第5話 戦乙女の早贄《はやにえ》



「セスフォード伯次男トマスと、ファーニスト伯三男ウィリアムが今朝方けさがた、変死体で見つかった」 

 当主の執務室。

 壁や書棚はブラウンを基調に、落ち着いた内装だ。壁に大小さまざまな絵画が架けられている。油彩、水彩。ラフデッサンもあるが、描かれているのは風景や静物ばかり。

 風景はどこの国か都かも俺にはわからなかった。中には馬もいないのに走っている風な馬車、槍の穂先のように鋭い鳥などなど。なんかよくわからない絵が多い。

「ミスター、サリバン?」

「あ、すみません。変死体というのは」

 当主は面倒くさそうに、応接テーブルに頬杖をついて嘆息した。

 娘と同じ濡羽ぬれば色の長髪は寝癖つき、無精髭もそのまま。年齢は三十代半ばだが、魔術師の指輪をしているので実年齢は不明。肌つやが良くないので慢性的な寝不足かもしれない。


 ディアンケヒト公爵ウォーデン・アズマ。

 アズマは旧姓とのこと。公式記録上、公爵家は王族と同じ血統を重視するのでそと配偶者という表記をあえてする。あと戦場での異名〝戦狗ウォーデン〟を婚姻改姓を機にわざわざ名前にしたようだ。確かにそのほうが本名より俺も通りがよかった。

 ちなみにディアンケヒト家の直系筋はウスキアス夫人ということになるが、もともとウスキアスが男性名、魔法界でも高名な巫咒師ドルイドだ。俺の師匠の師匠だから知っていた。夫人は父親の名を襲名という形で受け継いだそうで。なんともややこしい夫婦別姓事情だ。

「先般、メルヴィル家の晩餐会後、二人を最後に見たのは?」

「水差しで殴られた方も鉄扇で尻をぶたれた方も、俺が気つけと治癒魔法で被害証拠を隠滅したのち、逃げ出すように退館したのが最後です。館の外で馬車と徒歩のどちらで帰ったのかも確認しておりません。メルヴィル家を辞去したのは、そこから二時間以上あとだと記憶しています」

 エレオノーラとルイーザ・ベンジャミン公爵令嬢が意気投合して、王立魔法学校受験のことで話が途切れなかったからだ。早くも先輩後輩と呼び合って二人は親友になった。

「うん。メルヴィル家、うちのアリス、ベンジャミン家令嬢の証言とも一致している。本件と直前に起きたパーティトラブルとは無関係であることが立証されるだろう」

「殺人事件ですか?」

 ウォーデン・アズマは顔をふった。頬杖をついたまま、

「怪異事件になりそうだ」

 俺はすぐに口を強くつぐんだ。くわばらくわばら。


 当主が憮然ぶぜんと頷いて、言葉を継ぐ。

「発見当時、被害者二名は、首をねられ、切り裂かれた背中から内臓を引きずり出されていたそうだ。検視官は〝戦乙女の早贄〟と見ている」

「いくさおとめの、はやにえ?」

 エレオノーラが父親を見て、こちらを見る。俺はとっさに目線を逸らせた。この家に来てまだ四日目だが、俺は彼女の好奇心を受け止めてはいけない気がしていた。

「昔話ですそれを模倣し見立てた殺人事件は過去にもあったんじゃないでしょうか」

「それを踏まえて、調査中だ。以上、散会」

 当主も自分の失言で芽吹かせた娘の好奇心を摘み取りたかったようだ。早々に事情聴取を切り上げた。

 立ちあがろうとする俺のそでを捕まえて、エレオノーラは父親を見た。

「お父様っ、事件は始まったばかりでは?」

「事件はそこら中で起きてんだよ。毎日な。これもその一つに過ぎない。お前の本分はなんだ」

「夏の王立魔法学校に入学し、三年間で卒業することです」

「そうだ。本来なら十一歳から入学すべき所、お前は四年も遅れている」

「収穫直前の大事な時期ですもの。あと、お父様が良い家庭教師を付けてくださらなかったせいですわ」

「おっとぉ。娘の暴言でせっかくの眠気が覚めるところだったぞ。勉強そっちのけで野良仕事ばかりしてた農業オタクに言われたくないんだが?」

「そのおかげで、去年集計された領内の餓死者はゼロだったと聞き及んでおります。あ、お褒めの言葉は結構ですわよ。ディアンケヒト家嫡子ちゃくしとして当然の統治ですもの」

「あーあー。何も聞こえなーい。じゃ、王都に戻るからな」

「お父様っ。まだ昔話の内容を訊ねただけではありませんか!」

「アリス。頼むから、王立魔法学校受験に集中しなさい。ダディはこれ以上、行き遅れた娘を見たくないの」

「うっ、うう……言い方っ」

 論破ではなく、親の心情で言いくるめた。


 王立魔法学校受験は、一般の初学年齢は十一歳からだが、受験者の中には六十代もいると聞いたことがある。学ぶことを志望する者に身分や性別、年齢を問わない前女王エレオノーラ一世の理念が盛り込まれた良い教育制度だ。だが毎年そこから輩出される魔術師の質低下が著しい。

 貴族たちは子弟に付加価値を付けることだけに躍起で、入学は容易でも卒業の難しさから「自称魔術師」が溢れ出した。

 そこで卒業者と中退者を区別する指標としての、〝火炎飛槍ゲイジャルグ〟となる。この魔法を卒業前から習得済みにして、短期卒業を狙う貴族も多い。

 実際、俺もその手の家庭教師をやらされて、三人ほど短期卒業を成功させた実績がある。

 ウォーデン・アズマが第一家政とともに王都へ戻ると、俺は自室に戻った。

 今度はちゃんと鍵をかけて、ベッドに横たわった。

「厄介なことにならなきゃいいけど」

 怪異事件。被害者の青年二名はおそらく、とっさに犯人から背を向けて逃げたのだ。

 内臓は本来、背骨の前にある。斬りつけた背中からわざわざ内臓を引き出す所行を〝戦乙女の早贄〟といった。

 かつて戦場で、敵前でおくした兵士は背後を斬りつけられて絶命することから、冥府からやって来た戦乙女が戦士失格としてその魂を英霊として冥府に送り届けず、卑兵の烙印として内臓を引きずり出し、地上亡者の生贄いけにえに捧げられる。

 その戦乙女が左手に赤いゆりを手にしていることから、〝赤百合ベラドンナ〟、〝百合天使の魔犬ガブリエルハウンズ〟(ガブリエルハウンズは戦死体を意味する古語)と名づけられた、古い言い伝えだ。

「しまったっ!?」

 俺はベッドから起き上がった。

 この話をしてくれたのは、師匠じゃない。



「あー、その話なら、昼前にお嬢さんに話したぜ」

 アモーの農地へ行ったら、ハニガムが農地の柵越しに平然と応えた。

 どうでもいいが、ハニガムほど農作業が似合わない男はいない。うねに少しずつ種を撒いている。あの泣く子も黙る鬼傭兵隊長が、細々と種まき。なんかシュールだ。

「それ、なんの種?」

「ニンジンらしい。半年後にはこれがあの赤いヤツだとよ。初めて見たよ」俺もだ。

「それで」

「ここへ来るなりプリプリしてたから、どうしたんだって訊いたら、背中から内臓を抜かれた死体が見つかる不可解な事件があって? 謎を解き明かしたいのに誰も手がかりをくれないんだとさ」

「それで、あのガブリエルハウンズを話したのか」

「背中から内臓を抜くといやぁ、それが定番だからな。おれがガキの頃の怪談だぞ? その事件とは関係ねーだろ」

「その話、ご令嬢すごく喜んでたろ」

「そういやぁ……おい待てよ、勘弁しろって。本当に昔話だって」

「ハニガムを責めてるわけじゃないよ。ただこの件、あちこちで多発しているのかも知れない」

「多発? どういうことだよ」


「グレイロセスの酒場で久しぶりに会ったろ? その少し前までいた旅商人が話してたのを聞いたんだ。その商人も立ち寄った町で同じ戦乙女の早贄の事件が起きていたらしい。ハニガムがしてくれた昔話を知ってから、妙な符合だなって思いながら聞いてた」

「コンラッド。なら、お前からお嬢さんに話してやればよかったじゃねえか」

「昨日の晩餐会で一悶着ひともんちゃくおこした相手が、怪談通りの手口で殺されたんだ。しかも昨日が初めてじゃないなら、偶然にしても話を盛り上げすぎだ。彼女も魔法学校の受験どころじゃなくなる」

「そりゃまあ、そうかもな」

 戦場で生きてきた、たてがみの傭兵には学校なんて現実味が薄いだろう。

「がんばれよ。サリバンせんせっ。引く手綱が酒豪白狼から有閑令嬢に変わっただけだと思えば、楽だろ?」有閑とか、古いって。

「他人事だと思って簡単に言ってくれるよ。じゃあ、また」

 エレオノーラは私室にもアモーにも姿が見えなかったから、おそらく町の方へ情報収集に出かけているのだろう。その情熱を少しくらい勉強へ向けてくれればいいのに。

「仕方ない、少し荒療治でいくか」

   

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