立て!!!!!!!!!!!!

「ぐッ……!!!!」


 大智は床に倒れ込み、震えながらも視線を自分の脚に落とす。……左脚には、何かロープのようなものが巻き付いていた。これに足を取られ、転んでしまったらしい。お陰で腕に抱えていたカーラを投げてしまった。……顔を上げると、カーラも床に倒れている。起き上がりそうな様子はなかった。まだ、回復していないのだろう。


 早く、起き上がらないと。カーラさんを連れて外に出ないと。そう思って大智は、まだ足に付いている土を操ってそのロープを切ろうと試みるが……。

 いくら鋭利なナイフを作り、切り刻んでも……それを上回るスピードで、ロープは再生していった。否、さっき以上に脚に絡まってきた。余計に逃げづらくなった。


 何これ、と大智が涙目になっていると……足音が、近づいてくる。ゆっくりと、こつ、こつ、と、響き渡る足音は、何かのタイムリミットのように思えた。一歩、一歩、聞こえるごとに、大智の体は恐怖で震える。


 どうにかしないと。そんな考えが頭の中でグルグル回り、しかし恐怖に邪魔されて、その考えはゴールには辿り着けなかった。


「はは、哀れだね」


 やがて足音の主が姿を現す。それが誰か、なんて、確かめる必要はないだろう。──拳銃を構えた、鷲牙貴由だった。

 貴由は大智の足元に目を向けると、満足そうに笑う。


「僕の異能力を堪能してくれて嬉しいな。抵抗するほど縛りがきつくなるようにしているからね」

「……異能力者……」

「どうして小心者だと言われている僕が、異能犯罪者の管理なんて大役を任されていると思う? 親のコネ、じゃないよ。あの人はそんな理由でこんな重要なポストを任せたりしない。……僕のこの異能力があるからだ。拘束に特化したこの異能力が、ね」


 そう言って貴由は、拳銃を持っていない方の手を掲げる。誘導されるままその先を見ると、その手にはロープが巻き付いていて……いや、よく見るとあれは、ツタだ。植物のツタが、巻き付いているのだ。

 ……そしてその先は、大智の左脚に繋がっている。


「僕の異能力はね、僕が傷をつけたことがある相手なら、そいつがどこにいても任意のタイミングで拘束できる、というものなんだ。だから例え逃げ出しても無駄。僕の銃弾で撃たれた時点で……君たちはもう、負けてるんだよ」

「ッ……!!」


 息を呑む。全てを悟ったからだ。


 自分たちが逃げ出しても、走って追ってこなかった理由。……無駄だったからだ。そんな必死になる必要などなかったからだ。──もう、勝負は決していたから。

 逃げても、無駄だったんだ。


「ッ、ぁッ」


 パァン、と乾いた音が響く。右脚に激痛が走り……視線を落とすと、そこから鮮血が流れ出していた。撃たれたのだ。だって、銃弾を補充する時間なんて沢山あったのだから。

 痛みに苦しむ大智に追い打ちをかけるように、2発目、3発目、と連続で発砲される。それぞれ、左脚、脇腹に命中して。


 分かる。相手の悪意が、こんなにも。──自分の反応を楽しんでいるのだ。わざと致命傷は与えず、傷に苦しむさまを、徐々に絶望が心を染めていくさまを、見ようとしているのだ。


 ……諦めたかった。仲間と訓練を重ねて、過去を乗り越えて、多少は成長したという自負があるけれど……その成功体験を全て凌駕するほどの絶望だった。諦めたい、もう頑張りたくない、どうせ殺すつもりなら、早く殺してほしい。……そう、思ってしまう。


 でも。呟く。でも、諦めたくない。心が、叫ぶ。


 ──ここで諦めたら、結局前と同じままだ。何も変われていないということになる。違うでしょう、僕だって変われたはずでしょう。信頼する人から信頼されて、任されて、託されて、その気持ちに応えたいと願ったでしょう。……ううん、願いじゃ終われない。応える気で、来たんだから。


「君は確か、過去の経験から『痛み』には敏感だったよね。どう? 僕を止めること、諦めてくれる気になった?」

「……て……」

「ん?」


 そろそろトドメを刺すべきか、と思って貴由が喋り始めたところ、大智が何かを小さく呟いているのが分かる。思わず聞き返すと……大智は、叫んだ。


「諦めるな、僕……立て……立てぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」


 両脚を撃ち抜かれたのだ。そこから立ち上がるのは難しいはずだ。痛みに過敏なら、なおさら。……だからこそ大智は、叫んだ。叫ぶことで、痛みを誤魔化して。そしてなにより──自身を奮い立たせるために。


 異能力を使い、再生するより早く、ツタを切り裂く。──大智は、再び立ち上がった。しっかりと、自身の両足で。

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