52.マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるらしい
私達の間に走る緊張感を察した男子三人は辺りに視線を巡らせ、事情を知るハヤトだけが緊張感の理由に気付いたようだ。
マリアで視線を止め、目を丸くした後私に視線を寄越す。
私は頷いて、ずっと手に持ったままだったスパークリングワインのグラスをハヤトに預けた。
ここは、私が。
ちょっと動揺しちゃったけど、落ち着こう。
彼女とは色々あったけれどそれも過ぎた話。
対処するにも、今の彼女がどう出てくるかを見てからじゃないとね。
とはいえ、後手に回ってある事ない事を大声で喋られると困るので先手必勝とばかりにマリアの元へ向かう。
トイプー達のところでしゃがみ込む彼女の隣に私もしゃがみ、出来るだけ平坦な声で話し掛けた。
「お久しぶりね」
ぱっ、と顔を上げたマリアは可愛らしい顔はかつてのままだけど、何だか奇妙な感じがした。
上手く言えないけど、マリアじゃない人みたい、と思った。
「はわわ、アリーシャ様……! お久しぶりです! 今日は一段とお綺麗ですね! あの、私、アリーシャ様がハヤト君と婚約したって噂で聞いて……お祝いしようと思って……」
えへへ、と笑いながら話す彼女からは以前のような猛毒は感じられない。
まるで本当にただお祝いに来たかのようだ。
「貴女が私をお祝い? ありがとう。でも、他に何か用事があるのではなくて?」
なんだろう、この違和感。
「他に用事……いえいえそんな! 少しお話できたらなぁって思ってはいましたけど」
「お話? 貴女と、私が?」
「はい、あの」
すると、横から男の声が割り込んできた。
「マリアが“ステュアートのご令嬢とは知り合いだ”って言うから、証明しろって連れて来たんすよ。まさか本当に知り合いだったなんてなー。マリア、お前スゲエじゃん」
トイプーの横に立つこの男は、どうやらマリアのお連れ様らしい。
妙に痩せていて軽薄で、野心を抱いていそうな男。
さっきハヤトの事をマフィアとか思ったけど、この男こそがマフィアそのものなんじゃないだろうかと思った。
そのくらい堅気ではなさそうな、蛇のような雰囲気を醸し出している。
ハヤトとは全然違う。
……誰なんだろう。
アレク達のパーティにはこんな人いなかったはずだ。
「ちょっとマリア様……貴女、アレクはどうしたの? この方はどういったお方?」
「アレクとは上手くいかなくて、別れちゃいました。行くところがなくなって困ってる時に出会ったのが、彼なんです」
マリアはすっくと立ち上がり、彼に身を寄り添わせると男は彼女の肩を抱いて言った。
「はい、自分ジョン・スミスって言いますー。困ってる人を見掛けたら助けずにはいられないジョン・スミス。よろしく! この度は是非自分とも仲良くして頂きたくー」
ジョン・スミス。
……偽名かな。
それって日本で言う山田太郎みたいなポジションの名前だよね。
胡散臭いにもほどがあるんだけど。
私はジョンを無視して恥ずかしげに肩を抱かれるマリアに向かって話しかけた。
だって、この男絶対ヤバいって。
「マリア様。あちらで女の子同士のお話しをしましょう? おいしいケーキがありますのよ」
言外に“ジョンお前はついてくるな”と含ませたけど、ジョンはマリアよりも先に足をこちらに進めてくる。
少したじろぐと、目の前にハヤトの背中が立ち塞がった。
「スミスさん。男はこっちで酒でもどうです? 飲みきれなくて困ってるんです」
ナイスアシスト!
ハヤトもこの男ヤバいなって思うよね。
マリアから事情を聞くまで、ちょっと身柄を押さえておいて欲しい。
あ、でも、お酒……飲まされないように気を付けてね……。
ジョンはハヤトを上から下までサーチするかのような視線を走らせた後、にこっと笑ってマリアから手を離した。
「これはこれは、噂の若き子爵殿ではありませんか。一度お話してみたいと思っていたんですよ」
「そう?」
「はい。機会があればお近付きになりたいなぁって」
ハヤトはジョンをテッドさんやジョージさんのところに連行しながら、私達の方をちらっと振り返り心配そうな顔をした。
大丈夫。
マリア一人なら何も危ない事はない。
ひとまずマリアをケーキバイキングのテーブルまで連れて行き、好きなものを選ばせた。彼女が選んだのはイチゴケーキとチョコレートケーキ。
「わあ、ケーキなんてひさしぶりです。嬉しいなぁ。ありがとうございます、アリーシャ様」
「ちょっと貴女、本当にどうしちゃったんですか? 大丈夫?」
まるで本当にヒロインのような素直さだ。
去年こんな感じだったら、いじめの冤罪や逆ハーレムからの断罪、追放なんてやらかさなかった気がする。
「へ? 何がですか? 全然大丈夫ですよ! 最近不思議と食べなくてもずっと元気なんです!」
「食べなくても? 貴女、あの男に食事もさせてもらってないんですか?」
「たまには食べさせてくれますよ? いっぱい稼げた時とか、ご褒美に」
ああ……。
物凄い闇を感じる。
この先に踏み込んでいいのかどうか、私には分からない。
でも聞かない訳にはいかない。
「いっぱい稼げたって……どんな仕事を?」
「何でもやりますよ。回復術もやるし、配達員もやるし」
誰を回復して、何を配達するのか……。
娼婦まがいのような言葉が出て来なかった事にホッとしつつ、これは深掘りが必要だとも思う。
「回復って、誰を?」
「ジョンの紹介で、色んな人にやりますよ」
「そう……。配達は? 何を?」
「知らないです。見ちゃだめってジョンが」
「全てジョンの指示なのね」
「はい。上手く出来ると、すっごい褒めてくれるんです」
「上手く出来なかった時は?」
「それは、ちょっとお仕置きがありますけど。でもそれが終わればまたすぐ優しくなるから大丈夫なんです」
そう言いながらケーキを一口、口に運ぶ。
その時彼女の目からぽろっと涙がこぼれた。
「ああもう、全然大丈夫じゃないじゃない……。もう、何やってるのよ。ほら、ハンカチ」
「うっ、ううっ……。どうしたんだろう。急に涙が……。ありがとうございます、アリーシャ様」
「もう、しっかりしなさいよ。私や殿下達を手玉に取って笑ってた貴女はどこに行っちゃったの? 貴女、あの時のほうが生き生きしてたわよ」
つい口調が厳しくなってしまう。私、まるでカルロス姐さんみたいだ。
ぐすぐす鼻をすするマリアをなだめていたら、このタイミングでラヴが来訪した。
最高なのか最悪なのかわからないタイミングだ。
「アリーシャ様ー! 遅くなりました! クリス様が心配しちゃって……あら? どうしたんですか?」
微妙な空気を敏感に察し、戸惑いを見せるラヴ。
次期公爵夫人の彼女には我が家の護衛が男女一人ずつついて来ていて、凄く安心した。
だけど今はハヤト達のところには行かせられない。
護衛がいても、ラヴにジョンは絶対に近付けたくない。
「ラヴ、ちょっと一緒に来て貰ってよろしいですか? このお嬢様をどこか人目のないところにお連れしたいのですが」
「はい。……でも、何があったんですか?」
「後で説明します」
そう言ってマリアを連れてレストランに引っ張って行き、店長に了解を得てバックヤードに入った。
男性の方の護衛には入り口に立ってもらい、私とラヴと女性護衛の三人でマリアを囲む。
二人には少し距離を取ってもらい、私はマリアの着ている服に手を掛けた。
「マリア様、ちょっと失礼しますよ。確かめなければいけないので」
「え? あ、だめです。人に見せたらだめってジョンが」
――やっぱり。
服を脱がせたマリアの体には無数の痣があった。ラヴ達が息を呑む気配を感じながら、腕や脚に針の跡が無いか確認する。
変な薬物でも使われているんじゃないのかな、と思ったのだ。
「注射跡は……無いのね。あの男もそこまでの悪魔じゃなかったって事かしら。でも、マリア様……あの男はやめておいたほうが良いです。どう考えてもまともじゃないですよ」
「でも……! 私にはジョンしかいないし、ジョンにも私しかいないの! 彼は寂しい人なの……。きっと私がいないと、ダメになっちゃうわ」
絶対、そんな事ない。
そう言いたかったけどグッと呑み込み、幼子に言い聞かせるように語り掛ける。
「お気持ちはわかりますけど、こんな痣だらけになってまで尽くすなんて却って彼をダメな人間にしてしまいます。こんなやり方で人を思い通りに出来るなんて、思わせてはいけません」
「でも好きなの! 彼が離れて行っちゃったら、私……」
「貴女ね、そんなに可愛い顔してるのにどうしてあんな蛇みたいな男に依存しちゃったんですか!? もっとマトモな相手、いるでしょう!?」
「人を好きになるのにマトモかどうかなんて関係ない! 欠点も含めて愛してるの!」
ヒロイン力、高っ!!!
なぜそれを去年発揮しなかったのか。……いや、したのか?
したのかもしれないけど、なぜ毎回変な方向に行ってしまうのか……。
「じゃあどうするんですか? このまま彼と結婚する? 子供が生まれたら、彼の暴力から子供を守れるんですか?」
「守ってみせます!」
「今、自分の事すら守れてないじゃないですか。そういう事はせめて彼に対抗出来るようになってから言って下さい」
服を着せて、椅子に座らせた。
ぐすぐす泣き出すマリアを前に、どうしたものかと頭を悩ませる。
「あの……アリーシャ様。これは一体……」
あ、説明してなかった。
困惑顔のラヴに、私とマリアの因縁から今現在までの大まかな経緯を説明した。
ふむふむと頷きながら話を聞いていたラヴは、ふと顔を上げてじっとマリアを見詰める。
「……あー……。もしかして、と思ったのですが、本当にもしかするかもしれませんよ、アリーシャ様」
「何がですか?」
「彼女、魔力による乗っ取りを受けているかも知れません」
乗っ取り。
悪意を持って自分の魔力を相手に直接流し込む事で起きる、人格の変化。
どんな変化があるかはやってみるまで分からないけれど、流し込まれる方は余程感覚が優れていないと気付きにくいし対抗も難しい――らしい。
タイミング良く対抗できれば逆に乗っ取り返す事は可能で、やられた方は程度によっては廃人のようになってしまう事もあるとか。
仕掛ける側にリスクはあるものの、上手いこと成功すれば発覚しづらく、それだけに相手の人格を軽視した行為。
結構、重い犯罪だ。
「それは確かですか、ラヴ」
「うーん……。ちゃんとした人に見てもらうまでは何とも言えないのですが、何となくそうかなって。食べなくても元気っていうのはどう考えても普通じゃないし、それに、兄ちゃん……いや、お兄様が、色が変わるとほんの少しだけ性格が変わるじゃないですか。それの激しいパターンがこれかなって思いました」
「やっぱり色で少し性格変わりますよね。私もそう思ってました」
「本人は変わってないと言い張るんですけどね」
実の妹もそう思っていたらしい。私の感覚は正しかった。
……いや、今はそんな事はどうでも良くて。とにかくマリアをどうにかしないと。
「仮に乗っ取られているとして、それを判断して治癒出来る人って……」
「あんまりいませんね。元の人格を良く知っていて、かつ魔力量がそれなりにあって制御が上手い人じゃないと」
そんなの一人しか思い浮かばないのだけど。
「殿下か……。頼みたくないなー……」
「でも心当たりはあるんですね。早めに何とかしたほうが良いかもですよ。長期に渡って仕掛けられていたとしたら分離にも時間が掛かりますし……。それに、下手したら自分の魔力と癒着を起こしていて、戻らないかもしれません」
「そうね。なるべく早く連絡してみましょう」
どう考えても今のマリアのほうが善良で好ヒロインだけど、こんなやり方で善良にされても気分が悪い。
猛毒でも生き生きしていたマリアのほうがよっぽどマシだ。
「とにかく痣は治しちゃいましょうか。二人とも、後日この方が怪我をしていたという証言をお願いするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「はい、わかりました」
回復魔法をマリアに掛けて、ついでに髪もとかしてやる。
もう自分に構っていないのか、ボサボサだ。
「マリア様。貴女、今日はうちに泊まりなさい。あの男には私から話しておくから」
「え、でも新婚さんの家に泊まるなんて、そんな非常識なこと……」
凄い。
あのマリアが聖マリアに進化してる。
あの男、実はマリアと相性がいいんじゃ……。
ふと心に浮かんだ“もう、このままでもいいんじゃない?”という悪魔の囁きは聞かなかった事にした。
マリアを伴ってラヴと護衛達と一緒に噴水広場に戻ると、経緯は不明ながらジョンは既に討伐されていた。
テーブルに突っ伏して眠りこけている。
「あれ? ラヴ来てたんだ」
「はい。お兄様、この方はどうしたのですか?」
ジョージさんが「お、お兄、様!? ラヴがお兄様って呼んだ!?」と新鮮なリアクションをくれたけど、この兄妹は意に介さず話を続ける。
「この人がさりげなく乗っ取りかまそうとして来たから、やり返した。一瞬だけだったし、そんなに深くは入ってないからすぐに元通りになると思うけど」
「そう、やっぱり」
ラヴは私に目配せしてきた。もう確定だろう。
マリアはジョンの魔力に乗っ取られている。
頷いて見せると、ラヴは内緒話をするようにハヤトの耳元に口を寄せ、こしょこしょと小声で話をした。
ハヤトはマリアと私とジョンを順繰りに見ながらどんどん険しい目付きになっていく。
「――わかった。この人には今夜一晩眠ってて貰おうね。で、どうしよっか。このまま憲兵に突き出す?」
「え? どうしてですか?」
マリアは不安そうに呟き、ジョンに寄り添う。
きっと話しても分かってもらえないだろう。
今はとにかく引き離して、彼が逃走しないように眠らせておくだけで良いかもしれない。
突き出すならパーティーが終わった後でも構わないのだし。
「マリア様。彼は少し疲れているようですから、休ませてあげましょう。その間、貴女は何か食べたほうがいいです。貴女ちょっと痩せすぎですよ」
「……はぁい」
本当に素直。
どうしよう、可愛くなってきちゃった。
「急にお腹に入れると負担が大きいですから、最初はスープから召し上がって下さい。ベティ、スープはどちらから貰ってきたら良いですか?」
「あ、私持ってきますよ」
「ありがとう」
たたっと駆け出すベティを見送り、マリアを空いているテーブルに座らせる。
ああもう、学院の頃の殿下の気持ちがわかってしまう。ほっとけないよね、こんなの。
「――アリス、ちょっといい?」
「はい、なんでしょう」
ハヤトが隣に座って、顔を寄せて耳打ちしてくる。
「あの子を今夜うちに泊めるって言ったらしいじゃん。本気?」
「だってそうする以外ないじゃないですか。あの男のところに帰す訳にはいかないですし」
「それにしてもだよ。元に戻った後で何言ってくるか分かんないよ? 俺達だけで何とかしようとするのは止めたほうが良いと思う」
「じゃあどうします?」
「大人の力を借りよう。神父さんとシスターに相談してみる」
「わかりました」
確かに、この聖マリアはきっと今だけなのよね。
あまり近付きすぎるのも良くないかも。
神父さんのところに向かっていくハヤトを見て、マリアはうふふと笑った。
「本当に仲良しなんですね、アリーシャ様とハヤト君って」
「そう見えますか?」
「はい。とっても。羨ましいくらいに」
……やっぱりこのままでもいいんじゃないかしら。
いやいや、それは人道に反する。
でも……よく考えてみたら、私もマリアとそう変わらない気がしてくるのよね。
ある日突然前世の記憶が甦ったのと、他人の魔力で人格が変わるのと。
きっとそう変わらない。もしも誰かが、前世の記憶は異物だから除去しましょう、って言ったら私はどうするのかな。
もう既に自分の一部だし、異物だとは思わないので結構です、って言うと思うけど。きっとマリアも同じだよね。
私も彼女も、別人になったつもりは無いし自分を見失ったりも(多分)していないのだから。
本人が納得した上で周囲への害が無いなら、当事者目線なら有り……だと思わないでもない。
でも他人が意図的に変えてしまうのか良い事かというと、それは絶対に違うと言い切れる。
ああ、正解が分からない。考えるのはやめよう。とにかく今重要なのは、ジョンがマリアを搾取しているという事実。
それがある限り、引き離す以外に方法は無い。
マリアはベティが持ってきてくれたスープをゆっくり口に運び、ふわっと微笑んで「おいしいです。ありがとうございます」と言った。
その姿はまさに庇護欲をそそる女の子そのもので、いつか自力でこんな性格になってくれたらいいな、と思わずにいられなかった。
しみじみとしていたらふと周囲がざわついた。
何だろう、と思って顔を上げると、ミュラー候爵家の馬車が人垣を割って入って来るのが見えた。エスメ様が来たみたいだ。
馬車の扉が開き、中から降りてきたエスメ様は豪華なドレスにフェニックスの尾と金糸で造られた扇を装備している。貴族街ではありふれた普通のお嬢様姿だけど、ここ下町では浮いている。
確実に今の私より派手だ。別にいいけど。
「アリーシャ様。ごきげん麗しゅうございます」
礼を取る彼女の後ろからブリジット様とセシリア様も似たような格好で降りてきた。三人揃えば迫力も満点だ。ざざっと人垣が引いていき、馬車の周囲にぽっかりと空間が誕生する。
「ずいぶん強引に入ってきますね。危ないですよ」
「ちゃんと注意しながら入ってきたので大丈夫です。それより、ご婚約おめでとうございます。……あら? アリーシャ様、お一人?」
「ああ、ハヤトは今ちょっと外しております。すぐに戻りますよ」
「そうですか。今夜は是非とも私の婚約者にお二人の姿を見てもらいたいと思って連れてきたのですが」
「え? ユリウス様も来てるんですか?」
「はい。今日、家族ぐるみでじっくりと話し合いをいたしまして。ふふっ、見ものでしたわよ、ユリウス様ったら泣いちゃって。アリーシャ様にも見せたかったですわ」
「えー……あんまり見たくないですね、それ」
「まあまあ。結局、婚約は続行する事になりましたの。彼も反省しておりますし、我が家に大変有利な条件で再契約を結べたので良しとしました。それで、今夜はユリウス様に是非自分の見識の狭さを思い知って頂こうと思って––あら? ……あちらの方ってもしかして」
エスメ様はマリア様の姿を見付けて息を呑んだ。
「なんであの方がここに!?」
「色々あったようです。あまりにも苦労しているようでしたので、放っておけなくて。とりあえず食事を摂って貰っているところです」
「本っ当にお人好しにもほどがありますわね!? あんなの自業自得なんですから、放っておけばいいんですって!」
「そうはおっしゃいますけど、彼女がいたおかげで私は今幸せなのですし。見捨てたら天罰が下りますよ」
「はぁ……。そうですか。別にいいですわ、もう。……そうだ、ユリウス様。いい加減降りてきたらいかがです?」
エスメ様が馬車に向かって声を掛けると、どこか不貞腐れたような表情でユリウス様が降りてきた。
「……今宵は、誠に麗しく。女神様もかくやと言うべき淑女に御目見え出来た事、光栄の極みでございます」
気持ち悪っ!
いや、他人の婚約者にそんな失礼な事を思ってはいけない。思ってはいけないけど……!
「…………ありがとうございます」
やっとの思いでそれだけ言うと、ハヤトがシスターを連れて戻って来た。
「お待たせー。あれ? エスメ様、本当に来てくれたんだ」
銀髪のハヤトを初めて見るクインビー達とユリウス様は目を丸くして固まった。
「え? ほ、本当にハヤト君?」
「色が変わるって本当でしたのね。確かにこれはカメレオンですわ。随分雰囲気が変わりますわね」
「そう? 中身は変わんないよ」
いやそれは違う。
ほんのちょっとだけど、ほんのちょっと変わる。誤差みたいなものだから言わないけど。
横目で妹ラヴをチラッと見ると、彼女は苦笑いしていた。すると、ハヤトの背後からシスターが焦れたように声を掛けてくる。
「……ハヤト。問題の女の子はどこにいらっしゃるの?」
「ああ、ごめんシスター。あそこでスープ食べてるピンクの髪の子だよ。で、男のほうはあっちで寝てる奴」
「わかりました……。さっき神父様が憲兵を呼びに行きましたので、男の人の方はそちらにお任せしましょう。女の子の方はしばらく教会で預かります。それでいいですね?」
「うん。ありがとう、シスター」
「いいえ。よくいるんですよ、ああいう子。自衛の足りない女の子にはきっちり教育しないといけません。これも女神が私達に与えたもうた使命の一つです。お任せなさい」
そう言ってマリアの元へ向かっていくシスターの背中はやる気に満ちあふれている。
さすがハヤト達を育てたシスターだ。なんだか大丈夫な気がしてきた。
するとエスメ様はユリウス様の肘をくいくい引っ張り、顔を近付けて話し掛けた。
「ほら、ユリウス様。ボーッとしてないで、よくご覧になって。名前一つでこれだけ大勢の人を集められて、問題が起きたらすぐさま最適な人材に対処をお願い出来る。こんな芸当、今の貴方に出来まして?」
「……ああ。無理だな。悪かった」
「分かれば良いのです。大体、平民孤児から十六歳で子爵になったような人と張り合ってどうするのですか。悔しいのは分かりますけど、地力があまりにも違いすぎます」
ユリウス様は悔しそうな顔でうつむいた。
そんな彼の腕にエスメ様は自分の腕を絡め、ぴったりと寄り添う。
「でもね、普通よりちょっと出来る程度の貴方が私はとても好ましいと思っておりますのよ。別に天才じゃなくたって貴方の価値は下がったりしません。私にとって、貴方は子供の頃から今この瞬間までずっと––世界で一番大切な人なんですよ」
エスメ様が乙女発言……。
彼女は私とハヤトをチラ見して「アリーシャ様のアプローチ法を参考にしました」と言った。
「私、あんな事言ったことないけど……」
「言って。言われてみたい」
「世界で一番大切な人ですよ」
「ありがと」
やや流れ作業のようになってしまったのは、似たような事を散々言ってきたせいだろう。
この感動の無さの原因はそれだ。そうに違いない。
「アリスも、俺にとって世界で一番大切な人だよ」
「ありがとうございます」
感動は薄れても、嬉しくてこそばゆいのは変わらない。
胸が温かくなるこれこそが愛だ。きっとそうだ。
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