雷の魔法が放たれる。ファビウスは広がる魔法に向かって盾を投擲した。
盾はプルケルの魔法と同化しながら力を取り込み、敵に向かってゆく。
矢や刃が飛んでくるが、高速に回転する盾に弾かれる。
盾はそのまま進み、ついには着弾した。
しかし、敵の四人はすでに飛び退っていて、傷を負った様子はない。
「前進だ!」
プルケルがそう言った瞬間、後方で控えていたニーナが爆発的な勢いで飛び出すのが見えた。敵はすぐ近くにいる。
「[インパクト]!」
ニーナが槌を振り下ろしている。小さな身体から繰り出される衝撃が地面を伝わり、敵の方に向かってゆく。
「避けろ」
一番前にいた敵の剣士がそう呟いた。そして彼が剣を振った瞬間、ニーナの衝撃波が掻き消された。
「クローネ卿……」
プルケルの呟きが静かに響く。
ニーナの攻撃を剣の勢いで止めたというよりは無効化されたように見えた。
「思ったより強い攻撃だったな。当て感がずらされた。初見でやる技ではなかったか」
クローネ卿――セルウィクス・クローネはあくまでも落ち着いた様子でそう言った。
彼は『達人』と呼ばれるほどの技量を持つ魔剣士で、光属性の斬撃によって相手の攻撃を相殺するのが得意と言われている。
「ブレダ、ジース、念の為退いておけ。こいつらは俺とネポスが倒す」
ブレダとジースは探知系のスキルを持つ二人で、ネポスは【聖弓術】を持つレベル4の騎士のことだ。
「まさか『達人』が乗り込んでくるなんて……」
プルケルが言った。まるでそのことをいま知ったかのような迫真の演技だ。ファビウスも続かなければならない。
「どうするプルケル、ここは退くか?」
プルケルは首を横に振った。チラッと見たニーナは無表情を貫いているようだったが、ファビウスには笑顔になるのを堪えているのだと分かった。強い相手と戦えそうで嬉しいのだ。
「逃げるのにも全力を費やさなければならないだろう。となれば立ち向かうのみだ!」
プルケルは魔法を使い、槍に雷を落とした。槍はバチバチと音を立てて光を発している。
これは戦闘開始をストロー達に知らせる合図だ。もう一回合図を送ることで彼らがここに向かってくることになっている。それまで持ち堪えなければならない。
ファビウスは深く息を吐いて身体に闘気を充実させた。闘気は身体を強化することができるが、魔力と反発しやすい性質がある。
そしてさらに盾を二つ[複製]し、サブスキル[動的防御]を発動する。消耗の激しい能力だけれど、出し惜しみすると時間を稼ぐことすらできなそうだ。増やした二つの盾が宙に浮く。
「行くよ。ニーナ、プルケル!」
「任せて!」
「行こう!」
ファビウスは前に飛び出しながら三つの盾の硬さと弾性力を同時に強化した。相反する性質のようだけれど、このスキルでは強化を両立させることができる。
「行くぞ、ネポス!」
セルウィクスとネポスが前に出てくる。ネポスは弓使いだけど、近接戦闘もこなす強敵だ。
序盤の趨勢を決める戦いがついに始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます