転生令嬢と白狼系家庭教師の産業革命

玄行正治

プロローグ



「なあ、お前さん、ワイルドハントを知ってるか?」

「ワイルドハント……古いおとぎ話、英霊狩りの?」

「そう、それだ。この間、先触れのガブリエルハウンズを見たヤツがいたらしい」



 カレドニア王国。グレイロセスの町。

〝熊のペギー亭〟という酒場パブでスコッチブロスをすすっていたら、入口からはいってきた三人組に声をかけられた。

「相変わらず辛気臭ぇもんをすすってるな。〝白狼子〟グレイプニル

 懐かしい声に、懐かしい異名だ。

 顔をあげると、マントに革鎧の偉丈夫がはいってきた。獅子のたてがみめいた総髪を後ろへ撫でしつけ、テーブルに座るなりニヤリと笑う。笑うと悪党面になるのも変わってない。

「今はただのコンラッド・サリバンだよ。エディンバラで別れて、何年たった?」

「そこからか。なら、ちょうど十年だ。おれが三五だから、お前は今年で二十歳か、だろ?」

「そこまで憶えてなくていいって。ジャンロック・ハニガム隊長」

 懐かしい再会だが、嬉しい再会でもない。

 あの戦争はもう忘れていたかったのに。

 俺が関わったのは八歳から十歳の間で、十年続いた戦争の最後の二年間だった。

 その後、停戦が決まり、帝国はすぐに矛先を南に向けた。

 そこから十年間、このアルビオン島は小康を保ってきた。仮初かりそめの平和によって良識ある魔術師は不用とされ、下野した。それがこのカレドニアという王国の現状だ。

「戦場で〝魔法馬〟コシュタバワーを乗り回す十歳のガキんちょなんざ、忘れるに忘れられねぇだろ。ほらよ」

 ハニガムがテーブルに封筒を投げ置いた。

[コンラッド・サリバン宛]。俺の名前と白狼の朱印。師匠〝白狼〟からの手紙だ。

「死者からの手紙か。本物か。中身は見た?」

「あいにく〝狼の眼〟の呪いがかかってた。だから直接本人に中身を聞こうと思って、わざわざ持ってきてやったぜ」

「どうも。そんなに中身が知りたかったのか」

「そりゃあ……あれから二度ほど墓参りに、ハイランドへ行ったくらいだからな」

 律儀か。後悔か。その両方か。このたてがみの傭兵にとっても師匠のようなものだったか。

「ふぅん。誰から預かったわけ?」

有翼人ヴァルチャーだった。だから尚さら何かある・・・・に決まってる」

 もうハニガムは過去を向いていない。罪悪感も乗り越えている。俺の師匠を殺した仇敵という立場でも近づかないといけないほど焦っている。

 借金かな。女かな。

「ハニガム。あんた今、そこまで仕事に食いっぱぐれているのか?」

「ん? まあ、実は……そんな感じだ」

 傭兵隊長・黒獅子が定職に就けない。戦争はどこにでも転がっているのに、だ。

 俺はスプーンを皿に置き、封筒を裏返して封蝋に解呪の魔法をかける。

 封蝋はこちらを鋭く睨む狼の右眼がゆっくりと閉じられてると封筒が燃え、中の手紙が現れた。

「で、どんな儲け話だ?」

 ハニガムはそこが重要だと言わんばかりに、身を乗り出してくる。

「仕事の話だ。貴族の家庭教師をやれってさ。生徒は女の子らしい」

「家庭教師っ!? ……マジかよ、無駄足だったか」

 憮然とテーブルを叩いて、店を出ようとするハニガム三人を呼び止める。

「雇われ先は、ディアンケヒト家だ」

 俺が手紙をテーブルに投げ出した。皮紙は青く燃え上がり、テーブルに金貨の塔が三つあらわれた。

「まじかよぉ。一体どんな魔法を使ったんだ?」

 ハニガムの部下が呟くと、そのすねを隊長が鋭く払った。黙ってる約束らしい。

「師匠から弟子に小遣いのつもりだろう。二つは俺が取るとして、一つはハニガムにやるよ」

 俺は金貨の塔に挟まっている銀貨を、塔を崩さず無造作にひき抜いた。

 銀貨は封蝋と同じ、狼の横顔が彫金されたメダルだ。

 これ一枚で、先方が委細承知いさいしょうちするようだ。

 とすると、雇用主は白狼流の門下か、薫陶くんとうを得た貴族ということらしい。

 ハニガムが不意に目を泳がせて、たてがみをガリガリと掻き始めた。

「なあ、サリバン。その、なんだ……実はおれ、所帯を持ったんだ」

 食事を再開しようとして、俺はさじを止めた。

「いつからっ?」

「もう六年も前になる。それで……今、娘が一人いる」

「えっ、あんたが親だって?」

 人は見かけによらない、いや六年あれば、人も変わるか。驚きだ。

「それで……ご覧の通り、真っ当な仕事を探してる」

 ハニガムは、ゴツい肩をちょっとすくめた。

「おれは剣を振ることしか能がねえ。しかも、おれはお前の師匠を殺した、はずの仇敵きゅうてきだ。といって帝国に鞍替くらがえする気も起きなくてな。要はくすぶってた。頼むっ、女房と子どもを助けるため、仕事をくれ!」

 見つめてくるライオンヘッドの視線を感じながら、俺は皿の底の押麦をかき回す。

「わかった、いいよ。俺が家庭教師に雇われたら、口利きするよ」

「本当か。恩に着るっ!」

 ずいぶん後になって、

 俺は、この時のことを安請やすうけ合いしすぎたなと、思い返す。

 家庭教師のことも、口利きのことも。 

 もう少し、うちの師匠スカアハの未来予想図を疑ってかかるべきだったんだ。


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