第28話 マーケット

「市場だ!」

 丘から見下ろすと、眼下に町並みが広がる。通りには露天商のテント屋根が並び、人々がひしめいている。ここからでも、ずいぶん賑やかであることが分かる。

 活気に吸い寄せられるように、駆け出しそうになった足を三歩で止める。ドゥークとイチハを振り返る。

「でも、通行証がないと町には入れないんだよね」

 不安そうな僕に、イチハが一笑する。

「あそこは大丈夫よ。市場はたいてい商売を活性化させるために通行証がなくても出入り自由になっているから」

 まあその代わり無法者が紛れ込んでいることも多いから注意しなければならないんだけどね。というイチハに、ドゥークもミミも頷く。

 実際、市場まで来てみると、他の村と同じように周囲が柵で囲まれているものの、門番は退屈そうに欠伸あくびして、僕らが入口を通るのをちらと見ただけで何も言わなかった。モンスターが入り込まないように見張っているそうだが、市場は人間の数がとても多いのでわざわざ近付いてくるモンスターもいないらしい。

 町の中に入るとさらに賑やかで、さまざまな物を売る露店はもとより、食べ物屋や服屋、武器屋、乗り物屋、カジノなんかもあるらしい。らっしゃい、らっしゃい。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。あちこちの店から元気な呼び込みの声が響く。

 僕はきょろきょろしながら皆のあとをついて行く。大通りからは幾筋もの横道が伸びていて、そこからまたさらに薄暗い路地に続いていたり、かと思えば急に広場がひらけていたりする。まるで迷路みたい。

「あ、あの人! ミミの仲間じゃないのっ」

「え?」

 顔を上げたミミに、路地の先を指差す。かつて仲間を失って以来ひとりぼっちで旅してきた兎のミミ。ついに仲間を見つけた! 僕は興奮してミミに伝える。

 裏道を抜けた先に華やかなネオンが光る大きな店が見える。その店の前で呼び込みをしているお姉さん。一見ふつうの人間に見えるけれど、ぴょこんと長い兎の耳をしているのだ。なぜだか季節はずれの水着をきたおしりにはふわふわの兎のしっぽも付いている。

「ねっ? もしかしたら、ミミが夢見てるみたいに兎から人間に変身したのかも」

 とミミに説明していると、兎のお姉さんがこっちを振り向いた。目が合うと、真っ赤な唇でにっこり笑って、なぜかぎゅっと胸を寄せて、おいでおいでと手招きする。

「ほら、呼んでる。行こう!」

 ミミの手を引こうとしたら、ぱっと後ろへ飛んで避けられた。「無邪気は罪ですっ」と言って、とことこドゥークのあとを追って行ってしまった。

 急なことで緊張しているんだろうか。代わりに僕が話を聞いてきてやろうと、ネオンの店へ向かおうとしたところ、ぽかんと頭をはたかれて、「ナナにはまだ早い」とイチハに首根っこを掴まれ、二人を追ってずるずる引き摺られていった。

 納得いかずにしつこく訊くと、あれは兎じゃなくて人間が兎のまねをしているのだ、兎の格好をした人間を好きな人間がいるから、兎の格好をした人間が好きな人間を呼び込むために人間が兎の格好をしているのだ、と説明されてますますよく分からなかったけれど、要するにあのお姉さんはミミの仲間ではなかったらしい。

「寄り道しないで。まずは服屋に行って服を新調するよ」

 確かに、先日怪鳥に服を奪われて以来、僕は服ともいえないボロボロの布を身にまとっているだけなのだ。

 僕らは大通りに軒を構える服屋に入った。

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