85.白って200色以上あるの
上空を覆う闇魔法の雲に穴が開き、青空が泉に映り込んでキラキラしている。
ただそれだけの事がこんなにも神々しく見える日が来るなんて思わなかった。
この付近にはきっと、姿が見えなくても女神様がおわすのだ。
闇属性に特化している彼に対抗するように、聖なる気配に満ちているのが分かる。
上空の青空はそのおかげ。
彼は一瞥し、特に気にする風でもなく泉に背中を向ける。
「いいんですか?」
「別に。今すぐ何か仕掛けたりはして来ないだろ。神は約束を決して破らない。……それじゃあ。どんな風にするのか知らないけど、君のやりたいようにやってみたら良い」
「ここで、ですか?」
「ああ。人がいないところでやりたかったんだろ」
「確かにそうなのですが……」
それは貴方が暴れた時を考えての事だった。
分離を受け入れるつもりがあるのなら、別にここまでして貰わなくても良かったのだけど。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。ええと……媒介は何にしようかしら」
「媒介?」
「はい。本人のものではない魔力を閉じ込めるためのものです。分離術は魔法化していないただの魔力を一度他人が受け止めて、本人のものではない魔力を押し返して媒介に封じる事で成立します」
「ふーん。ややこしいんだね。素人質問で恐縮だけど、それって受け入れ側も危険だしものすごく繊細な判断が必要じゃないのか?」
「そうですよ。だから全くの他人には出来ないんです。本人をよく知っていて、元に戻したいという意志があって、信頼関係の出来ている人じゃないと……」
「ふーん。君は全部兼ね備えているって訳なんだね」
「勿論です」
「でも、俺には人の魔力の違いなんて分からないな。人はみんな一緒で白いだろ。女神と同じ色をしている」
「ええ。でも、一口に白と言ってもその中には沢山の種類の白があるんですよ。200以上あると言われています」
「そんなにあるんだ。……俺の支配下でもし人が誕生したら皆黒い魔力になると思うけど、その黒も200色以上の種類に分かれるのかな」
「さ、さぁ……」
知らんがな、と言いそうになって口を閉じた。
お喋りしている場合じゃない。早くハヤトを元に戻さなければ。
「……魔力伝導率が一番良いのは魔法銀なんですよね。変な癖もないし。でも私は魔法銀を持っていないので……白金を媒介にしてみましょう。このネックレスの鎖に触れて下さい」
私が差し出した白金の鎖に彼が触れる。
本当に応じる気だ。
……分からない。何を考えているのかしら。
「こう?」
「はい。では、この状態で鎖に魔力を通してみて下さい。媒介を通して私が受け取ります」
そう言った瞬間、あまりにも異質で膨大な魔力が私の中に流れ込んできた。
――痛い!
体の中が壊れる感覚がする。口の中が切れて血の味がした。
「ち、ちょっと待って下さい! ストップ!」
「なに?」
「急に流しすぎです!」
口の中だけじゃない。皮膚が裂けて、あちこちに傷が出来ている。
「そんなに流してないよ。……あ、見て。鎖がボロボロになってる」
「本当だ……」
今の一瞬で白金の鎖は砕け散り、パラパラと地面に落ちていた。
「鎖が砕けたのは俺のせいじゃない。あいつの魔力のせいだ。きっと受け止めきれなかったんだな」
あいつ。ハヤトの魔力の事だ。
……確かに、この現象には覚えがある。魔道具もそうだった。
素材の容量以上の魔力を注ぎ込むと砕け散るというのは人々の間では常識だ。学院にもその性質を使った授業はあったし、何度も見てきた。
彼はかがんで、砂のように細かくなった白金を摘みパラパラと落として遊ぶ。
「でも、そうだな。君の傷は俺のせいかもな。俺が来る前の奴らも君と同じだったよ」
「え……誰が、どこに来た、んですか?」
「砂漠に来た強い奴ら。皆、砕けて動かなくなった」
見ると――彼は笑っていた。
今まで人形のように無機質で一切の感情を見せなかった彼が、初めて笑っていた。
私はその時思った。もしかして、彼はこうなると分かっていたのではないか、と。
分離を受け入れるというのは嘘で、最初からこうなると分かっていて――あえて試させたのではないか、と。
“無理なんだよ”と教えるために、協力的なふりをしてわざわざここまで連れて来た……?
希望が萎れていくのを感じる。
それに気付かれないように、ぐっと目元に力を込めた。
ショックを受けている場合じゃない。彼は今、ハヤトと自分を混同したような事を口にした。
“俺が来る前”と言ったのだ。普通なら“この体の持ち主が来る前”とでも言うべきところだったはずのところを。実際、ついさっきまではちゃんと区別していた。
無意識に出たような一言だったから余計に恐い。
「……他の媒体で試しましょう。まだ、たくさんありますから」
余計な事を考えないように。出来る事だけを考える。
手持ちの貴金属類を次々に出して、同じように試してみた。その度に媒体は砕け散り、私の裂傷も増えていく。
「……もう、やめよう」
「まだですよ! まだ!」
「いや、ダメだ。アリーシャ。……もう、やめよう」
名前を呼ばれてはっとした。
見ると、彼は泣きそうな顔をしていて。彼から感じる異質さや恐怖も鳴りを潜めていた。
「貴方は……誰なのですか?」
「ハヤトだよ。ごめんね、アリーシャ」
起きたんだね。
会いたかったよ。
一気に気が抜けて、放心してハヤトを見上げた。
ハヤトは目元を拭い、手のひらに回復魔法を浮かべる。弱々しくて、今にも消えそうな聖なる魔法だった。
白く光る彼の小さな回復魔法は私の頬にフワフワと飛んできて、傷を一つだけ癒して消えた。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。……私、自分で出来ますから」
自分で自分に回復魔法をかける。
身体中に出来た裂傷は一度では治りきらないけれど、それでもかなりマシになった。
傷は塞げても問題は解決から遠退いてしまった。
少なくともハヤトはもう試行錯誤に応じてはくれないだろう。魔力を多く受け入れられそうな物質も――もう、残り少ない。
「そうだ……。術式を書き加えれば、もしかしたら」
送る側の魔力を圧縮する術式。100を1に変換するような。そんか術式を書けば、あるいは。
なぜこれを最初に思い付かなかったのだろう。あの“モリオン”を前にすると恐怖でものを考えられなくなる。
分離術を魔道具の力を借りて挑むのは我ながら良い考えだと思うけど、これを書くには残りの貴金属類はあまりにも貧弱。かくなる上は――。
「……あの、お願いがあるのですが」
「なに?」
「魔法銀を……出せたりしますか?」
昨夜、松明を魔法銀のランプに変えたあの力。
あの力が使えるのなら、今ここでお願いしたい。
「……何に使うの?」
「魔道具化しようと思います」
「どんな風に?」
私は先ほど考え付いた事を説明した。
彼は真剣に耳を傾けてくれたけれど、首を縦には振らなかった。
「……良い考えだとは思うけど……アリーシャがいったん受け止めなくちゃいけないような構造はダメだ。媒介だけで成立するように出来るならいいけど」
媒介無しで術式による自動化……。
いいかもしれない。
その方がより確実に出来る気がする。
「分かりました。そのように書いてみましょう」
頷くと、彼の手の中に青白く輝く魔法銀のプレートが出現した。まるで魔物を倒した後ドロップが起きる時のように、淡い光を纏いながら突然現れたのだ。
やはり私達とは違う概念の“魔法”を使っている。
女神様と同格の存在というのもあながち冗談ではなさそうだ。
私はプレートを受け取り、ペンを持ち考える。
――送り込まれる魔力を限界まで圧縮して、その上でハヤトと“モリオン”の魔力を分ける機能をこのプレートに付与する。
……魔法銀が魔力を増幅する力は数値にすると最大で70。圧縮する時も同じ数字と考えて良いだろう。
でもこれは他の機能を一切付与しない場合の最大値になるので、実際にはもっと低い数字になる。
不確定要素が多い……。
本来なら何回も試行錯誤する必要があるはずの術式だ。焦らず、慎重に考えなければ。
「……すみません。少し時間をかけて考えたいです。この近くに村があるはずなので、まずはそこで宿を取りませんか?」
「宿?」
「はい。だって貴方、結局ほとんど眠れてないですよね?」
「あー……。まあね……」
「私も実はさっきまで着ていた服がずぶ濡れになってしまっていて……乾かしたいんですよ。お腹も空きますし。ね? 行きましょう?」
ハヤトは迷っているようだった。
きっと、自分が眠っている間に“モリオン”が何かしでかさないか不安に思っているのだろう。
でもあいつは私がこうしてあがいている間は見守ってくれるはずなのだ。神は決して約束を破らない、と自分で言っていたし。
そう伝えると、しばらく考えた末に彼はようやく頷いてくれた。
♢
「おや、珍しい。こんな時に旅人かい?」
最寄りの村、リディル唯一の宿屋のおじさんは私達を見てそう言った。
ここは近くにあの聖なる泉があるおかげか完全に暗闇という訳では無く、朝と夜の境目くらいの明るさがある。たとえ僅かな空間であっても、雲に切れ間があるだけで世界は明るくなるのだ。
そのおかげか人々の焦燥感はさっきまでいた村よりも少ない。
ハヤトは頷いて、台帳へ名前を書きながらおじさんに訊ねた。
「一人ずつ、二部屋借りたいです。空いてますか?」
いやいやいや。何をおっしゃいますか、ハヤトさん。
ここまで来て別室なんて私が了承するはずがないでしょう。
「いえ、二人部屋を一つでお願いします」
ずいと間に割り込んでお願いすると、おじさんは私とハヤトを交互に見てものすごい笑顔を浮かべた。
「あいよ! ちょうど一番良い部屋が空いてるからそこにしてやろう! 待ってな、鍵とリネン持ってくるから!」
はっはっは、と笑いながら奥に引っ込むおじさん。こんな状況でも明るくて元気だ。
笑い声を聞くと安心する……。なんだかおじさんに救われた気持ちだ。
「何やら空が暗くなってから魔物がやたら強くなったって噂、知ってるかい? あの泉の上空以外、ずーっと遠くまで黒い雲が続いてるけど……いったい何があったんだろうなぁ」
軽快に喋るおじさんの後について宿の階段を上る。
狭い階段なのでおじさんの後ろに私、私の後ろにハヤトの順番で一列だ。
出来ればハヤトには私の前(視界の中)にいてほしかったんだけど、絶対に後ろじゃなきゃ嫌だってワガママ言うから。聞いちゃいますよね。
その代わり全力で背後に神経を配って、ふっと居なくならないか警戒しておく。
私を見知らぬ土地に置き去りにはしない、って言った言葉を疑っている訳じゃないけど一応ね。
だってここ、知らない土地では無いし。なんならここの領主夫妻(予定)だし。
――そう。ここは先日ハヤトが叙された領地なのだ。未来の私達が暮らす場所。
一瞬で妄想のお花畑が広がって、フフフ……と笑みを浮かべている間に私達は二階建ての二階の奥の部屋に通された。
そこはメープル男爵家の使用人部屋と似た、大きいベッドが一つだけ置いてある小奇麗な部屋だった。
おじさんは異様にニコニコした顔で「じゃ、ごゆっくり」と言って扉を閉める。
廊下から「頑張れよ」と呟く声が聞こえてきて、あの人何を言っているのかしらと首を傾げながらカチリと内鍵をかけた。
まずはずぶ濡れの服をハンガーにかけて干し、それから魔法銀のプレートを取り出す。
私はここで術式を考える。その間ハヤトはしっかり体を休める。どちらも大事な事だ。
「では、私は今から集中タイムに入るので、貴方は今の内にゆっくり体を休めて下さい」
「うん……お言葉に甘えておこうかな……。きっと今夜も眠れないし、今のうちに」
そう言い残し、フラフラとシャワー室に消えて行く。
そうだよね。不眠にもなるよね。眠っている間に何をするか分からないのが内に宿っているんだもの。
私に出来る事はこれしか無いのだ、と、プレートに向き合い術式の作成に取り掛かった。
きっとこれは魔法陣タイプの術式では完成しないやつだ。
いくつかの機能を盛り込んで数字を入れる必要があるので、結構複雑になるはず。
書いたり消したりを繰り返しているうちに、徐々に深く集中していく。
いつの間にか時間は過ぎていて、ふと気が付くとハヤトはベッドに潜って眠っていた。
彼はここ数日、ずっと気が休まらない状態が続いている。
……どうか、今だけでもあの人に休息を与えて下さい。
神に祈るような気持ちで“あいつ”に祈る。
するとハヤトがころんと寝返りを打ち、布団がずれた。腕から肩にかけての綺麗なラインが目に飛び込んでくる。
やだ! 肌色多め⁉
ガタっと椅子から立ち上がり鑑賞に向かう。かつて人の寝顔をじろじろ見るのは失礼だと思った慎み深い私はもういない。
これが進化なのか退化なのかはさておき、バレてもきっと許してくれるだろうという彼に対する信頼もある。
どきどきしながらベッドを覗き込むと、上半身に何も着けないまま無防備に寝息を立てる我が婚約者の姿が。
きゃー! と叫びたくなる気持ちをおさえ(これ乙女ゲームだったらスチルになってる場面じゃない⁉)と広いベッドの片隅でゴロゴロ転がる。
ひとしきり暴れた後ふと賢者タイムが訪れて、ベッドの上に正座し、例の乙女ゲームについて思いを巡らせた。
ハヤトは通常プレイでの最難関コース、逆ハーレムを達成した時のみ現れる隠しキャラだった。
確かに、この状況を思うと本来ならあの正規ルートのキャラ達が全員協力してくれる状態でなければこの人の攻略は難しかったのかもしれない。
ある程度の戦闘力と伸びしろがある騎士団長の息子と魔術師長の息子と(元)王太子殿下、知識のある学院の教師。それに魔道具を扱う力を持つ義弟ルーク。
全員、必要だった。ただのお楽しみ要素としての逆ハーレムルートでは無かったのだ。
なんとなく腑に落ちるものを感じながら、なぜ私はハヤトのルートを攻略して来なかったのだろうと深い後悔に苛まれる。
だって逆ハーレム、難しかったんだもの……。そこまで到達できなかったのよ。
こんな事になるならネタバレを読んで結末だけでも先に知っておけば良かった。
彼はこの先、どうなってしまうのかな。
久しぶりに前世の記憶を辿る。もう乙女ゲームのルートは外れたものだと思って、思い出す事すら無くなっていた記憶を。
ふと、攻略情報サイトでちらりと目にしたと思われる“隠しキャラのナイトメアエンド”というタイトルが浮かんでくる。
ナイトメアエンド……?
それがどんな内容なのか、知らなくて良かったのかもしれないと思った。
布団を掛け直してやり、椅子に戻って術式の開発を再開する。
私は諦めないって決めたんだ。
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