放課後勉強会

『こんばんは。放送委員会委員長、音宮おとみや鳴子なるこです。ただ今の時刻は、17時です。日も落ちて、暗くなっています。そのため、これから帰る人は足元に気を付けてください。ああ、でも、足元ばかりを見ていても、きっと暗い気持ちになってしまうだけですから……ぜひ、星を見上げて帰ってください。12月は北極星など、見える星が沢山ありますよ。どんな星があるのか……調べてみるのも、いいかもしれませんね』


 校舎の中を、そんな放送が流れる。促されるように窓の外を見ると、確かに暗くなっている。空には、微かにだけれど星が見えて。


 冬の星空か。……ののかが星座早見盤片手に、色々教えてくれたな。一応真面目に聞いたけど、あんまり覚えてないな。


 放送委員長にも勧められたことだし、今度図書館で改めて調べてみるか。なんて考える。そうして思い出に浸るのもいいだろう。


 そうして外を眺めていると、隣に誰かがやって来る。その人物を見上げると……そこにいたのは、雷電らいでんせん先輩だった。窓枠で頬杖を付き、微笑みながらこちらを見つめている。


「……こんばんは、雷電先輩」

「うん、こんばんは~。……灯子ちゃん、何してたの?」

「星を、見ていました」

「星か~。ロマンチックだよね」


 そう言うと、雷電先輩も窓の外に目をやった。別に、ロマンチックだから見ていたわけではないけれど、と思いつつ、僕も視線を外に戻す。星の輝きは変わらない。


「……雷電先輩は、何してたんですか?」

「んー、適当に歩いてただけかなぁ。……もう少し時間潰さないといけないんだけど、やることもなくて暇でさ」

「……そうですか」


 もう少し時間を潰さないといけない。帰ってはいけない理由でもあるのだろうか、と思うけれど……聞くのは無粋か、と思い、それ以上は何も言わなかった。


 しばらく2人で並んで、冬の夜の空を見上げて。流石に窓辺は肌寒いな、と思っていると、雷電先輩が口を開いた。


「灯子ちゃんは、帰らなくて大丈夫なの? これからもっと寒くなると思うけど」

「まあ、家に帰ったところですることもないので……」


 帰ってもいいし、帰らなくてもいい。そう思って、僕は。


「……良ければ、その時間潰し……お付き合いしましょうか?」

「え?」


 僕の申し出に、雷電先輩は驚いたように声をあげる。……しかしすぐに、ふにゃりと柔らかな笑みを浮かべた。


「そうしてもらえると、俺は嬉しいけど……大丈夫なの?」

「ええ。どうせなら、人といた方が楽しいと思いますし」

「そっか……じゃあ、お言葉に甘えようかなっ」


 雷電先輩は、心底嬉しそうにそう言って。思わず僕も、口元が緩むのが分かった。


 ただ、このまま話すだけというのもあれなので、何かするか、という話になった。相談した結果、テストも近づいてきているわけだし、一緒にテスト勉強をしよう、ということで落ち着いた。

 というわけで、勉強をするために図書館へ移動しようと2人で歩いていると。


「閃、溌剌はつらつ伊勢美。2人揃ってどうしたんだ?」


 前から現れた人影が、僕たちに声を掛ける。墓前先輩だった。


「糸凌。実は今から、灯子ちゃんと勉強することになってさ~。お前も来る?」

「ああ、そうなのか。……そうだな、溌剌伊勢美が嫌じゃなければ、邪魔させてもらおうかな」

「あ、全然嫌じゃないです。ぜひどうぞ」

「分かった、じゃあ勉強道具持ってくるわ。……場所どこだ? 図書館?」

「そそっ、じゃ、先行ってんね~」


 雷電先輩の返答に墓前先輩は頷き、駆け足で去っていく。別にそんな急がなくても……と思っていると、廊下は走らない!! という叱責の声が。相変わらず、よく通る声だ。


『あ、とうこちゃん!! また会ったね!!』

「聖先輩。……瀬尾先輩も。昼間ぶりですね。今お帰りですか?」

「ええ、まあ。……彼は何故、あんなに急いでいたんですか?」

「あ、俺たちこれから勉強会するんですよ~。で、あいつは勉強道具取りに行くっつって。……あ、先輩たちも良ければどうですか?」

「え、いえ、私たちは帰り……」

『行きたい!!』


 雷電先輩の誘いを断ろうとしていた瀬尾先輩だが、聖先輩の嬉しそうな声がそれを打ち消す。瀬尾先輩はギョッとした表情で固まり、しかし身を乗り出す聖先輩を見て……ため息を吐いた。


「はあ……分かりました。偲歌が行くなら、私も行きます」

『わぁい!! すぅちゃんもいっしょ!!』

「ただし、偲歌? 勉強会なのですから、遊ばず、ちゃんと勉強するんですよ?」

『……はぁい……』

「ふふっ、私が教えますから、大丈夫ですよ」


 テンションが上がっていた聖先輩だったが、瀬尾先輩に注意され、分かりやすくへこむ。その様子を、僕と雷電先輩は微笑ましく眺めていた。


 ……ていうか雷電先輩、本当にフットワークが軽いというか……誰に対しても物怖じしないというか……。


「あ、灯子ちゃん」


 そこで今度は背後から名前を呼ばれる。振り返るとそこには……ココちゃんと、持木くんの姿があった。


「先輩方も、こんばんは。……どうしたの? この集まり」

「図書館でテスト勉強しようってことになり……」

「へぇ~、そうなんだ」


 持木くんは若干気まずそうな顔をしていたが、そんなことに構わず、ココちゃんは僕に近寄ってくる。そして僕の返答を聞くと、感心したように頷いて。

 ……それから、何かを考えるような素振りを見せた。


「……ねぇ、それ、あたしと帆紫ほむらも参加していい?」

「はぁ!?」


 ココちゃんのその申し出に、持木くんが驚いたように大声を上げる。そんな持木くんを、笑いながらココちゃんが振り返った。


「いいじゃん。だって、あんたって自主的に勉強しないし」

「っ、そ、そうだけど、でも……」

「この前成績下がっておじいちゃんから怒られてたじゃん」

「うっ」

「ここには風紀委員長さんとか雷電先輩とか、頭いい人揃ってんだよ? せっかくの機会なんだから、教えてもらいなよ」

「そ、それはまあ、助かるけど……って雷電お前、頭良いの!?」

「え? ……うーん、いいかは分からないけど、一応毎回上位20位以内は取るようにしてるよ~」

「ええ、マジかよ……同じ馬鹿かと思ってたのに……」

「俺知らずのうちに馬鹿にされてたの?」


 雷電先輩は爆笑し、持木くんは落ち込んでいる。決まりね!! とココちゃんは勝ち誇ったように笑っていた。

 そして僕に向けて、ウインクをする。……そんな、気を遣ってくれなくてもいいのに、と僕は思わず苦笑いを浮かべた。


 廊下の真ん中でそんな風に話していると、勉強道具を取りに行っていた墓前先輩が帰ってきて、まだいたのか? ……ていうか人増えてないか? と呆れ気味に告げた。


 そのまま7人で、図書館まで向かう。何の教科をやろうか、とか、テスト範囲ってどこら辺になるんだろう、とか、そういうことを話しながら。


 僕はほんの少し、本当に少しだけ離れて、6人の後ろを歩きながら、それを見つめて。



 ああ、幸せだな。と、この瞬間を噛み締めた。





【第58話 終】





第58話あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818622174454031822

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