第31話 大捕物
「待てっ!」
僕らはスリを追って通りを全力疾走する。
「少し力を入れたら切れるように、刃物で切れ目を入れられています」
首からぶら下げていた財布の紐を見て、ミミが言った。「きっと露店をあちこち見て回っていた時からすでに狙われていたです」悔しそうに眉間にしわを寄せる。僕もミミも市場での買い物に夢中で注意が疎かになっていた。
スリは、行き交う人々の間をすいすい抜け、障害物も軽々飛び越えて、ひょいひょいと道を進んでいく。
「もうっ、まるでサルです!」
見失いそうになるギリギリで、僕らも何とかあとを追う。
イチハより小柄なその男は、ちらと振り返るとぺろっと舌を出した。
「キーッ! しつこいとはなんですか! こっちの台詞ですよっ」
隣を走るミミが憤慨している。
僕には聞こえなかったけれど、兎の耳にはスリの呟きが聞き取れたらしい。
大通りから脇道に入って、また大通りに戻って……。市場を縦横無尽に走り回って、スリは逃げるし、僕らは追いかける。けど、少しずつスリとの距離が開いていく。次の角を曲がればきっと見失ってしまうだろう。姿を消す間際に、奴のにやりと笑う口元が見えた。
追い掛けて角を曲がった時にはもう、人ごみの中にスリの姿を見つけることはできなかった。
「ああもう! くやしいですっ! あいつ、カジノに行くって言ってたですっ。ミミのお金なのに」
ミミが地団駄を踏む。
ぜえぜえと息を切らせながら、僕はミミに尋ねる。
「……ねえ、ミミ。カジノって、ウサギのお姉さんがいるところ?」
「!! そうです!」
僕とミミは顔を見合わせる。それなら場所が分かる。
「ミミはこっちから行くですっ」
「僕はこっちから」
大通りと脇道、二手に分かれてカジノを目指して再び走り出す。
裏道を抜けて煌々と光を放つネオン看板が見える。店の入口に、スリの姿が見えた。水着姿の兎のお姉さんの前に立ち、でれんと鼻の下を伸ばしている。
「スリめ、見つけたですっ!!」
反対側からミミも追いつく。
ミミの声で、スリが僕らに気付く。けど、すでにスリを挟んで道の両側を僕とミミで挟み撃ちにしている。逃がすものか。
「観念して、盗んだ財布を返せっ」
僕とミミが一歩ずつ近付くのに、スリはまるで焦った様子を見せない。
それどころか、僕らの顔を見てにやっと笑って「じゃあな」と言って、ひょいと跳んでカジノの庇の上に乗り、さらにそのまま屋根に上って逃げていこうと、した。
が、しゅるると伸びてきた革紐がスリの足を捕らえ、そのままスリは地上に引き摺り下ろされた。
「ぐえっ」
屋根から落ちてきたスリが、びたんと顔面から地面に落ちる。
「お客様ぁ、うちのお店は不正厳禁なんですよぉ」
スリの足を
「ありがとうございますっ」
お礼を言うと、お姉さんは赤い唇でにこりと微笑む。
「ミミは……、ミミは……、お姉さんみたいになりたいですっ!」
ミミはぽーっとお姉さんを見上げて、早口でいかにお姉さんが魅力的かを捲くし立てる。余りにも延々と喋り続けるものだから、お姉さんの微笑みも次第に苦笑に変わる。
「あっ」
ふと視線を戻すと、先程お姉さんに縛られて転がっていたはずのスリの姿がない。空っぽの縄だけが残っている。
「……ちっ、逃げられちゃったわねぇ。器用な奴だわ」
物騒な輩も多いから気を付けるのよ。そう言って、お姉さんは財布の紐をしっかり直して、僕の首に掛けてくれた。
「けど、無事に取り戻せてよかったね」
「ほんとですよ。狙われたのが、坊ちゃんの
僕らは兎のお姉さんにお礼を言って別れ、大通りに戻ってさっきの買い物の続きをした。
そんな僕らの姿を、高い屋根の上から見つめる小柄な影があることに、僕らはまったく気付いていなかった。
「星を持っているのか」
ぺろりと舌なめずりする影の呟きは、ミミの耳にも届かなかった。
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