第27話 赤子、知らない所でネロと傭兵団を追い込む①
――ドォォォォン!
大きな音を立て、鳳凰山の空に花火という名の大輪の花が咲く。
その瞬間、町の地面が黒い影に覆われた。
空を見上げれば、不死の魔鳥が鳳凰山に向かっていくのが見える。
「よし。行くぞ」
傭兵団が打ち上げた花火には魔物寄せの効果がある。
それを確認したネロは町に向かって馬車を走らせる。
ネロの予想が確かなら、町では今頃、飢饉が発生しているはずだ。
領主にとって飢饉の発生は領主権剥奪ものの不祥事……。
「――領主の奴が助けて下さいと懇願する姿が目に浮かぶな……折角だ。クラウス商店の様子を見てから店に向かうとしよう」
飢饉が発生していの一番に狙われるのが食料を取り扱う店だ。
クリボッタ商会では、こうなることを予め予測し、すべての店を閉鎖している。
建物の造りも頑強にしてあるので、飢餓に苦しむ暴徒ごときでは突破するのは不可能。
「クラウス商店がどうなっているのか見ものだな」
そう高笑いを浮かべながら馬車を町へと走らせた。
◆
「うん? おかしいな。なぜ、兵士が町門に立って……」
町門の前には、なぜか兵士が立っていた。
エールの町の兵士は不死の魔鳥によって壊滅的な被害を受けたはず……。
それ以降、門番の役割は自警団が引き受けている。
おかしい点はそれだけではない。
兵士といえど、エールの町で飢饉が発生しているのであれば、食料を大量に詰め込んだ馬車を見て、平然としていられるはずがない。それが人間の性というものだ。
例え、クラウス商店が物資の提供を行っていたとしても町民すべてに物資を行き渡らせることは不可能。
頭上に疑問符を浮かべながらも、御用商会の証を兵士に提示し町の中に入る。
「な、なななななななな……なんだ? どうなっている……??」
そこには、数週間前より活気付いたエールの町の光景が広がっていた。
ネロはボソリと呟く。
「……おかしい。なぜ、飢饉が発生していないのだ!?」
それ所か以前より活気付く町を見て疑問を抱く。
これまでは意図的に物の値段を吊り上げ、生かさず殺さずの精神で町民を統制してきた。
これはエールの町唯一の御用商人であるネロだからこそできた統制だ。
クラウス商店という例外はあるものの、他の商人がこの町に流れてこないよう流通も制御した。
数週間、エールの町を離れるだけで飢饉が発生するようにと、飢饉を人為的に発生させる準備も入念に行ってきた。それにも関わらず、なぜ、飢饉が発生していない!?
「――おい! どういうことだ!?」
これでは話が違う。
護衛として馬車についた傭兵の胸ぐらを掴みネロは激昂する。
「これでは話が違うだろうがァァァァ!!」
ネロは傭兵団の団長、エドガーに対し、逐一、町の情報を伝えるよう命じていた。
町に他の商人が入らないよう妨害するようにも命じていた。
数週間前、転移を得意とする魔法士が帰って来なくなったことから不死の魔鳥にやられたと結論付け、卸売業者が町に物資を卸していないことを確認の上、どの位で飢饉が発生するか計算したのだ。
当然、その間も、エドガーには、再三、町の様子を伺ってくるよう命じた。
その必要はないと断ってきたのは他でもない団長のエドガーだ。
怒り狂うネロを前に傭兵は困惑の色を浮かべる。
「そ、そう言われましても、それは団長の判断で……」
「そんなの知ったことかァァァァ! お前らが大丈夫だと言うから信頼したんだろうがァァァァ!!」
顔を真っ赤に染め怒り狂うネロ。
困惑する傭兵の前でネロはハッとした表情を浮かべる。
「ま、まさか……!?」
飢饉が発生していないということは、町に食料を運び込んだ者がいるということ。
そんな当たり前の事実に気付いたネロは、傭兵から手を離し、馬車を乗り捨てクラウス商店の下へと走り出す。
「……まさか、まさか、まさか、まさか、まさか!」
卸売業者には町に食料物資を卸さないよう厳命してある。
この町の覇権を握っているのはネロだ。
卸売業者が裏切るとは思えない。
御用商人であるネロ以外のルートを持たない領主にも不可能だ。
と、いうことは?
思い付くのはクラウス商店。
クラウス商店のある通りに近付くと、通りには長蛇の列ができていた。
「――やはり……しかし、何が起こって……」
何がどうなってこうなったのか……。
その答えが見付からず立ち尽くしていると、アイスクリームを持った子どもがネロに向かってぶつかってくる。
「――あ痛たたたっ……ああっ! ボクのアイスクリームが……!?」
ネロの股間にべったり付着したアイスクリーム。
ベチョッという音と共にアイスクリームが地面に落ちると、ネロは般若のような視線を子どもへと向ける。
「こ、このクソガキがァァァァ!!」
「う、うわわわわっ……! ご、ごめんなさぁぁぁぁい!!」
怒鳴り散らすネロに、逃げる子ども。
周囲の大人たちが、なんだなんだとこちらに視線を向けてくる。
ネロは舌打ちをすると、列の脇を抜けクラウス商店に向かう。
飢餓に苦しみ暴徒化した町民により略奪の限りを尽くされると想定していたネロは、クラウス商店を前に唖然とした表情を浮かべる。
「ど、どういうことだ。これはどういうことだ??」
何度も言うが、ネロの想定では、暴徒化した町民によりクラウス商店は見るも無惨な状態になっているはずだった。
しかし、現状、どうだ?
飢饉が発生し、飢餓に苦しむ町民もいなければ、略奪の限りを尽くされた様子もない。
それ所か、町民が列を成し、クラウス商店に並んでいる。
「当店では御用商人となった記念と致しまして店頭の商品すべてが半額となっております! 在庫はまだまだございますので安心してご利用ください!」
「ご、御用商人だと!?」
飢饉が発生していないどころか、領主の裏切りまで発生していた。
道に落ちていたチラシを見てネロは唖然とする。そこには、御用商人認定記念半額セールと書かれていた。
しかも、チラシの隅にあるこのマークは……。
「り、領主の家紋!? まさか、そんな馬鹿な!?」
飢饉が発生していないことも驚いたが、クラウス商店がこの町の御用商人になっていたことも驚いた。
資金力に乏しいクラウス商店では、御用商人になることは不可能と思い込んでいたためだ。
御用商人に就任したということは、それだけ多くの商品を捌くことができるようになったということ……!
マズイことになったと、ネロは眉間に皺を寄せる。
クラウス商店で扱う物と、クリボッタ商会で取り扱う物とでは、安さも品質もまるで違う。
安くて品質はいいが少数にしか販売することのできないクラウス商店。
高く品質は悪いが多くの者に商品を販売できるクリボッタ商会と、これまでは曲がりなりとも差別化が図られていた。
その差別化が、飢饉発生という危機を目の当たりにして破られたのだ。
これから先、この町で商売を続けるにしても、クラウス商店よりも良い物を安く売らなければ、勝負にもならない。
「――おい。どけ! ワシはクリボッタ商会の会頭だ。エールの町の御用商人だぞ! 邪魔だ。どけ!!」
そう怒鳴り散らしながら店に入ると、そこには食料品から日用品に至るまで大量の商品が積まれていた。
しかも、クリボッタ商会で取り扱っている商品より品質が高く、価格が安いのが一目でわかる。
「ば、馬鹿な……! これほどの商品をこんなに安く……!?」
クリボッタ商会でこんなことをすれば赤字は必至。
想定外の衝撃を受け、よろめくネロ。
ネロは必死になって考える。
誰だ……誰がこのワシを裏切った……!?
積まれた商品の量を見れば、卸売業者が裏切っているのは一目瞭然だ。
しかし、資金は?
これだけ大量の商品を仕入れるには金が必要だ。薄利多売のクラウス商店にそれだけの蓄えがあるとは思えない。
まさか領主か?
領主の奴がクラウス商店に金を貸し付けたのか?
「おや、あなたは……」
その場で考え込んでいると、この商店の店主、クラウスが話しかけてくる。
「ああ、やっぱり、クリボッタ商会のネロ様でしたか」
「ぐっ、貴様は……!」
利に目ざとい狐が……!
クラウスを前にネロはギリギリと音を立て歯軋りする。
卸売業者に裏切者が混じっているのは確実だ。それ以外の回答が見当たらない。
「……どこからだ。貴様、どこから商品を仕入れた!」
卸売業者に裏切者がいるのだろうと、ネロは半ば確信を持って言う。
「貴様の店がこれだけ大量の商品を仕入れられるはずがない! 誰だ。誰が裏切った!? 卸売業者の中に裏切者がいるのだろう? サッサと言え!!」
ネロの言葉を受け困惑するクラウス。
そんなクラウスの様子を見て図星を付いたと確信したネロは畳み掛けるように質問する。
「それとも領主か!? 領主の奴が貴様に金を貸しているのだろう! どうなのだ!?」
御用商人としての役割を放棄したばかりか、不死の魔鳥の出現に驚き、一目散に逃げ出したのはネロである。
しかし、ネロの精神は信じられないほど図太い。自分は悪くない。むしろ自分は被害者だとと本気で思っている。
「えっとですね……」
圧倒的被害妄想を前にどう回答したものかと逡巡していると、
「もういい! 今に見ていろ! 貴様はこのワシを怒らせた。貴様のちっぽけな店など絶対に潰してやる!!」
そう言って、ネロは怒り散らし店から出て行ってしまう。
「ええい、忌々しい奴め!! こうなったらワシも安売り路線だ! 持ち前の資金力でクラウス商店を擦り潰してやる!!」
「ネ、ネロ様ぁー!」
クラウス商店から出ると、食料を積み込んだ馬車が目の前に止まる。
ネロの馬車だ。
情けない声を上げる傭兵を睨み付けると、ネロは馬車に乗り込み怒鳴り散らす。
「クリボッタ商会の本店に迎え! 早くしろ!」
「は、はい。わかりました!」
傭兵が馬に鞭を入れると、馬車はまっすぐ走り出す。
クラウス商店に並ぶ町民の姿を見て、ネロは怒りの表情を浮かべた。
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