第一次産業革命

第1章 転生令嬢と白狼流の家庭教師

第1話 領都ダンディーン



 ディアンケヒト公爵家。

 カレドニア王国は偉大なるアルビニオン島北半分を支配して六百年になる。

 その間、政権王朝は四度、変遷した。

 ディアンケヒト家はその四つの盛衰せいすいすべてに関わり、政治・経済・文化に大きな貢献したといわれる。

 王国貴族の歴史でも絶大な貢献と人望のために次期王朝から公爵位を排斥はいせきされることはなかった。それゆえに他の公爵家からも一定の敬意をもたれる格を持つ、と師匠から聞いたことがある。

 そんな高貴な貴族家の家庭教師として、まさか俺が入ることになるとは、

「何か、ある」

 と踏んで、一応身構えて、手紙に指定された町へ向かった。


 港湾都市ダンディーン。

 王都エディンバラの北。中陸部に位置するディアンケヒトの領都であり、王国の東沿岸屈指の貿易港でもある。

「いい町だ」

「うん。エディンバラは四代王朝共通の古都だから風景を変えないけど、この町の風景は民衆が決めてる。だから町に活気がある」

 俺は馬の腹を蹴った。

 ハニガムとくらを並べて馬上から港の方を眺める。テイ川をまたぐ大きな橋の上では幌のついた大型馬車が、下では貨物帆船がひっきりなしに往復していた。


〝白狼子〟グレイプニルこの町の特産が何か知ってるか?」 

「ジュート繊維だろ。あと捕鯨だったか」

「なんだ、知ってたのか」

「知ってるなら訊かないでくれよ。あと、そのあだ名もやめてくれ。戦争は終わって十年。期限切れだろ?」


 ジュートは黄麻こうまのことで、高温多湿な土地でよく育ち、この町でも栽培されている、いわゆる〝麻袋〟と通称される運搬資材の原料だ。

 それまでは割れやすい壺や重い木箱で運搬していたが、ここダンディーンで製造された黄麻の敷布は軽く、丈夫で、安いので陸運・水運にはなくてはならない資材となり、海外にまで輸出され重宝されているとか。

 その利益の全てをディアンケヒト家が特権として掌握しているらしい。

 たかが袋であっても物流運搬になくてはならぬ資材だけに、その利益は莫大だろう。

「面接は領主が直々にするのか?」

「いや、手紙にはジャーヴィス・マクスウェルという人物に会え、とだけだ」

「肩書きは?」

「書いてなかった。おそらく、家政か執政官だろう」



 公爵家は町の北西にあるキャンパーダウンの丘に佇む居館に住み、石楼館と呼ばれていた。

 くだんの人物はディアンケヒト家の家政だそうだ。町の執政官が「様」をつけるほどには有名らしい。

 会ってみて、なるほどと思った。

 ディアンケヒト第一家政ジャーヴィス・マクスウェル。

 爵位しゃくいは、子爵ヴァイカウント

 身長は二メートル近く。痩せぎす。角張った輪郭りんかくは気むずかしそうで、灰色の眼ざしは厳格を、高い鼻梁には権威すら感じた。茶褐色の髪を一毛の油断なくき固めた三十半ばと見られた。ただし魔術師の指輪をしているので実年齢は不詳、仕立てのいいフロックコートのツーピースは、生地の値段だけで重鎧が買えそうだ。

 家庭教師チューダーは家事使用人に当たるので、雇用権限は当主ではなく家政バトラーの職権らしい。


「ふむ。たしかに白狼流のメダルですね」

 マクスウェル子爵は公務の利便性から王都郊外にあるリンリスゴー迎賓館げいひんかんの支配人を兼ね、普段はそちらで執務を行っているとのこと。要は「多忙だからあまり手間をかけさせるな」と言いたいらしい。

「あなたのことは当館気付けの書簡で伺っていますよ。ミスター、サリバン。このメダルを持ってきた若者に、当家の子弟に魔法を教授させるとよい、というお話しでした。ただ」

 メダルを返し、そのまま俺の隣に座るライオン男を見る。

「黒獅子ハニガム。あなたが傭兵部隊を率いて挙げた数々の武功は私もいくつか聞き及んでいます。が、導師様からの連絡に、あなたの名前の記載はありませんでした」

「白狼導師の手紙をコンラッドに渡したのが、おれだ。仕事を探してる。門番でいいから雇ってもらえないか」


 ハニガムは前のめりで自分を売りこむ。

 だがマクスウェルの目線は冷たかった。


「あの十年戦役で異名を轟かせたあなたであれば、他の貴族家で引く手数多あまたでしょう。なぜ当家への仕官を希望されるのですか?」

「ディアンケヒト家であれば、どんな貴族よりもいい条件で雇ってもらえると思ってる」

 マクスウェルはゆるゆると顔をふった。

「当家は一般の公爵家ではありません。〝王の友〟と称される由緒ある古統家です。先の長戦ながいくさで功名を立てた傭兵であっても、所詮は傭兵。国家に身元を保証された貴族しか雇えないのです。先ほどのメダルは、いわばそれに準じる例外のあかしといえるでしょう」

「それは雇わないのではなく、雇えないということか?」

「そう受け取っていただいて差し支えありません。悪しからず」


 こん、こん。

 ドアがノックされた。マクスウェルの鉄面皮にヒビが入る。

 彼の許可なくドアが開き、廊下から野良着を着た少女が入ってきた。

「ジャーヴィス卿、兵として雇えないなら、庭師として雇ってほしいのですけど」

 年の頃は十四、五歳くらい。淑女レディひなというと下世話か。小柄だ。

 濡羽ぬれば髪に黒眉こくび。灰緑色の瞳は視線を受けただけで吸い寄せられそうだった。目からあふれるほど膨大な魔力を自己制御できていない。

 その未熟で端整な顔立ちでも、やはり野良着を高貴な装いにはしなかった。一般の野良着より生地は上質そうだが。

「エレオノーラ様、お父上の留守をいいことに、独断もいい加減にしていただけませんか」

 家政にムッとにらまれても、少女は怯まなかった。


「アモーの庭師であれば、異論は出ませんでしょ?」

「なんですってっ」

 令嬢のアイディアに、マクスウェル子爵はヘリクツを聞いた顔をつくった。


「待ってくれ。庭師だって。おれに剣を捨て、くわを持てと言うのか?」

ハニガムもとっさに戸惑いが出た。剣だけを頼みにして武功を金に換えて渡り歩いてきた傭兵に農作業は翼をもがれるに等しいか。

「農作業で剣が邪魔にならなければ持ち歩けばいいわ。ただし、敷地内で一度でも抜いたら即解雇です。夏が終わるまで人手が欲しいのです」

「ううぅ。わかった。あと、おれには従者が二人いる。男だ」

 マクスウェル子爵が眼光に剣呑けんのんを光らせたが、野良着令嬢は意に介さなかった。

「結構です。収穫祭まで、それ以後はディアンケヒト家に護衛として雇われたことを他家で喧伝することを認めます」


「当主様の裁可なく、そのような喧伝を認めないでいただきたいっ」

 家政がこめかみを押さえた。

 ハニガムは応接椅子から降りて少女の前に片膝をつき、拱手きょうしゅした。

「ジャンロック・ハニガムです。お嬢さん」

「アリス・エレオノーラ・ディアンケヒト。ミドルネームで呼ぶように」

「はっ、ミス・エレオノーラ」


 カレドニア王国の前女王エレオノーラ一世と同名を貴族が用いることは王家の許可がいる。この公爵家は王家と長年親密な友好関係にあるらしいが、なぜか巷間こうかんから聞こえてくるのは、もっぱら〝喧嘩友達〟だ。

 また俺が記憶している限り、主人を持たぬこの傭兵が拝礼はいれい拱手こうしゅしたの見るのは二度目、しくも同じ名前の女性の前だった。

「マクスウェル卿。そちらが新しい家庭教師?」

 俺は席を立って、胸に手を当て会釈えしゃくする。

「コンラッド・サリバンです。ここにくる以前にも貴族の子弟を対象として、剣と魔法を教えていました。型破りですが、優秀だそうですよ」

 マクスウェル卿が鉄面皮に戻って、令嬢に紹介する。

 エレオノーラは不敵に微笑んできた。

「生憎ですけど、先生。そちらも収穫祭まで持てばよろしいですわね」

 どゆこと? 


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