共に戦うということ

 戦っていくうちに、泉の中には1つの思いが生じ始めていた。


 鷲牙宗士は、黒幕ではないのではないか?


 こうして拳を交えることで、自分も、相手も、〝自身の全て〟を曝け出し、そしてそれによって戦っている。だから、肌で感じる。無意識に、それが分かる。頭ではない……心で感じていると言うべきか。


 とにかく……鷲牙宗士は黒幕ではない。むしろ、潔白を証明するためにこうして戦っているのではないか。そんな気がしてきたのだ。

 彼は最初から言っていた。武術で語ると。……それは黒幕として自分の言い分を通すためだと思っていたが……逆だったのではないか。そう思うのだ。


 そうなると泉の動きには徐々に、〝迷い〟が生じ始めた。もちろん疲れもある。だけどそれ以外にも……迷いが、全身から滲み出ているのが自分でも分かった。自分で分かるくらいなのだから、密香や宗士にも分かられているだろう。でも……一度生まれた迷いは、そう簡単には消えなかった。

 そして迷いによって生まれた隙は……必ず、突かれるものだ。


「遅い」

「はっ……ッ……!!」


 短く言われ、泉は思わず目を見開く。目の前に、宗士の姿があったから。そして──。


 腹部に強い衝撃。少しでも受け流そうと衝撃の方向へ飛ぼうとしたが、間に合わなかった。

 泉は思いっきり吹っ飛び、開いていた縁側から庭に飛び出した。土がいい感じにクッションになってくれて助かったが、全身に強いダメージが残っている。……簡単には起き上がれそうにない。


 しかしここで止まっては、どうなるか分からない。気力を振り絞り、歯を食いしばりながらなんとか上半身だけ起こすが……。


 目の前に、長物が突き付けられている。辺りが暗いため、最初はその正体が分からなかったが、徐々に目が慣れて見えてくる。……薙刀なぎなただった。しかも木刀ではなく、しっかり刃物が付いた刀である。この暗闇の中でも、わずかな光を拾って鈍く輝いているのが、見ただけで分かった。きっと、普段からきちんと手入れをしているのだろう。

 やば、本当に死ぬじゃんこれ。と思わず泉は青ざめる。生憎、体が上手く動きそうになかった。


 ほんの少しでも、迷いを持ったからだ。ほんの少しでも、諦めてしまったからだ。だからその隙を突かれ、こうして窮地に立たされている。いや、座り込んでるけど。そんな現実逃避じみたツッコミは置いておいて。


 別に、いつ死んでもいいなんて思っていた。自分が死んだところで悲しむ人もいないし、次の日にはいつも通りの朝が来るのだろう。……そう思っていた。

 でも今は、違う。死んでもいいだなんて思わない。自分のことを大事に思ってくれている人がいるのだと知ったから。それを真っ直ぐに突きつけてくれた人がいたから。……自分を信じて、戦ってくれる人がいるから。


 ──ほら、今だって。


 吹き飛ばされた泉を、それを追い詰める宗士の後を追って、駆け寄ってくる影がある。……密香だ。

 気配を消し、背後から奇襲を仕掛ける。泉にはどんな効力があるのかさっぱり分からないが、その手に毒を纏わせて。


 だけど宗士は背中に目でも付いているのか、泉に向けている薙刀の柄を、左脇下ごしに後ろに突く。……そこはちょうど、密香が回りこんだところで。密香がギリギリで停止したからいいものの、奇襲としては失敗だった。


「……青柳泉」

「な、え、はい?」


 そこで突然、低い声で名前を呼ばれる。泉は反射的に返事をしてしまい、密香に何やってんだよ、とでも言いたげに眉をひそめられた。

 しかしそんな2人に構わず、宗士は続ける。


「……良き戦友を持ったな」

「……え」


 泉は思わず、目を見開く。……気のせいでなければ、今、密香のことを褒められた気がする。

 しかし宗士に睨みつけられ、思わず肩を震わした。その視線を真正面から受け取り、泉は……彼が何を言いたいのか、悟る。


 ──お前はどうなんだ、と。


 意味が分かると、泉は思わず笑ってしまった。……ああ、自分はいつまで経っても変わらない。1人で勝手に悩んで、迷って、自分の周囲ばかりがとっくの昔に覚悟を決めてくれている。歩き出せないのは、いつだって俺で。

 そして周囲の人が、俺の手を掴み、引っ張り上げてくれるのだ。


 本当に自分は、情けない。1人でまともに歩くことも出来なくて。


 ……だけどきっとまだ、間に合うから。


 泉は再び覚悟を固める。そして……素手であるにも関わらず、左手で刃の部分を握りしめた。血が滴り落ちるのを眺めながら、右手で柄の部分を持つ。そして。


「……おらぁぁぁぁ!!!!」


 動かない体に鞭を撃つという意味でも、痛みに耐えるためにも、泉は叫ぶ。そして持った薙刀をそのまま……自分側へ、引き寄せた。

 人は、持っている物を取られそうになると反射的にそれを食い止めるため、握ってしまう。……鷲牙宗士と言えど、それは同じらしい。泉が引く方向と逆らうように、力が働いた。……正直言って、ここで押し負けそうになるけど。


 一瞬でも隙を作れば、それで十分だ。


「密香!!」

「……!!」


 俺に命令するな、とその目が語っている。でも同時に──どこか楽しそうな、嬉しそうな色をしていた。


 密香は先程詰められなかった一歩を、ようやく詰める。再び毒を生成すると、それを握りしめ、拳を作ると。

 思いっきり前に突き出して。そして。





 衝突──。

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