第4話 静止する世界
白昼堂々、悪魔の女性を狙った突然の魔法攻撃。その火属性魔法が起こした爆発の巻き添えで、街の一部は一瞬にして焼失し周囲は瓦礫だらけとなった。
そんな街の歩道の片隅では、その爆風で吹き飛ばされたマキトがダークエルフのリュデアに膝枕された状態で、先程まで治療を受けていた。
「ね、ねぇ…?マキト。い、今からワタシの部屋…来てくれる?」
明らかにリュデアの声は緊張で強張り、上擦っている。
「じゃあ、悪い。俺のこと、起こしてくれないか?」
落ち着いた口調でそう話すマキトは、まだリュデアの膝の上に頭をのせて、地面に横たわっている。
{もし、このまますんなり身体起こして、素直にリュデアについていったら、完全にあと戻りできなくなるかもな…。それに、これが罠だったら、俺…完全にゲームオーバーだよな…。}
マキトの住む世界では、エルフやダークエルフなどは創作上の種族の一つとして扱われており、公には存在していないことになっている。しかも、エルフは万人向けして定評があるが、悪役にされがちなダークエルフは創作上の印象操作からか、イマイチ人気が少ない。ところが、マキトは創作上の印象で虐げられがちな、ダークエルフや悪魔、魔女が大好きだった。
そんな憧れのダークエルフの女性と、マキトは出会って間もなく付き合うこととなり、これから彼女の部屋で、ムフフな関係になろうとしていた。
だが、当初はそんな提案にも乗り気だったマキトも、治療という名のクールタイムを置けたおかげで、冷静に考えられるようになっていた。
「あ、そうだよね…。今から、マキトの背中を強めに押して身体起こすけど…良いよね?」
「うん、分かった。そんな感じで頼むよ…。」
そっとマキトの背中に、細く柔らかい手のひらが添えられたのを感じた。
「いくよ?」
──グッ…
「んっ…!!」
やはりと言ったところではあるが、リュデアは膝枕した状態で、変な体勢で片手だけ背中に添えたところで、力が上手く入るはずもない。そんなことは、最初からマキトは分かっていた。
{あくまでこれは、俺の中での時間稼ぎ…。起きたらどうする…?おい!!次は…どう動くんだよ、俺!!}
──ジャリッ…
「よっ…とお!!っと…ととっ…。」
──スタッ…
突然、マキトは両手を瓦礫だらけの地面につけると、思い切り手で地面を押し出すと飛び起きて、その場に立ってみせた。
学校では休み時間中“叡智の書”を読み耽るほど、ファンタジー作品に傾向していたマキトだったが、意外にも自宅ではサーキットトレーニングは欠かさなかった。
普段、服で隠れている部分である腹筋はシックスパックで、胸筋もかなり発達していて、いわゆる隠れ細マッチョだった。
実は倒れていたマキトをリュデアが介抱した際、身体の各所で出血しており、必然的に治療する為に彼の身体を触れる事になった。身体の筋肉のつき方がリュデアのタイプそのものだったこともあり、添い遂げるのはマキトしかいないと決めたのだった。
残念なことにこの件については、リュデアからマキトへは未だ語られてはいない。
「す…すごい!!寝た状態から、飛び起きるだけで…立てるなんて!!身体の筋肉…凄かったし…。」
{お?筋肉って今、聞こえた気が…。まぁ…もう、この世界線には長居は無用だな…。“異世界ジャンプ”}
──タッ…
この異世界に来て、マキトが初めて使う“異世界ジャンプ”だった。半信半疑だったが、スキルを使い続けなければ、スキルレベルは上がらないことは、ファンタジー作品好きなマキトも分かっていた。
──ピッ…
マキトの足が地面から離れた瞬間、電子音のような音がマキトの耳にだけ、確かに聞こえた。
{あれ?!時間止まってる!?ていうか、俺も動けない…。え!?俺、まさかの空中で止まってる感じ?!}
──「ご主人様、これより“異世界ジャンプ”を開始いたします。宜しいですか?」
急にマキトにだけ聞こえる声がし始めた。例えるならば、スマホのAIアシスタントみたいな心のこもってない感じだ。
{え?この声…。まさかな…。まぁ、いいや。答えは、『はい』だ!!}
聞こえてくるその声はマキトにとって、どうやら聞き覚えがあるようだ。しかし、マキトは一刻も早く…目の前で命を奪われた、あの悪魔の女性の生きている世界へ、戻りたいようだ。
──「現在、ご主人様のスキルレベルは1、スキル経験値は0です。“コミット”、“ロールバック”が選択可能になります。どうなさいますでしょうか?」
全てが静止している世界の中で、ご主人様と呼ぶマキトに対し、淡々と“異世界ジャンプ”について現在のレベルや経験値などを、読み上げる声だけが聞こえている。その間にも、マキトは身体を必死に動かそうと試みていたが、空中で静止したままで微動だにしなかった。
{もし、俺が答えない場合、どうなる?}
──「はい。このまま、ご主人様からのご指示を、お待ちし続ける事になります。」
ここでようやく“異世界ジャンプ”を発動さえしてしまえば、世界が静止した状態のままでいられることに、マキトは気付いた。
{え、そうなのか?!嘘とかさ…?はい、冗談でしたー!!ってことは…ないんだよな?}
──「はい。全て本当のことです。ですから、ご主人様はごゆっくりお考え下さい。」
{ああ…そうか、良かった。疑っちゃって、悪かったな?」
──「いえ、ご主人様は謝らないで下さい。ご説明が足りなかった私に、落ち度がございます。」
こういう素直な反応は、マキトは嫌いじゃなかったが、よく知る人物に声が似ていることが、顔も見えぬ声の主に対しての心の距離を開かせていた。
「ああああ、もう!!この話は終わりだ、終わり!!だから、こういう事なんだろ?『どうするか迷ったら、とりあえず“異世界ジャンプ”しておけば間違いなし!!』ってさ?でも、あれ…?俺、まじで…チートすぎじゃないか?!}
──「はい。この世界では、ご主人様に勝てるものなどおりません。ただ、一点だけご注意いただきたい事がございます。お伝えしても宜しいでしょうか?」
{ああ。教えて欲しい。}
──「先程、“異世界ジャンプ”と何れかの手段で詠唱され、私を呼び出された後、開始の“承認”をいただいたと思います。承諾されるまでに一分間のご猶予を頂いておりますが、過ぎますと自動的に“拒否”となり“異世界ジャンプ”のスキルは終了いたします。ご注意下さい。」
{まぁ…即、『はい』だろうな…。えっと、“異世界ジャンプ”を開始した場合、キャンセル出来るのか?}
──「いいえ。その時に使用可能な何れかを必ずご指示いただきます。併せてご注意下さい。」
闇雲に“異世界ジャンプ”を開始させてしまうと、必然的に選択していいのは“ロールバック”だけとなる。今回のように、マキトが気になっている悪魔の女性が死亡しているという、ある意味詰みな状態で“コミット”してしまえば、もう取り返しがつかなくなるからだ。
{よく考えた上で開始させろってことか…。でも、死にそうな状況下なら、そんな事考えてる余裕ないだろうしな…。大人しくリセットボタン押して、セーブデータをロードさせるしかないよな…。}
──「スキルレベルを最大まで上げていただけたら、ご主人様にとって良いことが起きますので、頑張って下さい。」
{良いこと…か。因みに、スキルレベル2に上げるには、スキル経験値はどれくらい必要なんだ?}
──「はい。“コミット”を単独でご使用で五回、“ロールバック”を単独でご使用で十回となります。」
それを聞いたマキトは、“ロールバック”一回使用で経験値が1つ増え、“コミット”一回使用で経験値が2つ増えるのだと瞬時に導き出した。
ただ、スキルレベル1で使用可能なものに関しては、それぞれ初回のクールタイムは一分だが、二回目で二分、五回目で十六分、十回目で五百十二分になってしまう計算になる。
やっとマキトはそのことに気づき、静止されたままで実際には出来ないのだが、ぼやぼやとしていた自分の愚かさに心の中で深いため息をついた。
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