第29話 赤子、町の散策をする

 時は少し遡る。

 ネロと傭兵団がエールの町を離れてから数日経った頃、ボクことステラは町を探索していた。


「ふむ。誰もいないな」


 不死の魔鳥を恐れ家に引き篭もる町民。

 まるでゴーストタウンのような様相だ。

 不死の魔鳥を町に解き放ってからというものの、町民は誰も家から出ようとしない。

 町民たちはわかっているのだろうか。

 家に引き篭もった程度では不死の魔鳥の攻撃は防げないし、そもそも、ただ、図体のデカい鳥が領主の家に留まっているだけだというのに町民がなにを恐れているのやら……理解に苦しむ。


「……まあ、静かだし別にいいか」


 不死の魔鳥を過度に恐れているせいか、町民は食料を買いに外に出ることもない。

 家にある食料もそろそろ底を尽きるはずだ。それもあってか、町民たちはカロリー消費を抑えるため、ここ数日寝て日々を過ごしている。

 とはいえ、いつまでも寝ている訳にはいくまい。地獄の亡者と違い、人間は生きるため食べ物を摂取する必要がある。二、三日もすれば、その内、腹を空かして出てくるだろう。

 屋根を伝い探索を続けていると、タナトスの魂の欠片が封じられた黒水晶を見つけた。


「おや? こんな所にも黒水晶が……」


 まだ百メートルも歩いていないのに、かれこれもう五つ目だ。

 偶然ではあり得ない。

 赤子は、螺旋を描く死の杖を取り出すと、拾った黒水晶を杖と同化させる。

 それと同時に、他にも黒水晶が落ちていないか調べることにした。

 死の杖に魔力を込め、ソナーのように町中へ魔力を振り撒くと、あちらこちらから黒い煙が上がる。

 どうやら黒水晶はまだまだ町中に落ちているようだ。


「ふーん。結構な数、落ちているみたいだね」


 町に満遍なく撒かれていることに作為的なものを感じたボクは、比較的大きい黒煙を上げる黒水晶の下へと向かう。

 そこには、クラウス商店とは比較にならない大きさの倉庫が建っていた。

 看板には、クリボッタ商会総合倉庫と書いてある。

 つまりは、敵が保有する倉庫だ。

 念のため気配を探るも中には誰もいない。


「チャンスだな……えい」


 バキバキバキバキッ!


 そう声を上げ壁をぶち破ると、ボクは遠慮なく倉庫の中へ入っていく。

 ネロがクラウス商店に派遣した魔法士も同様のことをしようとした。

 多分、問題ないだろう。

 やられる前にやり返す。倍返しだ。という奴である。

 最近、クラウスがこの手の劇に御執心だ。

 なぜかはわからないが流行っているらしい。

 そのことを聞いた時は、流石のボクも、警戒心のないクラウスに対して、お前はネロに狙われているんだぞと、デコピンしてやりたい衝動に駆られた。


「さて、タナトスの魂のカケラを封じた黒水晶はと……ふむ、これか……」


 倉庫内を探索するとミミズのような文字で書かれた掛け軸の下に剣が置かれていた。

 その剣を見てボクは目を見開く。


「……驚いたな。黒水晶が置いてあるかと思えば、タナトスの剣じゃないか」


 タナトスの剣は、切った者の魂を刈り取る剣。

 クリボッタ商会になぜ、タナトスの剣が置いてあるのか知らないが丁度いい。

 これはボクがもらっておこう。

 タナトスの剣に手を伸ばすと、剣が小刻みに震え始める。

 そして、剣からドス黒い靄か滲み出ると、無数の手を形取り襲いかかってきた。


 ――ズ、ズズズズズズズズッ


「へえ……」


 剣から生える無数の手。

 この瘴気には見覚えがある。

 これは剣樹の森にいたタナトスのものだ。

 どうやらタナトスは死の直前、自らの剣へ魂を移していたらしい。剣に込められた魂の総量を見ればそれは明らかだ。

 しかし、馬鹿なことを……。

 黒水晶と違い剣は魂を移す器として圧倒的に不適格。

 剣に魂を宿してから相当の時が経過しているのだろう。

 魂の劣化が激しく実体すら顕現できない有様だ。なぜ、剣に魂を宿そうと思ったのやら……はっきり言って考えがお粗末過ぎる。


「――タナトス。剣は斬る物だ。魂の器として不適格だよ。君が魂を移すのであれば黒水晶に移すべきだったね」


 死の杖を横に振り、タナトスの手を切り落とすと、切り落とされた手が杖にはめられた黒水晶に吸収されていく。


「折角だ。君のすべてをもらうよ」


 そう言って、剣から出るタナトスの魂を切り刻むと、切られた部分が杖にはめられた黒水晶に吸収されていく。

 最後に剣を断ち切ると、タナトスの残滓が黒水晶に消えて行く。


「……しまった」


 ついうっかり剣まで断ち切ってしまった。

 これでは使い物にならない。


「うーん。でも、まあいいか」


 どの道、ボクには、再生の杖と死の杖の二つがある。ガワだけの剣に興味はない。

 剣の中身であるタナトスの魂の大半・・は、死の杖に吸収されたようだからね。


「タナトスの魂を吸収したことで、死の杖がパワーアップしたようだし、タナトスの力を試して見るとするか……」


 ボクは額に死の杖を翳す。

 すると、新しく吸収した力の情報が頭の中に入ってくる。

 これは、閻魔大王に付与された念話スキルの応用だ。

 念話スキルを駆使することで、物に宿った魂の声を聞くことができる。


「ふむふむ……なるほど……」


 剣樹の森にいた頃は、邪魔な奴程度の認識だったが、自分の杖にして見れば、中々、良いスキルを持っているではないか。

 タナトスの力は、魂に干渉する力。

 その本質は、魂を刈り取ることではなく、魂の方向性を変えることにある。


「……通りで、タナトスの魂を封じた黒水晶がそこら中に落ちている訳だ」


 タナトスの効果範囲は、自分を中心とした半径百メートル。

 つまり、タナトスの魂の残滓を封じた黒水晶はスキルの効果を広範囲に行使するための触媒として置かれたものと見て間違いない。


「折角だ。君の力を試させてもらうよ」


 町民たちは不死の魔鳥を恐れ外に出てこない。ならば、その魂に刻まれた不死の魔鳥の恐怖心を刈り取らせてもらう。


 イメージするは、恐怖の芽を摘む死神の鎌。


「刈り取れ、タナトス」


 不死の魔鳥に対する恐怖心に焦点を当て杖を振ると、町中に不可視の鎌が出現し、不死の魔鳥に対する町民たちの恐怖心を一つ残さず刈り取っていく。


「うん?」


 すると、思いもよらない効果が発現する。

 なんと刈り取った恐怖心が体に集まり一気に霊力が回復したのだ。


「……へぇ。これは凄い」


 刈り取った魂を補給することで、霊力が回復するのか……いいことを知った。

 地獄に帰るまで霊力の補給は難しいと思っていたが存外そうでもないらしい。

 魂を補給すれば霊力を補給できる。

 これは暁光である。

 自警団詰所で閻魔大王と邂逅したボクにはわかる。閻魔大王はボクを地獄に帰す気なんてサラサラない。

 閻魔大王の気が変わる確率に賭け、惰性で敵対した愚か者どもを地獄送りしていたがもう辞めだ。

 これから敵対した者の半分を生かし、半分を霊力に変えるとしよう。

 霊力があれば取れる手段が格段に変わってくる。いや、それより手っ取り早い方法が……。

 そんなことを考えていると、死の杖の効果により不死の魔鳥の恐怖から解放された町が活気を取り戻す。


「――あれ? 俺はなにを怖がっていたんだ?」

「――大変! 野菜を切らしているわ! お買い物に行かなくちゃ!」

「――久しぶりの外じゃ……空気が美味いのぅ。不死の魔鳥も優雅に空を旋回しておるわ。おや? もうそろそろ薬が無くなりそうじゃ。散歩がてら薬師の店に行ってみるかの」


 建物の外に出た町民たちは口々にそう言うと、食料や薬を調達するため町に繰り出していく。

 そんな町民たちの様子を見てボクは目を擦り欠伸する。


「むぅ。もう昼寝の時間か……」


 やはり赤子の体は不便だ。

 定期的に腹は減るし、日に数回、強烈な眠気が襲ってくる。


「やはり、この世は地獄よりよっぽど地獄だな。早く地獄に帰りたい……」


 そう呟くと、ボクは睡眠を取るため、渋々、クラウス商店へと向かった。


 ◆◆◆


 クリボッタ商会倉庫。

 そこには、呆然とした表情を浮かべ立ち尽くすネロの姿があった。

 倉庫の壁が破壊されていることを不審に思い、急いで駆けつけて見ればこの有様だ。

 目の前には真っ二つに折られたタナトスの剣が落ちていた。

 ネロは震える手で折れた剣を手に取ると、涙を浮かべながら呟く。


「――誰だ。誰がこんな酷いことを……」


 ワシはただ、ワシの計画を潰した元凶であるクラウス商店と、そんなクラウス商店を迎合する町民たちを道連れに皆殺しにしたいだけなのに……皆殺しにしたいだけなのに!!

 これでは、クラウス商店と町民たちに復讐することができないではないか……。


 飢饉発生を予想し、高く品質の悪い食料を仕入れたお陰で、当座の資金は枯渇している。

 信用取引で商品を仕入れようにも、クラウス商店に従業員を取られ、商品を安売りされてはどうしようもない。


「どうする。どうする!? ワシはどうしたらいいのだァァァァ!!」


 自ら作り出した絶好の好機が信じられないほどのピンチとなって自身の身に降りかかってきた。

 こうなれば、もはや取れる手段は限られてくる。

 ネロに残された手札は傭兵団のみだ。


「はっ! そ、そうだ!」


 そのことに気付いたネロは警護に付いた傭兵に声を荒げて命令する。


「今すぐ、今すぐエドガーに連絡しろ! 不死の魔鳥なんてどうでもいい! 今すぐエドガーを町に呼び戻せ!」


 しかし、傭兵からの返答はネロの望むものではなかった。


「――む、無理です。周囲に魔素が少なく通信の魔具が使えません! 通信の魔具が使えない今、団長に連絡を取ることは不可能で……」

「な、なんだとォォォォ!?」


 そう絶叫を上げると、ネロは膝から崩れ落ちた。

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