第30話 悪徳商人、剣に取り憑かれる

「なぜ……なぜ、こんなことに……」


 クリボッタ商会の会頭、ネロ・クリボッタは膝を床に付けながら掌を強く握る。

 夢破れて破壊衝動に襲われるなんてどこでもある話ではないか。

 自分の思い通りにならない物は破壊する。

 それのどこがいけない!

 おかしい。こんなのおかしい。絶対に間違っている!


 ネロが親元を離れ、クリボッタ商会を立ち上げたのは十年前。

 父親であるハバネロの支援と紹介を受け、エールの町で事業を立ち上げた。

 その当時のエールの町の状況はそれはもう酷いものだった。

 その当時の領主であるドライ・ノマナ・エールは、エールの町に住む町民だけでなく町で商売をする商人たちにまで重税を課していた。

 この重税が町民たちの暮らしが良くなることに使われるのであればそれでも構わない。しかし、現実は無情だ。

 町民たちから毟り取った税金は、調度品や嗜好品に変わり領主とその一族が豊かな生活を送るためだけに使われる。

 折角、良い物を安く仕入れても町民に届かないのであれば意味がない。

 領主の基本方針は生かさず殺さず。

 本当に生かしもしないが殺しもしない。

 ただそれだけが唯一の幸い。

 町民たちを殺さぬため、最低限の食料を商人たちから仕入れ、死なない程度に配給している。

 そんな領主の姿を見て思った。

 この領主は駄目だ、と……当然、その一族も同様だ。

 だからこそ、ワシは変わった。

 良い物を安く仕入れてくる?

 馬鹿なことを言うな。そんなことをしても重い税金がかけられ領主の懐が潤うだけだ。

 その当時の領主が欲しがったのは、そこそこ高く品質の悪い物。

 商人がこんな物しか仕入れてこないのだから仕方がないだろうという理由付け……。

 それを消費するのは町民であって領主一族ではないのだから当然だ。

 つまり、ワシが目を向けるべき相手は町民ではなく領主個人。

 領主も人間だ。自分を敬い媚び諂う相手には甘くなる。

 町民を蔑ろにする領主に、町民用の餌を継続的に用意していると、ある日、領主の館に呼ばれた。

 館から出てきた領主にお辞儀すると、領主がワシに一枚の紙を渡してきた。


「来たか……ほれ、これを受け取ってさっさと立ち去るがよい」


 それが御用商人の証であることはすぐにわかった。

 そう。すべてはこれを手に入れるため、領主に恭順の意を示してきたのだ。

 この町の商人たちがあえて取らないようにしていた御用商人の証。

 ワシは御用商人にして頂いたお礼と日頃の感謝名目で領主に贈り物をした。


「ほう。これは珍しい。黒水晶ではないか」

「はい。領主様が珍しい石を収集していると聞き用意させて頂きました。これは日頃から懇意にして頂いているお礼です。どうぞお受け取りください」


 領主が稀少な天然石を集めているのは知っていた。だからこその黒水晶だ。

 対外的に黒水晶は、魔除けや邪気払いの効果を持つ他の天然石の中でも最上のもの。

 あらゆるマイナスエネルギーから持ち主を守ると言われている。


 領主は、黒水晶を手に取ると深い笑みを浮かべる。


「……よい。実によいぞ! 貴様を御用商人として重用した私の判断に間違いはなかった。これからも頼むぞ。私の機嫌を損ねぬ限り、貴様をエールの町の御用商人として重用しよう」

「ありがとうございます」


 そう言って頭を下げたワシは歪んだ顔で笑っていた。

 当然だ。領主に渡した黒水晶はただの黒水晶ではない。死の神、タナトスの魂を宿した黒水晶なのだから。

 先先代のクリボッタ当主が、その当時、黒水晶の扱いに困っていた教会から引き取り、それを譲り受けた物。付属の剣に魔力を込め振るうことで、黒水晶の半径百メートル以内にいる者の魂を操ることができる曰く付きの代物だ。

 もちろん、危険性がない訳ではない。

 この剣を使う度、魂は淀み、最後はタナトス復活の贄となると言われている。

 現に、初めて剣を振った時、信じられないほどの痛みが体に走った。

 例えるならば、剣で四肢を貫かれるかのような痛みだ。

 正直言って、しばらくの間、これを使う気にはなれなかった。

 しかし、今は違う。


 ワシは帰ってすぐ、タナトスの剣を手に取ると、領主の魂を刈り取るため剣を振るう。

 すると、体に四肢を貫くような痛みが走った。

 体に痛みが走ったということは、領主の魂を刈り取ることに成功したということ。


 領主の息子、ホッピー・ノマナ・エールはあの領主から生まれたとは思えないほど聡明だ。領主であるドライ・ノマナ・エールが死んだ今、次の領主にはホッピーが選ばれる。

 そうなれば、この町は安泰だ。少なくとも、あの時のワシはそう思っていた。

 現実を思い知らされたのは、領主が変死し、ホッピーに代替わりしてからすぐのこと……。


 前領主の御用商人であったワシは、信じられない位の迫害にあった。


「あんた、領主に尻尾を振って、私たちを苦しめていた側の人間だろ!?」

「誰がお前の所なんかで商品を買うかよ」

「死んでもごめんだね。バーカ!」

「クリボッタ商会は前領主から御用商人に認定された商人だよー! それに対して、うちの店は違う。お客様のことを第一に考え前領主との取引には一切応じませんでした! あの店の商品を見てくださいよ。高いだけで、まったく品質が良くない。その点、うちの商品は安くて新鮮なのが売りでね。安いよ。安いよ! そこのお嬢さん。大根はいかがですか?」


 前領主に御用商人として認定されたことが町民たちにバレたのだ。

 いや違う。同業の業者が町民たちにそれをばらした。

 その日からクリボッタ商会で商品を購入してくれる人はいなくなった。

 翌日、窓から外を見ると、笑顔を浮かべ商品を売り捌く商人たちの姿が目に映る。


「…………ぐっ!!」


 ドライが死ぬまで声を上げようともしなかった癖に、なぜ、このワシがこんな目に遭わねばならない。町民を迫害していた前領主を殺したのは、このワシだぞ!?

 日に日にその気持ちは大きくなり気付けば、タナトスの剣を握っていた。


 タナトスの剣には、魂を操る力がある。

 しかし、ただ魂を操るだけではだめだ。

 それではワシの気が収まらない……。

 今なら前領主の気持ちが分かる。

 町民は生かさず殺さず自分の手元で飼い殺しにする。ワシを迫害する町民がワシを差し置いて幸せになるなんて許せない。

 許せるはずがない。

 このワシの悪評を流した業者共もだ。

 最低でもワシの苦しみの一端を経験してもらわなければ、許す気にもならない。

 だからこそワシは、エールの町に黒水晶をばら撒き町民の魂の一部を……ワシに対する悪評や悪い感情を刈り取った。

 前領主一人の魂を刈った時は四肢に痛みが走る位だったが、町民すべてとなると勝手が違う。

 気が狂いそうになるほどの痛みがワシを襲った。数日間動くことができないほどの痛み。しかし、後悔はなかった。

 そこから先は、親父が懇意にする傭兵団を頼ることにした。


「――エドガー傭兵団の団長、エドガー・フェニックスです。お父上から我々に頼みたいことがあると伺い参上しました」


 エドガー傭兵団。

 傭兵団とは名ばかりの盗賊崩れの集まり。

 しかし、ワシにとっては好都合だった。


「……手段は問わん。ワシの店と競合するこの町の商人すべてを排除しろ」

「この町の商人すべてを……ですか?」

「ああ……エールの町の商人はこのワシだけで十分。他の商人はすべて排除しろ。商人としてのプライドをへし折り、その家族諸共このワシに刃向かったことを魂レベルで後悔させるのだ」

「……わかりました」


 その日からワシは変わった。


「や、やめてくれ! 何で、何でこんな……! 私が何をしたというんだ!? 妻と娘は関係ない!」

「……店を畳む! だから、だから家族だけは! 家族だけは助けてくれェェェェ!」


 非情でなければ、この世界では生き残れない。

 町民の豊かな暮らしを手助けするものは皆敵だ。

 ワシの悪評を流した商人を始め、この町で商売しようとする者全員をエドガーに襲わせた。


「――悪いな。これも依頼なんだ。恨むなら恨みを買った君の父親を恨みな」

「ぎゃああああっ!」


 時には惨殺し、時にはその家族を奴隷商人に売り渡す。

 そうした日々を送っていると、エールの町からいつの間にか商人が消えていた。

 ようやくこの町で天下を取ることができる。

 そう思ったのも束の間、遠くの町から流れ着いたクラウスという名の商人がクラウス商店という小規模店舗をオープンした。

 競合の殆どがいなくなりチャンスとでも思ったのだろう。実に浅い考えだ。

 世の中の厳しさを教えるため、子飼いの自警団にクラウス商店の処理をさせようとした。

 思えばそこからだ。

 やることなすこと裏目に出始めたのは……。


「――ワシは間違っていない。間違っているのは世界の方だ……クソッ……クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソォォォォ!」


 ワシは……こんな所で終わるような人間ではない。

 刀身の折れた剣を強く握る。

 すると、折れた刀身から禍々しい怨念が溢れ出る。


『――力が欲しいか……現状を覆えすような力が……』


 頭に響く声。

 ワシはその声に応えるように声を上げる。


「欲しい。力が……! すべてを覆えす圧倒的で絶対的な力がっ! ワシは欲しい!」


 そう声を上げると、刀身から溢れた怨念がネロの全身に纏わりつく。

 そして……。


『……ならばその体を明け渡せ、引き換えにその願い。叶えてやろう』


そうタナトスの声が頭に響くと共に、ネロの意識は深い闇へと落ちていった。

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