期待している

 結果的に、泉と密香は地面にねじ伏せられてしまった。


 宗士が薙刀を手前に引き寄せるではなく、横に振るうことでもう満身創痍だった泉にぶつけると、泉は倒れてしまった。そして一瞬だけでもそれを見て、宗士から意識を外してしまった密香の拳は……避けられ、そして、避けた拍子に振るった薙刀が密香の脇腹にクリーンヒットした。


 あれが最後の気力を振り絞って出した攻撃だったので、2人はもう攻撃など、出来そうになかった。


「……私の勝ちだ」


 薙刀を地面に刺し、宗士がそう告げる。その姿を、2人はただ見上げることしか出来なかった。


 敵わないんだなぁ、と泉は心の中で呟く。……そしてそれを自覚すると、思わず乾いた笑みが零れてきた。


 全力でやっても、上手くいかない。今までもそうだった。そして、今回もそうだった。

 でも何故か、嫌な感じはしなかった。


「……すみませんでした」


 泉はなんとか体を起こしてから、宗士に向けてそう謝罪をする。


「貴方は、黒幕ではなかった。それなのに、疑うような真似をして」


 そして泉は微笑む。宗士は無表情でそれを見つめるだけで、何も答えなかった。


 前までは、それが怖いと思っていたのに。今の泉に、そんな気は起きなかった。……自分でも驚くくらい、穏やかで。

 ようやく、等身大で向き合えているような気がした。


「……お前たちは、若い」


 宗士が黙ったまま、永遠の時間が過ぎるのではないかと思われた頃、ようやく宗士が重々しく口を開く。泉に次いで体を起こした密香も、口を挟まずその声を聞いていた。


「だからこそお前たちは、まだまだ考え無しなところが多い。想像力が及ばず、過ちを犯すことも多い。迷い、選び、間違え、世界からはじかれる」


 なんだ、悪口か? と泉が渋い顔をし始めたところで、だが、と宗士が続ける。


「それでもお前たちは、歩むことをやめなかった。仲間と手を取り合い、何度でもしぶとく立ち上がり、理不尽な脅威にも負けず、常に挑む姿勢を見せてきた。──私はお前たちの、そんなところを評価している」

「……!」


 思わず泉は目を見開いた。まさか、彼の口から「評価している」だなんて……そんな言葉が聞けるだなんて、思っていなかったからだ。


「他者の為ならば自分が不利益を被ることも厭わず動き出し、時には無鉄砲にも感じる行動に走る……社会的に言えば、それらは咎められるべき行為であり、私もたびたびお前たちの勝手な行動について咎めてきた。

 ……だが一方で、この世の中にはお前たちのような人間が必要だとも思っている。私の周囲にいる人間もそうだが……この世は保守的な者が多すぎる。権力にすり寄り、富に胡坐をかき、力こそが全て。そう思う者が多い。だからこそ、お前たちのような人間は貴重だ。だから私は、お前たちを隔離した。……お前たちが、好きに動けるよう」


 泉は先程から、驚きで言葉を失っていた。ぽかーんとする、という表現が一番適切だろう。……それほど彼の口から次々に飛び出す言葉は、泉にとってはありえないと思うことばかりだった。


「今回の奇襲、私は目をつぶる。──今後も期待しているぞ、『湖畔隊』」


 期待している。これまでも、何度も言われたことだ。その度に、わざわざそんな嘘を吐かなくたって、と思っていたが。

 さっき戦ったから、そして、その言葉を聞いたから、分かってしまう。


「……本当に、ずっと、俺たちに……期待しててくれたんですか」

「……言葉の意味がよく分からないな。それ以上、それ以外の意味などあるはずもないだろう」

「あ~……そうですかそうだったんですか~……」


 泉はそう言うと、思わず地面に倒れ、大の字になる。そう言われただけでなんだか、全身からどっと力が抜けた。

 視界の片隅で、密香がこちらを振り返っているのが見える。……その顔は、少しばかり脱力したように、微笑んでいた。だから泉も、同じ表情を密香に向ける。


 見えていなかった。自分は何も分かっていなかった。部下からの思いも、相棒からの思いも、上司からの思いも、自分がいかに愛されているかも。

 本当に、何も。


「……あんた、表情動かねぇから分かりづれぇんだよ~……」

「仕事だからな。いかなる時も隙は見せない」

「武士かよ……」


 もう敬語を保つ気力すらなかった。幸い、宗士に咎められそうな様子もない。だから泉は思う存分、脱力してしまっていた。

 だがそんな泉の気を引き締めるがごとく、宗士が重々しく口を開く。


「……もう全てが終わったような気でいるようだが……まだ、終わってはいないだろう。私が黒幕ではないと理解したのなら、早く次の行動に移せ」

「あー……そうだわ……また1から情報収集か……」


 泉はそう言って体を起こすが、覇気が復活する様子はない。そんな泉に宗士はため息を吐くと、決定的な一言を吐き出した。


「お前たちが黒幕と呼ぶ奴の正体は、私の息子だ。分かったのなら早く動くことだ」

「「…………は??」」


 泉と密香の困惑の声が、重なる。なんで黒幕の正体を知ってるんだ、とか、じゃあ最初から教えてくれれば……など、色々思うところはあるが。

 黒幕の正体は、鷲牙宗士の息子、鷲牙貴由。……大智とカーラが接触している男ではないか。


 泉は宗士を見つめ、その真意を測るが……もちろん、冗談なんてそんなわけがない。そんなことを言う男ではない。本当のことを言った、以上のことなどないのだろう。


「えっ……ええええっ、えっ、自分の息子が犯罪者とか大丈夫なんすかあんた!?」

「大丈夫ではない。事態が明るみになれば、私もただでは済まないだろうな」

「そう言う割には悠長だな!? ……てか知ってたならあんたがどうにかすりゃ良かったんじゃないの!?」

「この件は、お前たちに一任したのだ。ならば私は手を貸すようなことはしない」


 信用されているんだな、と本日何度目かの再確認をするより先に、頭かてぇ~!! という感想が先に来た。流石にそこまでは口に出さなかったが。

 とにかく、そうなればこんなところで呑気に休んでいるわけにはいかない。先に立ち上がった密香の手を借り、泉は立ち上がって。


「……分かりましたよ、その期待に報えるように、責任持って俺たちがどうにかしてきます!!」


 宗士に向け、叫ぶ。泉のその言葉に……宗士は、微かに笑った。


「青柳泉、作り物の笑顔を浮かべるより、今の方が自然体で、良いと思うぞ」

「……あんたが苦手な上司だから、猫被ってただけですよ。じゃっ!!」


 べ、と舌を出してから、泉は密香と共に駆け出す。そして思考はすぐに、部下たちのことに切り替えて。戦闘とかになってなきゃいいけど、と冷や汗を流した。


 鷲牙宗士はそんな2人の後ろ姿を見送る。そして朧月の下、確かに微笑んだ。

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