79.猫耳パーカー


 洗い終えてバスタオルを巻いて出ると、ちょうどベティが戻ってきたところで、借りてきた室内着を見せてくれた。


「見て! 猫耳!」


 なんとモコモコの猫耳パーカー。しかもショートパンツ!


「可愛いっしょ? 白と黒借りてきたの。私、黒にする! アリーシャ様は白ね。おそろいだよ」


「わぁ、嬉しい……!」


 なんだか懐かしい、この感じ! 

 さっそくお揃いの室内着に袖を通し、髪を乾かしてゆるく三つ編みにする。

 この手の服は髪を下ろしたまま着ると後ろの髪が絡んでしまって大変なことになるって前世の知識が言ってるから。


「あ、かわいー。私も三つ編みにしよーっと」


「お揃い?」


「お揃い!」


 合言葉風に言い合って笑っていると、ふとベティは真顔になってしみじみと言った。


「それにしても本当、ハヤト君が見付かって良かったねぇ……。でも水ぶっかけたの怒ってないかな? なんかちょっと素っ気なかったよね」


「水の件は全然怒ってないと思いますよ。……怒っているとしたら、皆さんを巻き込んでまで追い掛けてきた私に対してだと思います」


「まさか。心配なだけでしょ。ハヤト君はそこらの男とは心根が違うもん……。冒険者の男は3Bの中でもダントツでたちが悪いって皆言ってるし私もそう思ってるけど、ハヤト君は例外よね」


「3B? なんですか、それ」


 なんか聞き覚えがある。確か――。


「恋人にしちゃいけない男の職業だよ。美容師、バーテンダー、冒険者。で、3B」


 私が知ってる3Bとちょっと違う……。バンドマンは入っていないようだ。


「あ、それと音楽家もね。全部合わせて3B+Mって言われてるよ」


 M……って、音楽家(ミュージシャン)⁉ やっぱり異世界でもそういうイメージに変わりはないんだね! ちょっと感動!


「まぁ、安定しないってのもあるけど、結局はどれもモテる職業ってだけの話よね。誘惑が多いからどうしてもフラフラしやすいもの」


「そうですね……」


 でもよく考えると、ハヤトはその4つのうち2つを網羅しつつあるんじゃないだろうか。音楽家ではないけれど、ピアノ得意だもんね。


「やだ、ベティ、どうしましょう……。ハヤトが遊び人になってしまったら」


「大丈夫でしょ。ハヤト君がモテるのは職業関係ないし、あんな身持ちの固い人が今さら女にだらしなくなったりしないって。……おっと、そろそろ行こっか。もう一時間経つから」


「あ、そうですね」


 お喋りしている間に時間が経っていたようだ。

 せっかくなのでベティのフードを背後からこっそり頭に被せてみると、ベティも私のフードを被せてきた。

 黒猫と白猫に異様にテンションが上がって、キャッキャしながら食堂に向かう。

 食堂には既に男子組が揃っていて、ジョージは私達を見るなり吹き出して非常に良いリアクションをくれた。


「ぶはっ! 何だよそれ! 耳ついてんじゃん。マジうけるんだけど」


 すると女将さんらしき女性が嬉しそうに声を上げた。


「あらー! 可愛いじゃない! それ私が作ったのよ。オリビアの人気にあやかろうと思って。可愛いお嬢さん達が着てくれて嬉しいわぁ」


「本当だ。可愛い」


 ハヤトもそう言ってくれて私もベティもご満悦だ。


「でもちょっと脚出しすぎじゃない?」


「出た、堅物。いいんだよ、アリスはあれで。おいテッド、ちょっと横にずれてやれ。ハヤトの隣に座るだろ?」


「あ、そうか。どうぞ、アリスちゃん」


「いいんですか? ありがとうございます」


「ベティは俺の隣に来れば?」


「私はテッド君の隣にしておきます」


「あ、そう……」


 あっさりフラれたジョージはさして落ち込む風でもなく手にしたジョッキを傾ける。ビールだろうか。彼はなかなかお酒に強いようだ。

 ふとハヤトの手元を見ると、そこには何やら赤い飲み物が置いてあった。


「……って、ハヤト貴方、それお酒ですか⁉」


「そうだよ。ビールは苦手だけどこれなら大丈夫みたい」


「本当に? これ何ですか?」


「赤ワインとジンジャービアを混ぜたやつだって。飲みやすいよ」


 ……本当に大丈夫かな。

 私もつい先日、飲みやすいと思って調子に乗ってたら急に意識が飛ぶ経験をしたばかりだ。

 じっと見ているとジョージが口を挟んできた。


「コイツがあんまりしょぼくれた顔してるからさ、女将さんに頼んで飲みやすいやつを作ってもらったんだよ。何があったか知らないけど、落ち込んでるよか酔っ払ってるほうがいくらかマシだろ」


「程度によりますけど……。あ、もう顔が赤くなってきてるじゃないですか。しかも引っ掻き傷がまだ残ってる。やっぱり浅い傷でも一回じゃダメなんですね」


 そう言いながら再び回復魔法をかける。

 回復魔法はどんなに魔力を込めても一度では怪我が治りきらない。体力は使った魔力の大きさに応じて回復するものの、外傷の治癒は時間を置いて何度か重ねがけする必要がある。

 もちろん、致命傷なら間に合わずに死に至る。だから皆、一生懸命鍛練してなるべく怪我をしないようにするんだけど――。

 ああ、だからか。だから女神様は人に完全な力を与えなかったのかな。

 向上心と達成感、どちらも生きていく上で心に活力を与えてくれる大事なものだ。これらはきっと、完全な存在からは生まれて来ない感情。

 不足感こそが前に進もうとするエネルギーの源なのだとしたら、この回復魔法の不完全さもやはり私達に必要な事なのかもしれない。

 などと勝手に解釈して納得していたら、回復魔法を使う指先にバチっと痛みが走って思わず手を引っ込めた。


 え?

 回復魔法が……、弾かれた?


 攻撃魔法と違って弾かれるような物ではないし、それに、ただ弾かれただけなら術者側に痛みなんてないはずなんだけど――。

 今のは一体、なに……?

 戸惑っていると、ハヤトはグラスを置いて顔をこちらに向け、その赤い眼をゆっくりと細めて笑った。


「ごめん、間違えた。もう一回かけて貰ってもいい?」


 その瞬間、何故か強烈な違和感を感じて背筋にゾクリとしたものが走った。

 顔も声もいつものハヤトなのに、何かが違う感じがする。違う人みたい。

 ――怖い。

 だけどその違和感は一瞬の事で、すぐに元の感覚に戻った。

 頷いて、言われた通りに回復魔法をかける。

 こっそりみんなの様子を窺うと、テッドさんとベティは笑いながらお喋りをしていて、ジョージはビールを煽っている。誰も気付いていないようだ。

 私の気のせいだったのかな……。

 気を取り直して、運ばれてきた夕食に手を付ける。

 だけど動揺したせいか、とても美味しいはずなのに何だか味がよく分からなくなってしまった。



「……おい、アリス。そいつ限界みたいだから部屋に連れて行ってやれよ」


 ご飯を食べ終えて皆で談笑している時、少し前から舟をこいでいたハヤトがとうとうテーブルに突っ伏してしまったのを見てジョージが言った。

 思えば、お酒の量が残り半分になった辺りから怪しかったような気がする。


「えー? ハヤト君、キティ一杯でああなっちゃうの? 意外すぎるー」


 すっかり出来上がっているベティはビールを片手にご機嫌さんだ。

 キティとはハヤトが飲んでいた赤ワインとジンジャービアのカクテルの名称らしい。

 顔色が全く変わらないジョージはオリーブの塩漬けを口に入れながら呆れたような顔で言った。


「酔えば少しは事情を喋るかと思ったけど、全然だったな。潰れる方が早いとか……情けない奴」


「まあでも、この様子なら夜中にこっそり抜け出して一人でどっか行くとかも無さそうだな。俺達はまだしばらくここで飲んでるからさ、ソイツの事はしばらくアリスちゃんに頼んでもいいかな」


「いいですけど……。私に抱えていけるかしら」


「無理だろ。そんな事しなくたって叩き起こせばいいんだよ。おいハヤト! 起きろ! 部屋まで歩いて帰れ!」


 ぺしっと頭を叩いて起こしにかかるジョージ。

 しかし彼は微動だにせず、ジョージは“ふー”とため息をついて、身を乗り出し耳元でこう伝える。


「……アリスが肩を貸してくれるってさ」


 ぱちっと目が開いて頭を起こした。

 おおー、と謎の歓声が上がりパチパチと拍手されている。しかし目を開いているだけで意識ははっきりしていないらしく、グラグラ揺れながらなんとか立ち上がった。私は慌てて彼の腕を自分の肩に乗せ、倒れないように支える。


「じ、じゃあお部屋に送ってきますね」


「よろしくー。心配だったら俺達が戻るまで部屋で見張ってなよ。入る時はノックするから」


「わかりました」


 引きずるようにして食堂を後にし、階段を上る。

 彼は覚束ない足取りながらもちゃんとついてきてくれて、それなりに体格差があるもののそこまで負担なく部屋に連れて行くことができた。


「大丈夫ですか? ほら、お部屋に着きましたよ。横になってください」


「うん……」


 どさりと仰向けにベッドに倒れ込んで、すぐに目が閉じるのを見届ける。

 ……結局、何も聞けなかった。

 でも足止めは出来たから、ひとまずこれで良しとしよう。

 ふう、と息をついて、傍らの椅子に腰掛ける。眠ってしまったとはいえ、ここに一人で置いておいたら知らないうちにまたどこかに行ってしまうかもしれない。

 そう思うと、彼を置いて退室することは出来なかった。


 小さなランプに灯をともして、カーテンを開け星空を見上げる。

 王都の方角の空は夜空よりも真っ黒で、あの黒い雲の範囲が広がってきているのが一目で分かった。

 ふと視線を感じてベッドのほうへ振り返ると、ハヤトの目が開いていて、こちらをじっと見ていた。彼は少しかすれた声で話し掛けてくる。


「……みんなは?」


「まだ下で飲むそうですよ。気分はどうですか?」


「だるい……。あと、眠い」


「寝てていいですよ。あなた、本当にお酒に弱かったんですね」


「……あれならいけると思ったんだけどな……。俺達、二人とも飲めないんだね」


「まだ慣れてないだけです。これから少しずつ慣らしていきましょう」


「これから……?」


「そう、これからです。大丈夫、時間はたくさんありますから」


「……ねえ、アリス」


「はい、なんですか?」


「…………いや、やっぱりいいや」


「え、ちょっと。言いかけてやめるのは無しですよ」


「いい。大した事じゃないんだ。それより、少しこっちに来て。顔、見たい」


 気だるげな彼が横たわるベッドに腰掛けて、私を見詰める彼を見詰める。

 背後ではランプの小さな炎がちろちろと燃えていて、彼の赤い瞳の中で揺れるように光っていた。

 手が伸びてきて、頭の上にポンと置かれる。その手がするりと髪を撫で、耳、頬を辿り顎に触れる。大きくて綺麗な手。まるで私の輪郭をなぞっているようだ。指先が、顎の下をくすぐるみたいに撫でてくる。


「ふふっ、そこはくすぐったいですよ」


「……猫みたいな格好してるのに?」


「あぁ……、そうでしたね。そういえばさっき猫ちゃんの大群に引っかかれたばかりですけど、猫ちゃん苦手にはなってませんか?」


「好きだよ。大好き。世界で一番」


「そんなに!?」


「うん。愛してる」


「……えっと、猫ちゃんの話ですよね?」


 訊くと、彼は少し笑って両手を広げた。


「おいで、アリーシャ。今日はもう逃げないから、ぎゅってさせて」


 ちょいちょい本名呼びしてくるの何だろう。……嬉しいからいいけど。

 ベッドに乗り上げて抱き付くと、背中に腕が回ってくる。泣きたいくらい安心感でいっぱいになった。でも――。


「今日は、って。明日になったらまた逃げるんですか?」


「明日かどうか分かんないけど、そのうちね」


「ダメです。……何か事情があるんでしょう? 話してはくれませんか?」


 そう訊ねたけれど、しばらく待っても返事は無かった。

 代わりに太ももを撫でられて、びっくりして体を起こす。


「ち、ちょっと……」


 そんな事で誤魔化されない、と言おうとしたけど、彼は目を閉じて寝息を立てていた。手はしっかり動いているから狸寝入りだと隠す気もないみたいだけど。

 ほとんどお尻に近い肉付きの良いところをむにゅむにゅしてきて、つい焦った声が出る。


「ねえ、起きてますよね⁉」


 すると彼は寝たふりをしたまま笑った。


「だから脚出しすぎ、って言ったじゃん」


 先に忠告してましたよみたいな言い方。やはり酔っぱらっているようだ。

 初めて知ったけど彼は酔うとちょっとスケベになるらしい。

 よかろう。受けて立とうではないか。カモンベイビーよ。

 手が腰に回ってきて、猫のしっぽの付け根をモフる時みたいに撫でてくる。くすぐったくて思わず「に、にゃあ……」と鳴いてしまった。


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