幸運を引き当てて
「たぶんマズいことになってるぞ、これ」
走りながら、密香はそう告げた。その言葉に、泉は思わず眉をひそめる。
2人は、タイトクの本部まで走っていた。車はないから、例え先程の戦闘で疲れているとしても、自分たちの足に頼るしかない。……全ては、大智とカーラの安否を確かめるため。
鷲牙宗士の息子である、鷲牙貴由が全ての黒幕。にわかに信じがたい事実だが、それが真実なのだ。──自分はその黒幕のところに、部下を放り込んでしまったのだ、ということも。
そして現状は、どうやら
「もう情報収集してるって動きじゃないぞ、これ。……恐らく、戦闘になってる」
「……そうか……」
密香が「Navigation」を使って知った結果を、泉に伝える。泉は冷や汗を流しながらそう呟いた。
「カーラ・パレットに至っては、微動だにしていない。……たぶんこっちはもう……やられてる。今は、尊大智が1人で頑張ってるみたいだな。でも……動きが鈍い。こちらも、それなりに重傷を負ってるんだろう。俺は鷲牙貴由に会ったことがねぇから、そっちの動きは分からないが……鷲牙貴由に部があると言って良いだろう」
「……」
密香から告げられる、無情なまでの現状。本当なら、今すぐにでも助けに割って入ってやりたい。……でも、まだ辿り着かない。どれだけ足を必死に動かそうと、短く見積もってもあと10分はかかる。
カーラは戦闘不能、大智は重症。そんな中で……果たして10分も、持ってくれるのだろうか。
「……くそっ……」
泉は悔しそうに吐き捨てる。大事な部下がピンチだというのに、何も出来ない自分が……不甲斐なくて仕方がなかった。
自分は、状況が好転するのを願うしか出来ない。思わず空を見上げる。そこでは、無数の星が瞬いていて。パレットも、尊も、助かってほしい。2人が諦めるとは思っていない。でも、俺が鷲牙宗士に敵わなかったように、諦めなかったとしてもどうにもならないことはある。だから──2人の気持ちが報われるように。何か、2人にチャンスが、幸運が、舞い降りてくれれば──。
「……あ」
思わず泉は呟く。ふと頭の中を掠めたのは……かなり突飛な発想だった。
密香がこちらを見ているのが分かる。その視線を受けて、泉はすぐに決心した。
どうせ今、何も出来ないなら。……それがどれだけ低い確率でも、賭けてみる価値はあるはずだ。
「……密香」
「……なんだ」
「お前の『Navigation』ってさ。──二次元的にしか、捉えられないんだよね」
例えるなら、スマホに内蔵されている地図。目的地にピンを刺すように……密香には対象の人物がどこにいるのか、そういう風に見ているのだ。
「ああ、そうだ。それがどうした」
「……それを空間的に見ることは、可能?」
泉の問いかけに、密香は黙る。気づけば、2人の足は止まっていた。
「……難しい注文だな。つまり、高層ビルの中に対象人物がいたとして、そいつが何階にいるか分かるか……ってことだろ?」
密香に見えるのは、平面上の点のみ。それがどの高さにいるのか、三次元的に捉えることは──不可能だ。
泉は頷く。すると密香は、大きくため息を吐いて。
「出来ないけど……やれって言うんだろ。何を考えてるかは知らねぇけど……あいつらを、助けるために」
泉はもう一度、頷いた。真剣な表情から一転、穏やかに笑って。
「……俺は昔さ、自分の運を調整することしか、出来なかった。でも……経験を積んで、俺がいる場まで、その範囲を広げることが出来た。……だから、可能なはずだ。お前はあいつらの居場所を三次元的に見る。その結果を聞いた俺は、この場から2人の場の運を最高にする」
つまり今この場で、異能力を成長させろ。と言うのだ。
俺に出来たんだから、お前も出来るはずだと、泉は言っている。簡単に言ってくれるな、と密香はため息を吐いて。
「……お前に出来て、俺に出来ないなんて思われるのも不本意だからな。──やってやるよ」
「……そうこなくっちゃね」
2人は顔を突き合わせ、笑う。
出来る可能性は、著しく低い。異能力を成長させるなんて、事例も少ない。あったとしても、並大抵ではない──人生を変えるほどのショックがあった時とか、そういう時ばかりだ。
確かに今は、ピンチだが。人生を変えるほどかと聞かれると微妙だし。……とにかく、出来るビジョンなど全く見えない。
それでも今は、やるしかない。だって、大事な部下を助けなければいけない。助けると、そう泉が言ったから。
絶望の中に見えた、絶望的な現状を変えるかもしれない、一筋の光。その光を、絶やすわけにはいかない。
だから、出来ないでは終われない。……成功させるのだ。なんとしてでも。
密香は目を閉じる。そうして、集中して──。
自身を奮い立たせるための、大智の叫び。……それを、意識が混濁していたカーラも、聞いていた。
先程異能力を使って多少はマシになったものの、胸元に開いた傷口に、冷たい空気が通っているのが分かる。そしてそこから、命が連れ去られているような感覚がする。立ち上がって、戦う気力などない。
しかし大智のその叫びは、カーラの中に激しく響いた。温もりが、灯った気がした。
──そうだ。諦めちゃダメだ。だってカーラたちは、隊長に託されたんだから。だから、胸を張って帰りたい。ここで終わりなんて、そんなの嫌だ!!
「……うご、いて……」
冷たくなってきた手足に、どうにか力を込める。まだ止まれない。こんなところで終われない。だから、動け。立ち上がって、戦え!!
しかしどれだけ奮い立たせようと、手は微かにしか動かない。立ち上がることは出来ない。口も、上手く動かない。
せめて。せめてポケットにある魔法の絵筆。あれが取れれば。あれでもう一度治癒を使えれば。今よりはマシに、動けるかもしれないのに──!!
限界を超えている感覚がする。脳の中の血管が何本か切れていそうだ。そう思うほどの頭痛がした。
代償のこともある。これが終わったら本当に俺は消えるんじゃないか。そう思ったが、消えるならせめて成長を見せつけてからにしないとな、と思って持ちこたえた。
結果──密香は泉に言われた通り、三次元的に彼らの場所を見た。
「……1階だ。あいつら、1階にいる」
「オッケー。頑張ってくれてありがとう、密香」
泉のその言葉に対し、密香は言葉を返す余裕はなかった。代わりに鼻に違和感があって、触れると、鼻血が出ている。めんどくせぇな、と密香は小さく舌打ちをした。
袖口で乱暴に血を拭うが、止まらない。しばらく抑えてるか、と袖口でそのまま鼻を抑える。──その傍らで、今度は泉が目を閉じていた。
イメージする。方角は北東。ここから目的地までの距離は大体2キロ。1階にいるなら、自分たちと大体目線は同じ。──その場の運を、最高に。自分たちが笑って明日を迎えられるように。
泉は頭の中で、回るスロットを見た。正確にその動きを捉えて──足を3度、踏み鳴らす。
いつものように、「超ラッキー」を出して。頭の中で煌びやかな演出が飛び交う。まるで流星群のように。
「──大当たり♪」
泉は笑う。自分に現場は見えない。だから、成功したのかどうかは分からない。……それでも、確信があった。大丈夫、成功した。俺は──俺たちは、やった。
そして後は……あいつらが自力で、どうにかしてくれるはずだ。
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