78.私怨混じりの鬼ごっこ


『アリス、目標の位置は確認できたか?』


 イヤリングからジョージの声がする。

 私は建物の屋根の上に身を潜めつつ人混みに目を凝らし、ほどなくして薄く光る緑色を発見した。


「はい。現在、中央通りの大十字路から手前、四ブロック目の辺りにいます」


 この町は構造がチェス盤状で、道は全て直線で出来ている。おかげで割合見通しが良い。上からだとなおさら。


『了解……お、こちらも目標を発見。なんだアイツ。めちゃくちゃヘコんでるんだけど。背中から漂う哀愁がヤベエよ……。嫁に追い出された時のピートさんみたい』


 ジョージの(言い方はともかく)言葉に胸がぎゅっと痛む。

 ハヤトも私達も皆、お互いを思いやる気持ちを持っているはず。なのにどうしてすれ違ってしまうのか。


『おいアリス、そこから屋根に梟の石像が飾ってある物見台は見えるか?』


「えーと、はい。見えます。月のある方角ですよね」


『そう。そのすぐ横に袋小路があるんだ。奴をそこに追い込みたい。お前はその梟の付近で待機してくれ。……で、アイツはヤバいと思ったら影の中に逃げ込むだろうけど、俺が知る限り影での移動距離はそこまで広くないはずなんだ。もし見失っても、焦らずに周囲をしっかり観察してほしい』


「わ、わかりました」


 指示を聞きながら建物の屋根を伝い、物見台を目指す。するとテッドさんから報告が入った。


『……こちらテッド。大十字路に先回り出来た。ここから追い込みをかける』


「あら、早いですね」


『走った……』


 ゼエゼエと息切れの音がする。次いでベティの声も。


『私も着いた。ジョージ、プランMだよね? 本当にやっていいの?』


 ベティも息を切らしながら報告をくれる。二人とも足が速い。

 って……プランM? 何をするんだろう。


『いいぞ。遠慮なくいけ。……あ、たぶん気付かれた。ここからはアイツの歩くペースが上がる。皆、気合い入れろ』


『おう』


 ジョージの言う通り、ハヤトの移動スピードが僅かに上がった。

 彼は背後のジョージと左側のテッドさんから距離を取るようにして道の右端に寄り、大十字路でスッと右に足を進める。そっちはベティのいる方向だ。


「ベティ、そっちに向かいました」


『了解。ジョージ、本当にやるよ⁉』


『やれ! 俺も急いでそっちに行く。テッド、奴の背後を固めておいてくれ。ただし寄りすぎるなよ。なるべく影の中に逃げ込まれないように、ほどほどに圧を掛けろ』


『了解』


『わ、もう来ちゃったよー! アリス様、ハヤト君、ごめーん!』


 ベティが物陰からハヤトの前に飛び出し、魔道具の杖を掲げた。魔力に反応して光る杖から、巨大な水球が放たれる。


「水⁉」


 突然の魔法攻撃にハヤトは足を止めた。豪速球で迫る水の塊をすんでのところでかわしたけれど、彼が予想しなかったのはもう一つの水球の存在。

 避けた地点で後発の水球が直撃した。先発の水球は後ろのオリーブの木に直撃し、木を水浸しにしている。

 こ、これがプランM?


『やだ! ごめんねハヤト君!』


 彼は水球をまともに受けて全身からボタボタと水を滴らせ、通行人が騒然とする中、背後からテッドさんが近付いてくるのを察してずぶ濡れのまま走り出し角の小道に入った。進行方向にはジョージが全速力で向かっている。このままいけば次の角でエンカウントだ。


『ベティ、やったか⁉』


『やったよぉー! 罪悪感が! 半端ない!』


『いいんだよ! 俺のせいにしとけばそれで!』


 心なしかジョージの声が弾んでいる。めちゃめちゃ楽しそうだ。


『あの野郎……。積年の缶蹴りの恨み、今ここで晴らしてくれる』


 小声で呟かれたジョージの独り言は聞かなかった事にして、私も急いで物見台へ向かう。

 気のせいじゃなく体が軽い。さっきのベティの魔法も威力が増していたし、皆の足も速くなっているように思う。

 これ、魔道具の身体強化だけじゃない。ハヤトの“音”を通して伝わってきた魔力の影響だ。


「ジョージ! 次の角でかち合います!」


『よしきた!』


 ジョージとハヤトが同時に角に辿り着いた。出会い頭に驚いて足を止めたハヤトに、ジョージは先手必勝とばかりに手に持っていた小さな袋を叩きつけた。ブワッと煙幕のようなものが周囲に立ち込める。

 煙幕……?

 いや、粉だ。中に入っていたのは何かの粉。細かい粉末が彼の濡れた体に付着する。


「ケホッ! お前……! なんなんだよジョージ!」


「悪いな。正攻法じゃ敵わないから。俺達にはどうしても味方が必要なんだ」


「味方?」


 背後からはテッドさんが圧をかけてくる。左前方にはジョージ。彼は抗議もそこそこに右の小道に向かって駆け出した。思惑通り、物見台の方向へ。


『……あれ? アイツ、影に入らなかったな。予想ではここで一回くらいやると思ってたんだけど』


「そうですね。確かに……」


 それだけじゃない。

 水球だって、二発目は予想外とはいえ結界を張ればずぶ濡れにはならずに済んだはずだ。彼ならそのくらいの反応は出来たはず。どうしてベストを尽くさないのだろう。


『……ま、いいか。物見台への誘導は上手くいった。仕込みも完璧だ。後は味方が一匹でも多くいる事を祈ろう』


「一匹?」


 ジョージは自分の服についた粉末をパタパタと払い、得意げに笑った。


『見れば分かるよ。この時間なら必ずいる』


「??」


『とにかく、アリスは万が一プランMが突破された時のために、袋小路の壁の上で待機しておけ。多分、アイツが逃げるとしたらそこからだから』


「はい、わかりました」


 屋根と木を伝い、物見台へ。梟像の下で周囲を見回すけど、周囲には誰もいない。

 ……え、これ、大丈夫なのかな。既に逃げられた後なんじゃ?

 不安が胸をよぎる。

 大通りから離れたこの物見台周辺は人影がまばらで、明かりもごく僅か。少し遠回りしつつ慎重に行き止まりの建物の上に立ち、暗闇に目を凝らす。

 すると無人に思えた袋小路の中に、いくつもの光る目が浮かび上がった。


「っ……!?」


 少しびっくりしたけれど、落ち着いて見てみればその目の持ち主達は大小さまざまな猫ちゃん達だった。

 集会中だったらしく、たくさんの猫ちゃんがいる。

 その中の数匹がぴくりと何かに反応し顔を上げた。なぁーお、と口々に鳴き、小走りに近くのオリーブの大木に駆け寄りするすると登っていく。

 数匹の猫ちゃん達が、生い茂る葉の中に消えてから経つこと数秒。ひと気のしない袋小路に叫び声が響いた。


「いっ……てぇー!」


 どさ、と木から人が落ちた。ハヤトだ。

 そこに隠れてたんだ!?

 彼は体に何匹も猫をくっつけていて、なんとか引き剥がそうとしているけれど、どうやら爪を立てられているようで苦戦している。

 そうこうしているうちに、激しめにスリスリする猫達に加えて他の猫達も次々に反応しハヤトに駆け寄っていく。

 にゃあにゃあ、にゃおーんと鳴き声が響く中、彼はあっという間に猫の大群に埋もれていった。

 私は取り敢えず地面に下りてはみたものの、何が起きているのか分からずただ見ている事しか出来なかった。

 すると遅れてやってきたジョージが悪役笑いと共に現れ、高らかに勝利を宣言する。


「どうだ! プランM、大成功っ! リゲルからストロングマタタビの粉を大量に買っといて良かったぜ!」


「マタタビ!? あの粉、マタタビだったんですか⁉」


「そー。ただのマタタビじゃないよ、女神のドロップアイテムのストロングマタタビ。俺の趣味って遠征先で猫スポットを探す事なんだけどさ。最近この町の猫が集会場所をここに変えてたんだよ。ハヤトはまだそれを知らなかっただろうから、マタタビぶっかけてここに誘導すれば猫達が味方になってくれると思ったんだよね」


「それはまた……なかなかエグい事を考えますね」


「だって正攻法じゃ無理だもん。アイツ、魔物や男相手なら強いけど小動物と女には弱いからさ。弱点は積極的に攻めていかないと」


 すると、猫に埋もれたハヤトがこちらにプルプルと手を伸ばして助けを求めてきた。

「痛っ! ちょ、助けて! 爪が! 痛い! あとなんかザラザラしてる!」


「結界でも張れよ。自分で出来るだろ」


「出来ないんだって! 使えないんだよ! だから――」


「はぁ!? 結界が使えない!?」


 思わぬカミングアウトを受けて私とジョージは顔を見合わせ、猫を剥がす手伝いをする事にした。

 後から合流してきたテッドさんとベティの協力も得て、あちこちに食い込んでいる爪をそっと外し、顔面に貼り付いていた子をべりっと剥がす。すると下から引っ掻き傷だらけの黒髪の美形が現れた。


「可哀想!」


「思ったよりひどいな。……ん? お前、頭が黒の時、目、赤かったか?」


「……覚えてない」


 ふいと目を逸らし、顔を伏せてしまった。その様子を眺めながらみんな怪訝な顔をする。

 ――訊きたい事はたくさんあるけど、まずは連行だ。

 彼の隣にしゃがみ込み、回復魔法をかけてやりながら髪についたままのマタタビを払い落とした。


「……これ、ちゃんと洗わないと落ちませんね。宿でお風呂でも借りていったらいかがですか?」


 この誘い方、ちょっとズルいかな。

 卑怯な自覚はあるけれど、洗ったほうが良いと思うのも事実。

 剥がされてもなおハヤトによじ登ろうとする猫ちゃん達を抱えて宿に誘うと、彼は少しふて腐れたような顔をしながら頷いた。



 どうにか足止めに成功した私達は、皆で一緒にオリビアの宿へ向かった。

 前をテッドさんとベティが歩き、真ん中が私とハヤト、後ろにジョージの並び。私は楽しそうにお喋りをするベティとテッドさんを眺めながら、おそるおそるハヤトの肘に手を添えてみる。

 嫌がる素振りがあったらすぐにやめようと思っていたのだけど、特にそんな感じもなかったので腕を絡ませて身体を寄り添わせた。すると、後ろを歩いていたジョージが吹き出すのが聞こえて思わず振り返る。


「なんですか?」


「いや、コイツの背中から漂うお花畑感が分かりやす過ぎて……。さっきの『嫁に追い出された時のピートさん』っぽさはどこに行ったんだよと思ってさ」


 ハヤトも振り返って首を傾げる。


「嫁に追い出されたピートさん? 誰が? 俺?」


「ああ。マジでそっくりだった」


「へー……」


 ハヤトはそれ以上何も言わなかった。ショックを受けているようだ。

 別におじさんが悪い訳じゃないけど、この歳でおじさんと同じと言われたらそれはショックだろうなと思う。


「大丈夫ですよ、ハヤト。私も学院でマダムって言われた事がありますから」


 そう言いながら手をスルリと手のひらに滑り込ませ、指の間に自分の指を入れる。

 さりげなく恋人繋ぎに持ち込む事に成功して満足していると、後ろのジョージから突っ込みが入った。


「そりゃどういう慰め方だよ。嫁がマダム扱いとか何の嬉しさも無い……いや、奥様だから、一応合ってる、のか?」


「合ってます」


 ハヤトから密かに手をぎゅっと握り返してもらってニッコニコになる。

 ジョージが言ったように頭の中をお花畑でいっぱいにして夜の町を歩く。さっきの酒場で諦めなくて本当に良かった。

 彼がどんな事情を抱えているのかは分からない。でも、この町がどれほど強大な魔力に晒されていようと、この人と私がいれば大丈夫だ。どんな敵にも負ける気がしない。

だって、私は特殊な力でハヤトを助ける事が出来るのだから。

 何の心配もいらない。……そうだよね?


 宿に着き、ハヤトにくっついていたストロングマタタビに激しく反応するオリビアちゃんを抱っこして受付のリゲルにハヤトが合流した事を伝えた。快諾してもらい、男子組と女子組に別れてそれぞれの部屋へと向かう。

 とりあえず身綺麗にしてから皆で夕食を、という事で、およそ一時間後に食堂に集合する約束をした。


「あの、もう逃げないで下さいね」


「心配しなくて大丈夫。俺達が見張ってるからさ」


 返事をしなかったハヤトの代わりにテッドさんが答えてくれた。

 少し不安になりながらベティと部屋に入り、体に着けていた色々な物を外して旅装を解く。


「アリス様、シャワー浴びて来なよ」


「はい。ベティはどうします?」


「私はさっき浴びたからご飯の後でいいや。一時間しかないもんね。……全く、男子は十分もあればいいのかもしれないけど、女子は身支度に最低三十分は欲しいよね」


「本当ですね」


 笑いながら靴を脱ぎ、ブラウスも脱いでいく。その横でベティもローブを脱ぎながら言った。


「あ、室内着を借りてくるの忘れたわ。ちょっと受付行って借りてくるね」


「室内着? 借りられるんですか?」


「あ、そっか。アリス様は知らないのか。あのね、庶民の宿って室内着を用意しているところが多いのよ。あんまり安いところだと無かったりもするけど、ここなら庶民レベルではかなり良いところだから、きっと充実してると思うよ。……ほら、ちょっと前まで荷物は自分達の手で持ち歩かないといけなかったじゃない? それって結構大変な事なのよ。だからこういう現地調達サービスが誕生したって訳。宿側としても、着替えてもらえば室内が汚れにくいし、女の子の室内着を可愛くすると人気の宿になりやすいって事もあって結構どこも気合い入れてんのよね」


「へぇ~! そのような文化が! 知りませんでした」


「ふっふっふっ……。生粋のお嬢にものを教える快感……。ハヤト君の気持ちがよく分かるわ。アリス様も借りてみる? 私のと一緒に選んでくるよ」


「はい。お願いします」


「OK、任しとけ」


 ウインクをして部屋から出ていくベティを見送り、シャワー室へ向かう。

 洗いながらふとここが乙女ゲームの世界だった事を思い出して、あのような女の子が喜ぶ文化が存在する事に納得して一人で頷いた。


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