第33話 エンカウント

 野宿とは違い、宿屋で眠るのはとても安心で、目が覚めるともう日が高くなっていた。

 遅い朝食をとってから、街の案内所へ行くことにした。

 案内所では、様々な情報を得ることができるらしい。道案内はもとより、モンスター退治などの仕事の斡旋や、仲間を募集してギルドを組織することもできるという。けど、ギルドは困難なクエストを打破する可能性が上がる一方で、見ず知らずの他人同士で組むため、悪い奴が紛れ込むリスクもあるらしい。

「へえ、ギルドって怖いんだねえ」と言うと、「ミミたちもギルドですよ、坊ちゃん」と笑われた。確かに! けど、皆といるのは全然他人同士って感じがしない。そう言うと、「ならとても良いギルドだわね」と、イチハもドゥークもにこにこしている。

「あ!」

 ドンッ。

 曲がり角から飛び出してきた人と、ドゥークがぶつかった。体格のいいドゥークに弾かれて、相手が尻餅をつく。

「ケガはないか」と、ドゥークが飛び出してきた人へ手を差伸べる。

「いたた……。大丈夫です、ごめんなさい」

 立ち上がった眼鏡の人は、申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げた。

「丁字路で出会い頭にぶつかるなんて、まるで少女マンガみたいね。二人とも中身が入れ替わったりしていない?」

 イチハがくすくす笑う。

 それを聞いて、眼鏡の人が驚いたようにばっと顔を上げる。

「あなたも、別の世界から来た人ですか?!」

 興奮して言う。この世界に少女マンガなんてないですよね、と。

 イチハとドゥークが顔を見合わせて、頷く。

「あのっ、夏彦くんを知りませんか?」

 ドゥークとイチハが別の世界から来たと知ると、その人は急に前のめりになった。

「知りません」

 イチハとドゥークが答える。

 その人はとても落胆したが、気を取り直して別の質問をした。

「アレ……、オシラセ様については?」

「祭りを開催している村がどこか分かりますか?」

 矢継早の質問に、二人とも申し訳なさそうに首を横に振る。

「お二人は、ふだを持っていますか?」

 こっちの世界でも札を持っている人を五人集めれば、もとの世界に帰れるんじゃないかと思うんですけど。と、早口に言う。

 なんのことだか分からないというように首を傾げる二人の様子に、眼鏡の人は肩を落とす。

「案内所に行けば何か手掛かりが掴めるかもしれませんよ」

 一緒に行きますか、と誘ってみる。しかし、眼鏡の人は首を振る。

「案内所にはもう行きました。何の手掛かりも得られませんでした」

 案内所にいた冒険者たちにも声を掛けたが、誰一人情報を持つ者はいなかったという。

「同じく異世界から来た人ならば何か分かるかと思ったんだけど……、ああもしかしてこの世界じゃないのかな……」

 眼鏡の人はぶつぶつ独り言をいっている。

「俺達はこれから西の方へ旅する予定なのだが、何か情報を得たら、通信鳥を飛ばそうか」そう言って、ドゥークが眼鏡の人に名前を尋ねる。

「あっ申し遅れました。私はカグヤマ……、あっ、いえ、じゃなくて、ええと……K! Kと呼んでください」

 そう聞いて、心臓が跳ねる。

 ドゥークとイチハとミミが、僕に視線を集める。僕はじっと眼鏡の人――K?を見つめる。そうして、皆に向かって小さく首を横に振った。ちがう。この人は、僕の「K」ではない。同名の別人だ。だって、顔も声も覚えがない。……そう思う一方で、Kのことを思い出そうとするが、顔も声も話し方も、靄がかかったようにぼんやりしている。ざわざわと心の奥底で不安が蠢く。

 もう一度、眼鏡の人を見る。

 ちがう。

 やっぱり、ちがう。この人はKじゃない。はずだ。だって、Kなら僕に気付かないはずがないんだから。

「じゃあ私は行きますね」

 連絡手段の確認だけして、眼鏡の人とは別れた。

 私があんまりここにいるのは、たぶん良くないと思うんで。などと、よく分からないことを言いながらそそくさと去って行った。

 僕はその後ろ姿を見送りながら、ドゥークとイチハの手をぎゅっと握った。

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