第5話 見慣れた世界の見知らぬ展開

 静止した世界の中で、マキトは“異世界ジャンプ”のレベル上げの方法について、ひとり悩んでいた。単純に“ロールバック”だけを十回し続けるとなると、クールタイムは合計千二十三分にもなる。


 下手に“コミット”してしまうことで、悪魔の女性を救うタイミングを逃すことをマキトは恐れていた。


 {なぁ?あの子を助ける為にはさ?一体俺は、どうしたらいいんだ?}


 ──「では、“ロールバック”でしょうか。」


 それ故、まずマキトは悪魔の女性を救うための“ロールバック”を行う事を前提に置いて、自分に好意のあるダークエルフ女子のリュデアを仲間につける流れを確立させなければならなかった。


 {“ロールバック”したら、本当に俺の記憶は残ってるのか?}


 ──「はい。もし、私のことを…ご主人様がお忘れになられたら、悲しいですので。」


 {もし、スキルレベルが上がったら、クールタイムはリセットされるのか?}


 ──「はい。その辺は、流石究極スキルの“異世界ジャンプ”です。よく計算されております。」


 {そういえば、だ…。俺と接触している相手がいるのに、“異世界ジャンプ”を開始したら、どうなるんだ…?}


 と言うことは、悪魔の女性の救出が成功し、自分たちの安全が確保出来るまでは、マキトは絶対に“コミット”することは許されない。そんな世界の中で、マキトは約十七時間も死なずに過ごすことになるのだ。

 実際には、救出する時間も含まれるのだが、マキトが彼女を見かけてから数分の出来事なので、誤差レベルだ。

 そんな事を考え続けていたマキトの頭の中で、ふと生まれた疑問がこれだった。


 ──「やはり、流石です!!ご主人様!!着眼点が違います!!」


 {お?おう…。てことは、なんか起きるんだよ…な?}


 ──「はい。ご主人様と身体のどこでも、一部でもいいので繋がっている間でしたら、この空間へお越しいただけます。次のスキル開始時まで、特別にそのお相手の記憶を保持させることも、選択が可能です。」


 飲食店などではよく見かける常連さん向けの秘密の言葉や、ゲームの隠しコマンドやコードのようなものだろうと、マキトは簡単な気持ちで考えた。


 {なんだよ…。もうこの状態では、リュデアは連れて来れないじゃないか…。ああ…でも、次から“異世界ジャンプ”するたびにリュデアに触れてれば、良いってことだろ?}


 このままマキトが気づかなければ、毎回リュデアと初対面の状態からのリスタートを、十回以上も繰り返す事になっていた筈だ。そう考えれば、この“ロールバック”による一回分のタイムロスだけで済むのと思えば、親の仇のように大騒ぎすることではないのだ。


 ──「はい。ですが、タダでという訳にはいかないようです。それなりのデメリットがございます。」


 {ああ、うまい話ばかりじゃないのは分かってた。早く教えてくれ!!}


 ──「はい。クールタイムが通常の時間に加え、更に二倍となります。」


 『二倍となります』と言った後、マキトの意識とスキルのアシスタント(以後、仮称でそう呼ぶこととする)の声以外、静止している世界は余計『シーン』と静まり返ってしまった。


 {ん…?えっと、それだけ…?}


 ──「はい。更に…二倍になるんですよ?ご主人様にとっては、デメリットではなかったでしょうか?」


 {ああ…。時間が過ぎるのを待てばいいんだよな?なら、対したことじゃないと俺は思うけどな。}


 待つだけがいかに怖いことなのか、マキトはまだ知らないようだ。セーブデータが複数に存在するのであれば、“コミット”するタイミングを見誤っても、別のセーブデータからやり直せばいい。だが、現状マキトはセーブデータを一つしか保持することが出来ないのだ。


 ──「さて。ご主人様、どうされますか?」


 {まずは“ロールバック”を俺は選択するぜ!!}


 ──「宜しいですか?」


 選択肢を決定した途端、即実行はされないらしい。流石、アシスタントを擁する究極スキルのようだ。


 {迷わず、『はい』だ!!}


 ──「承知致しました。また、ここでご主人様とお会いできること願っております。」


 ──ピピッ…


 また電子音のような音がマキトには聞こえた。すると、ここまでマキト自身の目で見てきた光景が、目の前で凄まじい速度で逆再生されていった。その情報に頭が追いつかず、マキトの意識が朦朧としていき目の前が暗転した。


─_─_─_─_


 ──ピッ…


 再び電子音のような音がマキトの耳に入ってきた。


 「うお…?!」


 パチりとマキトは目を開けると、神社の境内からこの異世界の大通りのど真ん中へと、転移させられて放り出された、あの時間まで戻ってきていた。

 

 「きゃああああああああっ!!誰かああああっ!!助けてええええっ!!」


 {よし!!まず、俺がこの世界ですることは一つだ…。}


 大通りのど真ん中から、自分から見て左手側の街並みが続く歩道へとマキトは歩き始めた。その表情は、何か覚悟を決めたような表情に見える。


 {俺が君を助ける為には、これしかないんだ…。}


 「だ、誰でも良いです!!助けてくださいいいいっ!!」


 マキトから見て右手側の街並みが続く歩道を、悪魔の女性は大声を出しながら逃げ惑っている。その姿はマキトの目でも確認できており、並行して歩道を走っていた。


 {リュデア。君は、この瞬間…どこから俺を見てたんだろうな…。}


 そんな事を考えながら、マキトは街並みのある場所まで来ると立ち止まった。すると悪魔の女性の後ろ姿は、立ち止まったマキトを残して徐々に遠ざかっていった。


 {ここで俺が振り返ってみたら、実はちょっと後ろにリュデアが居たとか、かなり笑えるよな?}


 ──ジャリッ…

 ──ビュンッ!!


 まさに、マキトが後ろを振り返ってみた時だった。かなり後方の上空に魔法陣が現れると、そこから赤い光が一閃したのだ。


 「あ…。」


 それとは別の意味で、マキトは思わず声が出てしまった。


 ──ドオオオオオオオオンッ!!


 物凄い轟音と呼べる爆発音がした自分の背後では、これから何が起きるのかはマキトはもう知っている。それよりも自分の一、二メートル後ろに、リュデアが既に居た事に驚いたのだ。


 「お兄さん!!危ない!!こっちへ!!」


 ──グッ…


 前回と違う行動をとったマキトと、そのせいで咄嗟にマキトの手を引くことになったリュデア以外、同じ時間は繰り返された。

 何者からかの悪魔の女性へと向けられた魔法攻撃により、街中で大爆発が起きた。瞬時にその爆風は悪魔の女性が居た場所を中心にして、円を描くように伝播し始める。


 ──グイイイイッ…

 

 間一髪と言ったところだろうか。爆風が到達するよりも前に、マキトの腕を掴んでいたリュデアは、その身体に似合わぬ物凄い力で、彼を自分の身体へと引き寄せた。


 ──ブオンッ!!


 「“空間転移”!!」


 「は…?!」


 すると、この世界の時間を巻き戻したマキトですら初耳の“空間転移”という言葉を、リュデアは僅かに爆風を受けながらも大声で叫んだ。


 {マジかよ?!空間移動出来るとかさ…?マジで、リュデア格好良すぎだろ!!}

 

 そんな凄いスキル?魔法?を使えるとは、リュデアは一言もマキトに伝えていなかった。その為、不意打ちを喰らってしまったマキトは、思わず驚きに声をあげることになった。それに、初対面にも関わらず、リュデアのたわわに揺れる二つの胸の膨らみの間に、不可抗力なのだがマキトの顔は埋まってしまった。


 ──ビュンッ…


 突然、リュデアに抱きかかえられる形となったマキトは、周囲の状況を全く目視することが難しい状態に陥っていた。スキルや魔法の力は素晴らしいもので、そんな状況下に陥っても、リュデアとマキトは瞬時にその場から姿を消すこととなった。

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