第29話 服屋
服屋にはたくさんの上等な服が飾られていて、僕はこんなボロボロの格好でおしゃれな服屋に入ったりしていいのだろうかとドギマギした。他に着られる服なんて持っていないからこそ服屋に来たのだけれども。
イチハとミミは、キャッキャと店内を回っている。女の子は服が好きなんだって。
ドゥークも僕と同じくらいボロボロの格好をしているから、僕と同じくらい緊張しているはずだと思ったのに、ボロボロの格好のまま堂々と店員さんに服のサイズを質問したりしている。
店の隅で小さくなっていると、イチハが呼んだ。
「ナナ、これ着てみてごらん」
ボロを脱いで、大きな鏡の前でイチハの選んだ服に袖を通す。
「どうかな」
「うん。いい感じ」
「でも、ちょっと大きくないかな」
少し丈の長い袖を摘まんでみる。
「へいきよ。きっとすぐに大きくなるから」
イチハは僕の背中をぽんと叩いた。
新しい服に袖を通した僕は、先程までより少しだけ自信をもって店内を見て回る。
「おーい、もう行くわよ」
会計を終えたイチハが声を掛ける。
「待って。あの……」
「ん? ナナ、どうしたの」
もじもじする僕に、皆が注目する。
「あの、僕……、僕もマントが欲しいっ」
ドゥークみたいに格好良くマントを羽織ってみたい。そしたら強くなれる気がするから。
なのに。
「申し訳ございませんが、当店ではお坊ちゃまに合うサイズのマントはお取扱いがございません」
店員が丁寧に頭を下げる。
「うーん、特注すると予算オーバーになっちゃうしねえ」
イチハも渋い顔をする。
「坊ちゃん、生きていくには諦めも肝心ですよ」
ミミが知ったふうなことを言う。
確かに、これからも大きくなる(予定の)僕のためにわざわざ特注するのはもったいない。
とても残念だけど、諦めて店を出た。
「じゃあ、このあとは、お店が閉まるまでに、薬局で救急箱の補充して、それから食料品の買い出しに行って……」
イチハがぶつぶつとこの後の予定を述べる。
「僕、お菓子買いに行きたい」
イチハの話を遮って言う。我ながら不貞腐れた物言いになってしまった。
「薬局は先に閉まっちゃうから、ナナ、お菓子はあとでもいい?」
「今、お菓子食べたい。ずっと我慢してたもの。イチハ達は好きな服買えたからいいけど、僕は欲しいもの買えてない。だからお菓子食べたい」
イチハが小さく溜め息をつく。けど、いやだ。絶対譲らないんだ。
「いいですね! ミミもお菓子食べたいです!」
イチハが返事するより先に、ミミがぴょこんと飛び跳ねる。
「ミミまで。知らない街で子どもだけで動き回ったら危ないでしょ」
「大丈夫です! 坊ちゃんにはミミが付いていますから。イチハは旅の買出ししてください。ドゥーク様も、しっかりイチハの荷物持ちしてください」
かわいい子には旅をさせるです! 張り切るミミに負けて、「日が暮れるまでには宿に戻るのよ」とイチハは言い、ドゥークは僕とミミの頭を撫でた。
それで、僕とミミは、ドゥークとイチハと別行動で市場を回ることになった。
「ミミ、ありがとう」
路地を曲がってから、そっと小声で言ったけど、ミミは振り向かなかった。兎の耳に聞こえないはずはないと思うのに。
ミミが間に入ってくれなければ、僕はきっともっと無様に駄々をこねてイチハたちと大喧嘩していただろう。今更になって、子ども染みた振舞いだったと反省する。けど、あの時沸き上がった感情は自分でも抑えることができなかった。
結果、ミミにまで気を遣わせてしまい、とても申し訳ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます