第35話 【松浦家の秘密】
その日の夕食が終わって、風呂も済んだ後、坂口さんは、浦ノ崎別邸の薄暗い廊下に、いました。
明治の始め頃までは、どこの家庭も例外なく、夕食は午後6:30には終わっていました。
佳菜様も万九郎も、それぞれの部屋にいるようです。
坂口さんは、ただ、1人で廊下を、目的なく歩いていました。
「え?」
誰かが、います。
外の月を、見ているようです。
坂口さんは、何とも声を掛け難く、ただ、その女性を見ていました。
よく見ると、その女性は、佳菜様にそっくりです。
月の青白くて、弱々しくて、その中で強い光に照らされて、その女性は、恐ろしく美しいのです。
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「坂口、滋子ちゃんかの?」
「あ、え・・はい!」
佳菜にしか見えない若い女性が、婆さん言葉で話しています。
坂口さんは、何も、言うことができませんでした。
「気にするな。ちょうど良い。おぬしにも、松浦家について、話してやろう。おぬしには、それだけの権利がある」
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「一昨日、ぎぎが浜に行ったときに、佳菜が妙なことを、言っとったじゃろ」
「あ、はい」
「松浦家の、遠い、遠い、1人の、孤独な、絶望の秘密に、あれは関することじゃったからじゃ」
お館様、いや狂子の、佳菜によく似た恐ろしく美しい顔が、右上から、次の光に照らされています。
顔の右側は、光の届かない、深い、深い、闇になっています。
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「沈んでおった恐ろしいものとは、元々、儂が、いや私たちが、乗っていたものだ」
「・・」
「私は仲間とともに、遠い遠い、遠い星から、この地球に、やって来たのだ」
「あれは、前回の氷河期が終わる前、1万3000年ほど前の、ことだった」
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「私たちの星の人々は、それなりに進化していたが、宇宙には無限に近い数、私たちより遥かに進化した人類が、存在する」
「当然じゃな。地球からの観測限界で、宇宙は137億年前に始まったことになっているが、途方もなく昔から、存在したのだ」
「私たちは、この星に、私たちと同じように進化できる可能性がある存在を見つけ、やって来たのだ。方法は、言っても、お主には分からん」
「そして、まだ本能に支配されるばかりだった、この星の人類を、変えていったのです」
「私たちは、様々なことを教え、鍛え、肉体も、遺伝子の改造も、行いました」
「そうやって、ようやく人類最初の文明である、シュメール文明が、実現できたのです」
「そこまですると、私以外の仲間たちは、興味を失ったのか、いなくなりました」
「私には、巨大宇宙船だけが、残されました」
「それが、佳菜が言うことを禁止したモノの、正体です」
「私と、私が作った娘には、あれは要りませんでした。そこで、普段は、北米西岸、アラスカ上空に、雲に擬態して浮かせておいたのです」
「ですが、とても幼稚な航空技術を得た人類の何人かが、あれを目撃してしまいました。そこで、ぎぎが浜の沖合に、永久に沈めておくことに、したのです」
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「それから、私と静は、数え切れない人々の生き死にを、見てきました」
「世界史の教科書に載っている人たちも、たいてい知っています」
「私と静、そしてたぶん佳菜も、寿命というものを知りません」
「いつかは死にます。ですが、それが何万年先か、何億年先か、分からないのです」
「そうやって、無数の人々の生き死にを見ても、私と静は、まだ、本当に何が、本当に真実なのかを、分からないのです」
「宇宙には、松浦の一族より、はるかに進化した人類が、いっぱい、います」
「彼らなら、それが分かるかも知れません。ですが、知るすべが、ないのです」
「私と静は、長い長い歴史の後で、この松浦に住むように、なりました」
「そして、松浦領に住む、これから住む人たちも、同じように導くことが、たぶん正しいのだと、そう思っているのです」
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大学に戻った万九郎は、坂口さんが卒業するまで教官を、続けました。
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長い長い話が、ようやく終わりました。
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