第30話 買い物

 僕と兎のミミはふたりで市場を散策する。

 イチハは僕らにお小遣いを持たせてくれた。けど、ミミは「これっぽっちなんて、イチハはケチんぼです」とぶうぶう言っている。

 僕にはお金の価値はまだ分からないけれど、初めて手にする貨幣コインに少し興奮していた。首から提げた小さな財布をぎゅっと握りしめる。

「坊ちゃん。こっちにはケーキ屋さん、そっちにはお団子屋さん、あっちには金平糖屋さんがあります。どのお菓子を買いに行きましょうか!」

 言いながら、ミミの足はケーキ屋に向かっている。

「待って」

 ミミを呼び止める。

「やっぱりお団子にしますか、それとももっと向こうにクレープ屋さんもあるみたいですよ」と、ミミが振り返る。

「違うんだ……」

 呼び止めておきながら口ごもる僕に、ミミが首を傾げる。

「お菓子じゃなくて、なんか宝石みたいなのを買いたい」

「んん?」

「さっき、イチハと喧嘩しちゃったから……。仲直りのために、イチハにプレゼントしたいんだ」

 ええー、お菓子は?! と言いながらも、「仕方ないですね」とミミも同意してくれる。

「さすがに宝石は無理ですけれど、露店のアクセサリーなら買えますね」

「うん」

「イチハに買うなら、ドゥーク様にも贈り物を買いませんか? ミミたちはいつもお世話になっているですから」

「うん、そうしよう!」

 そうして、僕らは大通りや脇道の露店を一軒ずつ見て回る。

 さんざん悩んだ末に、僕らはイチハへのプレゼントに赤い石の付いたブローチを選んだ。きっとこの市場でいちばんイチハに似合うっていう自信がある。

 値段も僕らのお小遣いで買える金額で、ちゃんとドゥークへの贈り物を買うお金も残りそうだ。店主が値段を言って右手をこちらに伸ばす。僕は張り切って支払いに臨んだ。 

「あ!!」

 財布を出した瞬間、横からにゅっと手が伸びてきた。ミミじゃない。人間の手だ。僕が持っていた財布をがっと掴んで、力任せに引き、ぶら下げていた紐を引きちぎり、そのまま通りの向こうへ駆けていく。

「スリです!」

 ミミが声を上げた時には、スリはすでに路地の角を曲がったところだった。

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