太陽の墓 (2)
「墓を……? 君の…………?」
「そう」
「……君、病気なの? 余命とか、あるの?」
「ううん。僕は健康そのものさ」
「じゃあなんで君の墓なんて……」
「あ。この辺りがいいなぁ。ちょうどいい具合に平らになってるし、手前すぎず奥すぎず、うん、いいね、ここがいい!」
「いや、ちょっと、あの……」
「ここはとても良いところだから。僕はここに入りたい」
「…………」
彼はそう言って、僕に向かって微笑んだ。
その笑顔はやっぱり眩しくて、…………「自分の墓を作って欲しい」という言葉を、こんな綺麗な笑顔で口にする彼が、どこか恐ろしくもあった。
それからというもの、彼は本当にこの墓場にたびたびやって来るようになった。
「ここはとても居心地がいいね」
「やっぱりおかしい。それはそんな笑顔で言うことじゃない」
「なぜ? 好きな場所を好きだと言う時は、みんな自然と笑顔になるものだろう?」
「忘れているの? ここは墓場なの」
「そんなの見ればわかるよ」
「…………」
「でも、やっぱりキミにとっては僕の存在はお邪魔かな」
「……別に」
「そう? でも、キミは一人になりたくてここに来ているんじゃないの?」
「違う」
「違うの?」
「…………? あれ……?」
『違う』――と、僕は自然に口走った。
でも、何が違う? 一人になりたくてここへ来ている。確かにそのはずだったのではないのか?
「いや……そのはずだったんだ……けど、……違ったのかな……? いや、でも、そんなはずは……」
「違ったならそのほうがいい。それなら僕がここに居ても、キミの邪魔にはなっていないってことだからね」
「それはまぁ、……それでいいんだけど…………」
けれど、本当に違ったというのなら……それなら僕は、なぜこの墓場に惹かれているのだろうか?
僕を馬鹿にするあいつらも、僕を殴るあいつらも、僕を脅すあいつらも、ここには居ないから。
僕の嫌いな奴らが、ここには居ない。だから僕はここが好きで、ここを、墓場を、愛して愛されていた。
……そう思っていたのに、そうじゃなかったなら、なぜ…………?
「やっぱりキミは、どこまでも『キミ』だよね」
「…………」
一拍遅れて、何か言われたことに気がついた。
「……へ? ごめん、何?」
「僕がキミに惹かれる理由を言っただけだよ」
「?」
「そしてこの墓場に惹かれるのは、キミが大事にしている場所だから。……だからキミの手で、僕をここに葬って欲しいって。そう思うんだろうね」
「…………」
「そうだ。僕の墓になる所に、僕が入るまでの間、代わりにこの箱を埋めておくね」
「え? 箱?」
「そう。この小箱、ここに埋めておくから、覚えておいてね」
「何が入っているの?」
「薬」
「薬? 怪しいやつ?」
「ん〜……ふふ、そうだね。怪しいやつだ」
「……なんか嫌だなぁ」
それからいくつかの月日が過ぎても、僕達はこの墓地で会い続けていた。
何をするでもなく、ただここに居るだけ。
お互いのことを深く話すこともなければ、相手をよく知ることもない。
僕にとっての彼も、彼にとっての僕も。どこの誰なのかもわからない、ただの変わった、……けれどなぜだか、一緒に居たいと思う人。
それだけだった。
そんなふうに思っていた、――ある日のことだ。
「……は、……ははっ…………」
「…………え……?」
彼は、黒やグレーばっかりの世界に、真っ赤な血をたくさん流して、僕に向かって笑いかけながらやって来た。
「何!? 何があったの!? こんな酷い怪我……早く、早く手当をしないと……!」
「……大丈夫。恐れなくていいんだよ……。……最初から決まっていたことが……今日になっただけだから…………」
「はぁ? 何を言ってるのかわからない! とにかく救急車を!!」
「……僕の、墓に…………入る時が……きたんだ……」
「……え…………?」
「……ここに……僕の、墓を作って……。……キミが、僕を……ここへ葬って…………」
「…………」
笑っているだけに見えた彼は、――笑いながら泣いていた。
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