第11話 ストーンヘブンで捕まえて 後



 月も眠る、深夜。

 忍んでくる気配に、俺はゆっくりと目を覚ます。

「まったく……ディアンケヒトの名前は絶大だな」

 スプラ荘は二階建てのモルタルで、借りた部屋は一階の角部屋。

 二階を選ばなかったのは、籠城する気がなかったからだ。

 エレオノーラの注文オーダーは、無血制圧だ。

 敵は二十人もいないが宿をぐるりと囲んでいる。幸いアルバートがいる馬小屋ガレージには誰も近づかない。馬が接近に敏感であることは熟知しているらしい。

 表のドアと雨窓あまどの隙間に、ナイフが同時に差し込まれる。侵入班の統制はれていた。数は三人。部屋のサイズに合わせてくる突入は妥当な判断だ。

 静かにドアと雨窓のかんぬきがあがり、音もなく侵入してくる。

「ねぇちょっとぉ。あたしの夜目でも何も見えないわよ。本当にこの部屋で合ってんのぉ?」

「今、窓から入ってる。異様に暗いな。明かりをつける」

「おバカっ、ここ標的の部屋でしょおが」

「動くな。さっきから会話は聞こえているのに、どこから声がしているのかわからない。もしかするとここに魔法──」

 言い終わるのを待たず、俺は背後に回り、首に腕を巻きつけた。

 この場の指揮者ジョイスを一息にとす。


「ジョイス? ジョイスっ? まずいわ、何か変よ。撤収よっ、これ、わ──」

 聞き覚えのある男声が叫び終わるのを待たず、俺は相手のぼんくぼを手刀でうつ。顔から床へ突っこむ前に、腕で支えてそっと床に横たわらせる。

「ジョイス、ローワンっ。くそっ。どうなってんだ、ここっ」

 仲間を置き去りにして、最後の男は入ってきた窓を探し始めた。だが入ってきたはずの窓はもう見えない。両手で忙しく手探りするのは方向違いの壁だ。

 悪いな。これは、そういう魔法なんだ。

〝暗夜瞑路〟メイズインザダーク

 俺は男の背後から腰を抱えこむと、すばやく背面へ抱え投げた。

 ごきっ。床で頭が衝突する音がして、男は動かなくなった。

 ドアから狭い廊下へ出ると、四人が抜き身の剣をさげて待っていた。

「こんばんわ」掃除に使ったモップを踏んで、柄を引き抜いた。「物を壊したら宿への弁償だからな、いいのか?」

「オメーはたった今、モップ壊してんだろうがっ!」

 いいツッコミをもらった。ぐうの音も出ない正論だったので、少し本気を出すことに決めた。

「どうせてめぇの血で壁が汚れるのは、廊下が狭すぎる宿とオメーがわりぃんだよ」

「あ、そ。なら、弁償はここで負けたヤツ持ちってことでいいよな」

 男が大上段で斬りかかってくる。が、切っ先が天井に食い込んだ。


 おいおい、狭すぎる宿だって今自分で言ったばかりだろうが。

 その喉笛を容赦なくモップの柄で突く。喉を押さえてのけ反った男の胸を踏み倒し、その背後にいた二人目の額を鋭く突く。白目を剥いてふっ飛ぶ二人目を三人目が押しのけ、斬りかかってきた。

 モップの柄を手許に戻さずタテ旋回、三人目の股間こかんち上げた。悶絶して前のめりになった頭に旋回反転、雷打を振り下ろす。

 数におごり、技量に負けて一人慄おののく棒立ちにモップの柄を投げる。男は悲鳴を上げて、剣で顔をかばった。戦意はもう内容だ。

 跳躍。剣で跳ねたモップの柄を踏み、かばう剣ごと相手の頭を後ろの壁に叩きつけた。男は額にバッテンの跡をつけて壁からくずおれた。

「部屋と廊下で七人……外はハニガムたちに任せていいかな」


 部屋に戻ると、指をはじいて魔法を解除する。

 深淵の闇から元のほの暗い夜に戻った。

 ベッドもなく窓ぎわにテーブルと椅子。テーブルのランプに火を灯すと賊が三人、床に倒れていた。

 未亡人のジョイス、ワイルド・ボアのフロア係、ローワン。それと窓から逃げようとしたのは、あの店を紹介してくれた門衛兵セスだった。

 部屋で入口ドアからもっとも遠い壁に置かれたクローゼットを開く。

 中で令嬢が、んの字になって安らかな寝息を立てている。豪胆か。

「いいなあ、この〝シュラフ〟っていうの」

 顔だけ出して、頭からすっぽり包まれる袋状の旅寝具らしい。こんな形状の物は見たことがない。しかも布の間に羽毛を仕込んでいるらしい。ふかふかで温かいと自慢された。

 それでも狭いクローゼットの中で眠らせておくのは可哀想だ。抱きかかえるとすぐに令嬢が目を覚ました。

「先生……終わりました?」

「はい。これから真相解明とまいりましょうか」



「隊長、あたしたち〝麝香党ムスカート〟なのよ」

 部屋でローワンが他の襲撃犯とは明らかに別の供述を始めた。

 襲撃犯は、この夜襲がサミュエル・フォブス準男爵の指図だということを連呼する。

 サミュエル・フォブスはアバディーン屈指の大商家、花崗かこう岩の採掘交易で一財を築いた。庶民議会の常任議員でもある。旅に出る前にウスキアス公爵夫人の託宣にも名前があがった。最近はディアンケヒト家とは疎遠そえんになっているとか。

 そして麝香党は、俺も知っている。

 十年戦争停戦後の主戦派で、十年間にお互いに厭戦えんせんムードが拡がり、停戦に調印後もなお、「今が敵をくじく好機」と主張して戦争を続行しようとした市民議会一派のことを指す。

 当時この再戦派勢力は大きく、さきの女王エレオノーラ一世は彼らを抑えるため退位した。


『十年やって勝敗がつかなかった戦争をこの先も続ける愚を犯すあなたたちは、歴史から失敗を学ばぬ愚か者です。もう付き合いきれないわっ』


 と玉座を降りたのである。


 一見、王の責任放棄とも受け取れる思い切りのいい退位劇に、議会が目を覚ました。

 少数だった反戦派から喝采がとび、世論は一気に反戦へと傾いた。

 だがそれでもまだ、帝国打倒を諦めきれぬ貴族たちが王位継承を大義名分にして新しい王を擁立しようと活動を始めた。

 それが前々国王(エレオノーラ一世の父)の弟の子──エレオノーラ一世の従弟に当たる、通称〝ムスク公爵〟だった。

 本名はロバート・ベルガエという、前線に立った経験の無い再戦派王族だった。

 ムスクとは麝香じゃこうのことで、生まれた時に産室で麝香の匂いがたちこめたという逸話をもつ貴公子だとか。その高貴──実際は凄惨だが──な逸話にあやかって、彼を擁立に動いていた再戦派貴族たちはいつしか〝麝香党ムスカート〟と名乗るようになった。


「ムスク公爵本人は、最初こそ貴族たちにチヤホヤされて気分がよかったんでしょうが、だんだん再戦派内での派閥争いに嫌気がさしたみたいで、国外に逃げました、とさ」

「先生。なぜ、それほど人気のあったムスク公爵が負けて、現王ヘクター八世が擁立されたのでしょうか」

 エレオノーラの問いに、俺は両手を広げた。

「国王ヘクター八世も反戦派だったのですが軍艦が好きで、海軍から人気があったそうです。長びく戦争は百害あって一利なし、それよりも疲弊した海防を立て直し、一方で競馬や社交会の娯楽で貴族たちの気をひきました」


 この現国王とウォーデン・アズマ公爵の仲は公私にわたり最悪だと聞いている。前女王の退位劇がなければ政治協力などあり得なかっただろうと。

 また国王即位直後に、ヘクター八世は大好きだった馬上槍試合で誤って落馬、気絶したことがあった。落馬気絶は重篤な負傷だ。王が世嗣せしなく生死の境をさまよったことで側近は半狂乱になった。

 麝香党はこれを好機と見て王国各地で反乱蜂起するが、ヘクター八世の存命が喧伝されると、たちまち鎮圧された。その後も麝香党は二度、三度と政権のすきうかがっては蘇り、叩き潰されたのでついにムスク公爵ロバート・ベルガエが海外へ逃亡、麝香党はかつ御輿みこしを失って空中分解し、残党は地下に潜ることになる。

「つまり、十年の間に政権打倒を掲げては潰されるだけの暴衆モッブ化した徒党のことですね」

「ねえ、ハニガム。この子たち、何なの?」

 ローワンが不思議そうに元隊長をみる。

「今の講義を聞いてたろ。家庭教師とその教え子だ。で、話の続きを聞こうか。その麝香党がなんだって?」

「このアバディーンの麝香党を仕切ってるのがトマス・ベアードという男爵でね」


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