第26話 赤子、領主と交渉する
「――カプッ」
領主に兵士たちの蘇生を伝え、クラウス商店に戻ったステラは、店に到着してすぐ乳母の乳に吸いついていた。
かれこれもう三時間も乳を飲んでいない。喉がカラカラだ。お腹も空いている。
乳に吸い付くと、乳母が頭を撫でながら話しかけてくる。
「あらあら、もうお腹が空いたんですか?」
「あーあー(それはもう腹ペコだ)」
なにせ、ボクの主食は乳だからな。
乳は腹持ちが悪い。
しかし、これ以外に栄養補給できるものがないのだ。
そのため、日に八回は乳母の乳に吸い付いている。
「――坊やがおっぱいを飲んでくれるお陰で胸が痛く無くなるから助かるわ」
「あーあー(まあ、成長期だからな)」
それに最近、乳母の乳がうまく思えてきた。
おそらく、乳を吸いまくったお陰で乳母の乳腺炎が治り塩辛くなくなったためだろう。
十分位、乳を吸っていると、玄関口が騒がしくなってくる。
どうやら、クラウスを尋ね領主がやってきたようだ。
何しに来たんだろ?
乳を吸うのを止め、寝たフリをすると、乳母は赤子を寝床へと置く。
乳母が去ったことを確認すると、ボクはムクリと起き上がり、玄関口へと向かった。
「……領主様、どうか頭を上げてください」
「御用商人であるネロの店が全店休業してしまった今、頼れるのは貴殿だけなのだ。頼む。頼む……」
ふむ。そういうことか。
どうやら領主はクラウスに食料品の大量仕入れを依頼しに来たらしい。
なんでも、町に不死の魔鳥が現れたらしく。それが原因で、クリボッタ商会の会頭、ネロが逃げ出し、町中にある店舗を全店休業にしたようだ。鳥が町中に現れた位で逃げ出すとは、なんとも軟弱な商人である。
この町の商人はネロが妨害工作に勤しんだ結果、クリボッタ商会とクラウス商店だけ。
クリボッタ商会に商品を卸している卸売業者も、クリボッタ商会との取引を失いたくないためか忖度しているようだ。
そのため、卸売業者から直接仕入は難しい。
そこで、そんな中にあっても、商品を仕入れることのできるクラウスに白羽の矢を立てたようだ。
まあ、その考えは間違っていない。
あれは莫大な霊力を使うので、正直、あまり使いたくなかったが、検証の結果、魔力でも代用可能なことがわかった。
つまりは、創造し放題。敵対店舗は休業中なのでやりたい放題である。
ボクは扉を開けると、クラウスの代わりに返事をする。
「――わかった。その依頼引き受けよう。ただし、条件がある」
扉を開け現れたボクの姿を見て、領主は唖然とした表情を浮かべる。
「……へ? な、なぜ、この赤子がクラウス商店に??」
不死の魔鳥を町中に解き放った元凶にして、領主にとって苦悩の種子。
なぜ、件の赤子がここにいるのかわからないと曰う領主にクラウスが補足する。
「僭越ながら私が養子として養わせて頂いております」
「……よ、養子??」
「ええ、養子です」
すると今度は領主の顔が唖然とした表情のまま固まってしまった。
そんなに驚くことでもないだろうに、何を驚いているのか意味がわからない。
「ちょっと、御耳を拝借……」
訳の分からないことを言うと、領主はクラウスに耳打ちする。
『――あ、あの赤子は不死の魔鳥を支配下に置き、死んだ兵士たちを蘇らせた規格外な赤子だぞ? 大丈夫なんだろうな??』
全部丸聞こえだ。
どうやら、領主はボクが心を読めることを忘れているらしい。
何より頼みにきた分際で、クラウスに対し、偉そうなもの言いをするのが気に食わない。
クラウスの代わりにボクが領主の質問に答える。
「――それのどこに問題がある?」
領主からすると問題しかないだろうが、ボクには関係ない。
不死の魔鳥がボクの管理下にあることや、町を攻撃する意図がないことは既に伝えてある。
クリボッタ商会のネロが全店休業にしたことはネロの事情でボクのせいではない。
勝手な思い込みで勝手に怖がっているだけだ。
勝手に思い込み勝手に怖がっていることをボクのせいにされては堪らない。
両手に炎を浮かべ、短く簡潔に答えてやると領主は「ひぃ!」と歓喜の声を上げ、後退る。
「――おかしいな、聞こえなかったのか? もう一度だけ言うぞ。それのどこに問題がある?」
そう尋ねると、領主は答え辛そうに返答する。
「……い、いえ。問題ありません」
「そうか。問題ないか。それでは、この話は終わりだな。話を元に戻そう」
「……は、はい」
領主はもう帰りたそうな空気を醸し出している。しかし、まだ商談は終わっていない。
「それで、その依頼を引き受けるに辺り、条件があるのだが聞いてくれるかな?」
「は、はい。それはもちろん……私にできることであれば……」
段々、トーンが小さくなっていく領主。
「私にできることであれば」という言質を取ったボクは笑みを浮かべる。
「そうか。それを聞いて安心したよ。それでは……」
そう言うと、赤子はいくつかの要求を領主に突き付けた。
◆◆◆
町中に不死の魔鳥が現れたことを発端に隣町に避難したエールの町の御用商人、ネロは領主からの手紙を読み鼻を鳴らす。
「ふん。不死の魔鳥が町を守る守護の魔鳥になった? なにを馬鹿なことを……」
不死の魔鳥が町中に現れてから二週間が経過した。町に不死の魔鳥が常駐しているのも確認済み。傭兵団に町の外から確認させたのだから間違いない。
領主の館が不死の魔鳥に破壊されたとの報告も受けている。
にも関わらず、守護の魔鳥だのと荒唐無稽な言い訳をしてくるとは……。
領主は相当焦っているようだ。
まあ、それも当然のこと。
あの町の御用商人はクリボッタ商会を経営するネロ以外存在しない。敵対する商人は淘汰してきたからだ。
まあ、クラウスという例外もいるが、卸売業者にはエールの町に直接商品を下ろさぬよう言い含めてある。物理的にも……な。
ネロの予想が正しければ、町の備蓄はあと五日程度で尽きる。
数日程度の飢餓を体感させ、そのタイミングで不死の魔鳥を倒し、大量の食料を持参すれば……。
「おい。あと一週間しかないが、本当に大丈夫なんだろうな?」
一週間後、傭兵団に不死の魔鳥を倒させることを念頭に食料品の手配をしている。
食料品は足が早い。
こういうことは、タイミングが重要なのだ。
ネロの問いに傭兵団の団長、エドガーが答える。
「ええ、問題ありません。大丈夫ですよ」
「ふん。ならいい」
傭兵団の実力はネロ自身がよく知っている。
「一週間後が楽しみだな……」
ネロの父親は御用商人として領主に取り入り邪魔者を廃し続けることで実質的な町の支配者となった。
御用商人が一人しかいないのだから当たり前だ。例え、領主が御用商人を増やそうとすれば、即座にその商人を潰す。
商人に家族や恋人がいれば、それを使って脅し、脅しが通じなければ攫って奴隷に落とす。
独り身ならばもっと楽だ。普通に攫って殺せばいい。
そうやってクリボッタ一族は商会を大きくしてきた
父親のやり方をラーニングすれば、すべて上手くいく。これは経験則だ。
それから一週間後。
エールの町が一望できる鳳凰山の麓に傭兵たちが集まっていた。
双眼鏡でエールの町を見ると、領主の館の屋根に留まる不死の魔鳥の姿が見える。
「よし。それでは、計画通りにいこう」
エドガーがそう言うと、傭兵たちは複数の打ち上げ筒を地面に設置し始める。
そして、魔物を呼び寄せる効果のある花火玉を詰めると点火の準備に入った。
鳳凰山は不死の魔鳥の縄張り。
そのため、他の魔物は存在しない。
故に、これを打ち上げれば、不死の魔鳥だけを町から誘き出すことができる。
「団長、設置完了しました」
「ご苦労……さて、後は合図を待つだけだね」
町には、最小限の護衛を付けたネロが向かっている。
その場に待機して少しだけ時間が過ぎた時、空に黒煙が上がるのが見えた。
「合図だ。皆、戦闘準備ー」
その合図と共に傭兵は打ち上げ花火に点火する。その瞬間『ドーン!』という音が鳴り、空に大輪の花が咲いた。
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