太陽の墓

摩訶子(まかこ)

太陽の墓 (1)

墓場が、僕の気に入りの居場所だった。

ここにはいつも、誰も居ない。

ここに居れば、誰も僕を攻撃しない。誰も僕を馬鹿にしない。嘲笑われることも、さげすまれることも、罵倒されることもない。

だから僕はこの場所が好きだ。愛しているとすら言えるかもしれない。

だからこそ、僕の愛が伝わって、墓たちも僕に愛情を向けてくれているのだと思う。

この場所に居る時にだけ、何か不思議なエネルギーのようなものが満ち満ちてくるのを感じることができる。

僕のような人間が墓場に惹かれるのは、きっと当たり前のことなのだろう。


……しかし、『彼』は違う。

彼はどう見たって、こんな場所にはとてもじゃないが似つかわしくない。

かつては舗装されていたのであろう、散り散りになった石畳に躓かされる足元も、鬱蒼と生い茂る木々に阻まれて殆ど見えないまばらな空も、

長年手入れもされないまま雨風に晒され続け、名前を読み取るのがやっとといった薄汚れた冷たい墓石たちも。

全てが彼とは相容れない、磁石のS極N極ほどに正反対の存在に思えた。

――なのに何故、彼はここに現れたのか。


「こんにちは。初めまして、のほうが相応しいのかな? 挨拶の優先順位ってものは難しいね」

「…………」

「あれ、どうかした? 急に話しかけたら迷惑だったかい?」

「眩しい。意味がわからない」

「へ?」


なんでこんな所に、こんな人が来たのか。

僕のアタリマエが、少しずつ崩れてゆく予感がした。





「こんな所に人が居るとは思わなかったよ。キミはいつもここに居るの?」

「……そうだけど」

「へぇ。なぜ?」

「ここが好きだから」

「古い墓地が好きなの? 珍しいね」

「……君みたいな人には、きっと一生わからないよ」

「……そうかな?」

「え?」

「ううん! ねえ、僕もこれから、ここに来てもいい?」

「別に僕の所有地じゃないし、許可取る必要なんてないけど」

「やった! じゃあ、これからよろしくね!」

「…………」


見れば見るほどに似合わなかった。

黒みたいな緑とか、茶色みたいなグレーとか。そんな色ばっかりのこの墓地に、――突然、明るいニンジン色の髪の毛が現れて、踊るようにぴょこぴょこ跳ねて。

これがもし絵筆だったなら、この墓地の色を全部明るい色に塗り替えてしまうんじゃないかって。

有り得ないことを心配して、自分が急に馬鹿になったような気がした。

頬にも、唇にも、彼はちゃんと『色』がある。

勿論誰にだってあるけれど、例えば僕なんかみたいな、あるのかないのかわからないような血色の悪い色ではなくて。

彼はちゃんと生きている、命の色を持っているみたいだった。

――そして瞳は。透き通っているのに深い、何かに似ているブルー。

何だっけ……? …………あ、そうだ……。


「ん? なに? 僕の顔に何か付いている?」

「僕、ニンジンが苦手でね。どうしても食べなきゃいけない時は、『太陽を食べてるんだ』って思うようにしているんだ。そうしたらなんか、すごいことをしているような気分になるから。少しだけいい気になって、何とか食べられるんだよ」

「へ? 急に何の話だい?」

「君の話」

「僕の? 今の話が?」

「そう」

「? 何だか変わった人だねキミは」


そうだ。青い空に、眩しい太陽。彼が似ているのは、そんな朝の景色だ。

……気づいてますますわからなくなる。なぜこんな所に、こんな太陽が現れたのか。


「変わっているのは君のほう。全部似合わない。ここにある全部、君みたいな人には」

「そう? まあそう言わずにさ。せっかくここに来ることを許してくれたんだから、僕のこともここの仲間だって認めてよ」

「別にいいけど、なんでこんな場所に来たがるの? 君が好きになるようなものなんて、ここにある?」

「僕は好きだよ、この場所」


――だからね、ひとつお願いがあるんだ。

――お願い?

――あのね、


『僕の墓を、ここに作って欲しいんだ』

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