第2話 ディアンケヒト家のアモー



 ここアルビオン島では、北星海で隔てられた東の大国ボルトン王国から文化を輸入してきた。

 最たる理由は島内で戦争が長引いたせいで、豊かさという概念が破壊、断絶した状態にあったとされる。そのためここ十年くらいは食、娯楽、芸術、流行など、あらゆる面において貪欲に吸収してきた。


 そのボルトン王侯の間で今、〝人工農園〟の造成が一大ブームになっている。


 これをアモーといい、「村里」という意味の造語らしい。

 流行発信元はボルトン王妃が考案した、「王妃のアモー」ル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌというカレドニア王国風庭園が源流だ。つまり逆輸入の文化のようだ。


 王宮内の敷地に美しい農村を造成し、そこで王妃が考案した野良着のらぎ(ドレス)を着て家畜を養ったり、収穫したり、釣りをしたりする。なんなら、そこに庭師や使用人を住まわせて農村感(?)を出す貴族もいるとか。

 平民の俺からすれば、農園ごっこをしたいなら自領農村に行けばいいじゃないかとなるが、現実の農村は見たくないらしい。ここに貴族の傲慢ごうまんというか偏向理想主義がある。

 ディアンケヒト家もその文化を取り入れてアモーを作っていた。


「姉さん、遅いよぉ」

 俺やハニガムたちを引き連れて、エレオノーラがアモーに向かうと、農園のさくに腰かけた野良着少年が待ちくたびれたように足をバタバタさせながら不平を鳴らした。

「ごめんなさい。ジャーヴィス卿が新しい使用人の面接で戻ってたみたい。雇用予定にない人達もいたから、こっちに引っぱってきちゃった」

「ふぅん。相変わらず姉さんは人に物怖ものおじしないよね。いつか誘拐されちゃっても知らないよ」

「その時はその時よ」

 どんな子供の会話だよ。

「家庭教師のコンラッド・サリバンです。ご令息様ですか」

「三男のアルバート。一応、十歳。敬語はいいよ。面倒くさいからさ」

 姉にいった物怖じとは。


「ここでは、なにを?」

耕耘機カルチベイターを開発したんだけど、回す人が足りなくて困ってた」

 十歳の子供が、俺も知らない単語を口走った。

「カルチベイターとは何ですか?」

「んー、土地を耕す機械カラクリかな。ぼくらはトラクターって通称の方がわかりが早いんだけど。それに構造も丸太にすきの歯を着けて足で回すだけの簡単なヤツなんだけどね」

 アルバート少年は親指で背後を指さす。

 馬二頭に繋がれた骨組みだけの荷台に丸太が横たわっている。

「これがすき? イガオナモミみたいなのが?」

「そうっ。いいねえ、先生。ぼくもその発想で造ったんだよ」

 造った? 十歳児は破顔してさくから飛び降り、姉を見る。

「姉さん。そろそろ始めてよ。ぼくも次の研究あるからさ」

「それじゃあ、お二人、この後ろ荷台で歯車を早く踏み回して、もう一人は前の御者台で馬をあおってください」


 ハニガムら傭兵三人組は半信半疑といった様子ながら、指示された場所に配置に着く。令嬢の合図で馬があおられて進み始めると、ハニガムと従者が大きな歯車を踏み回す。その力は歯車を伝わって円筒形のイガオナモミが回り、土を穿ち始めた。

「おーっ、一発成功っ。ぼくって、てんさぁ~い!」

 少年の自画自賛も可愛げがあるが、俺はこんなモノはこれまで見たことがなかった。

 農地の端から端まで行くと、馬がターンして戻ってくる。みるみる荒れ地が耕されていく様はずっと見ていられた。      

 耕された土は令嬢が背中を丸めた姿勢で、鉄鍬てつくわでせっせとうね(盛り土)が築いていく。

「アルバート。もしかして、姉君は本気で農耕を?」

「うん、してるね。去年は庭師総出でやったんだけど、今年は逃げられちゃって」

「それであの機械からくりか。面白いな」

 俺には感嘆しかなかったが、少年はやや不満げだ。

「面白いんだけど、直接耕すところは人の足で速く回さなくちゃいけないから、疲労はすごいと思うよ」

 その言葉通り、往復して戻ってきたところでハニガムが止め、人も馬も休止になった。


「ここには何を植えるんだい?」

「今年もパタットとトマトらしいよ」

 観賞植物か。これだけ広い土地で花が咲き誇れば壮観ではある。大掛かりなことをしていても、やはり貴族は実よりも花をとるらしい。

「先生。今、花畑を想像したでしょ」

「ん、うん。そりゃあね」

「残念でした、パタットもトマトも、うちでは食べるんだ」

「え? 食べるって、花をか?」


 本心から訊き返したら、アルバートはゲラゲラ笑って腹を抱えた。ひとしきり笑うと急に大人びた顔をして見あげてきた。

「世間の常識は、ここディアンケヒトでは通じないよ」

「通じないって、どう通じないんだ?」

「大丈夫。姉さんに振り回されていれば、そのうち……ただまあ、今までぼくたちに半年もついてこられた家庭教師はいなかったんだけどさ」

「姉君から、収穫祭までだと言われたよ」

「あー、ね。くししっ。先生は、いつまでぼくたちについてくれるかなあ」

 じゃあね、とアルバートは館の方へ歩き出した。



「あー、くそっ。やってらんねーぜ!」

 夕暮れ。令嬢のご厚意で、アモー内に三軒ある一軒が貸し出された。

 家庭教師は家人と同等に扱われる待遇のはずなのに、なぜか臨時雇いの庭師と同じ箱に入れられた。だがベッド完備はありがたかったし、この家にはかまどまで付いていた。

「隊長。オレら傭兵よぉ? 何が悲しゅうて農奴の真似事しなきゃいけないわけ?」

「テレンスはまだええで、馬の扱いが上手じゃってあの娘っ子に褒められとったけぇ。わしなんか回すのが遅せぇだの、耕せてねぇからやり直せだの。散々じゃわ」

「ジャミル。まぁ、おれも初日から農作業なんてさせられるとは思ってなかったが、庭師として収穫祭までの雇用だ。諦めろ」

 ハニガムも疲れたのか、椅子から立ちあがる風でもない。愛剣はさっさと壁の架け鉤に預けられていた。

 仕方ない。ここは俺が夕飯を調達してくるか。

 そう思って立ちあがった時、ドアが開いて女性が顔を出した。


 薄い眼鏡に茶褐色の髪、長身で、黒のロングスカートに白エプロン。そして左腕に白のレース腕章。メイド長の上、侍女頭だ。

 だからだろうか、「なんであたしが」みたいな不満を押し殺した鋭い目つきをしている。目が合ったら斬られそうだ。

「お嬢様からの思し召しです。ありがたく頂戴するように」

 薄い眼鏡ごしの灰色の瞳と上から目線に既視感があった。余所者へのぞんざいな物言いとともに、抱えてきた木箱をテーブルにドスンと置いた。

「こいつはなんだい?」ハニガムが訊ねた。

「瓶ビールと蒸かしたパタット。その溶かしたバターにつければ」説明が雑。

 傭兵らはテーブルを囲み、早速ビールの入った瓶を掴んだテレンスが目を見開いた。

「隊長、このビール、キンキンに冷えてやがるぜ。ん、この蓋は何かな?」

「失礼。栓をとっておりませんでした」

 テレンスの持ったビールの先頭に糸が巻きつくや否や、ビールの先が飛んだ。

「うひょっ!?」テレンスがすっとん狂な声をあげた。

「魔法糸だ。魔法の素養さえあれば、子供でもできる」

 面食らう部下をなだめる口調で、ハニガムが親指で栓を跳ね飛ばしてビールをあおった。

「くうっ。冷えたラガーをこの時期に呑めるとはさすが公爵か。労働のいい褒美だ」

「先生」

 ハニガムの不躾な感想を無視して、侍女頭が俺を睨む。さっきの子供でもできるという一言に自尊心を傷つけたれたかも。こっちに八つ当たりはやめてほしい。

「居室の用意が調いましたので、ご案内いたします」

「あ、はい」

 おれはアモーを出ると、侍女頭の後を引きずられるようについていった。




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