不利な状況
彼から鷲牙宗士についての情報を多数提供してもらい、それなりに目を通したところで帰ろうとしていたのだが……。
突然、カーラが貴由に胸元を撃たれた。そして大智も、右肩を撃ち抜かれた。
カーラは床に倒れ、大智はまだ立っている。どうして貴由がカーラと大智を撃ったのかは分からないが、向こうが拳銃を下ろさない以上、急いで彼を倒し、そしてカーラを治療しなければならない。
そう思った大智は、その拳を握りしめた。
パンッ、パンッ、と乾いた音が2回連続で響く。その音を聞くだけで震えあがりそうだが、怯む必要はない。……大智は異能力で、拳を固い岩で覆っていた。だから素手で銃弾を
……だがやはり、出来るとは分かっているもの、少しでもタイミングがズレたら……と思うと、青ざめることは不可避だった。
「ふぅ……ここはかなり地面から離れているから、君はてっきり何も出来ないとばかり思っていたけど……対策はしているみたいだね」
「……」
大智の頬を冷や汗が伝う。確かにそうだ。貴由のいる部屋は、それなりに高い階にある。地面からはだいぶ離れているし、大智に鉄筋コンクリートは操れない。1人で戦う以上、もし足元が地面だったら
そして向こうは、どうやら自分の異能力を知っているようだ。まあ、自分より立場が上だから当たり前ではあるかもしれないが。
それに鷲牙貴由は……タイトク内の異能力者、そして、今まで逮捕した異能犯罪者を管理する責任者だ。だからこそ、鷲牙宗士が今まで関わった異能犯罪者の行方などを知っていたわけだし。知っていないわけがないだろう。
……あれ、と大智は思う。もしかして……。
「……く、黒幕って、貴方……?」
「……お荷物な問題児にしては勘が鋭いね。そうだよ。……まあ、もう少し早く分かっていれば、そこの少女は死ななかったかもしれないけどね」
嘲るような貴由のその言葉に思わず叫び出したくなるのを、大智は奥歯を噛んで堪える。お荷物だとか、問題児だとか言われること。目の前にいるのが黒幕だと認められたこと。……カーラはまだ生きているのに、勝手にいない者扱いされたこと。その全てが激情となって、口から出ようとしていたからだ。
だが、すぐに落ち着く。ここで慌てていても仕方がない。……不安しかないけど、でも、今はやれることをやるだけだ。
大智は床を蹴る。岩で覆った拳で、鷲牙貴由を殴りに掛かって。
だがもちろん、そんな簡単には当てさせてくれない。横に転がるがてら、こちらに発砲される。危うく被弾しそうになったが、間一髪のところで避けた。
……こちとら、
次の攻撃は、と構えたところで、ふと貴由が拳銃を大智とはだいぶ外れたところに向ける。その視線誘導に従うと……そこにいるのは、床に倒れるカーラで。
大智はポケットに手をつっこみ、あるものを取り出した。そして取り出したその勢いのまま、床にばら撒く。……それは、土。ケースに入れて、持ち歩くようにしていた。傍に地面がないところでも異能力を使えるように、という対策だった。拳を岩で覆うことが出来たのも、これのお陰だ。
発砲されると同時、大智はばら撒いた土で壁を建てる。タイミングはバッチリで、大智はカーラを守ることは出来た。
そして今の発砲で、6発目。……あの拳銃の型だと、もう銃弾は入らない。ならば、一旦補充する時間が必要なはずだ。
そう判断するや否や、大智は土の壁を撤去すると、カーラの小さな体を持ち上げる。そして扉を丁寧に開ける時間も惜しくて、ばら撒いた土を踏んだ足で扉を蹴り壊す。……後で修理代とか請求されないといいなぁ、と冷や汗を流しながら、大智は一目散に逃げた。
取り残された貴由は空になった拳銃に補充をすると、壊れているところがないか軽く確認し……そして、笑った。
「次は追いかけっこか。……まあ、僕と追いかけっこをしたって、無駄なんだけどね」
大智は非常階段を用い、ひたすら下を目指していた。エレベーターなど、自分から密室という逃げ場のないところに向かうのは危険だ。だから疲れていてもなんでも、階段を使っていた。
腕の中には、瀕死状態のカーラ・パレットがいる。……何故だか貴由は追ってこないので今のうちに治療が出来たらと思うが……あいにく、大智は治療に長けているわけではない。とりあえず撃たれたところに自分のカーディガンを巻きつけて止血はしたが、これが有効な手段なのかは分からない。
だが今は、とりあえず信じるしかない。自分は最善を尽くしているのだと。
「……だい、ち……」
するとそこで、腕の中からか細い声が聞こえた。大智は足を止める。……カーラは薄目を開け、弱々しい瞳で大智のことを見つめていた。
「カーラさんっ……」
「ご……めん、ね……カーラ、ゆだん、しちゃ、ッ……」
「しゃ、喋らないで、大丈夫だから……」
一言一言、その小さな口から紡がれるたび、カーラは苦しそうな表情を浮かべる。見ていられなくて、大智は焦ったようにそう告げた。
カーラは小さく笑う。そして震える手で取り出したのは、魔法の絵筆。カーラが目を閉じると同時、その髪色が、持つ絵筆の毛先が、緑色に変化した。
「……カーラの、みどりは……癒しの色、ッ……」
「っ……再び、立ち上がれる力を!!」
その手から、口から、力が抜けていくのが分かる。だから大智はその手を握って支え、言葉の続きを紡いだ。
これでちゃんと発動するのだろうか、と思ったが、きちんと発動したらしい。軽く絵筆を振ってやると、絵の具が飛び散り……カーラの傷口に付着する。これで少しは良くなるといいんだけど、と大智が思うのも束の間。
上から、足音が近づいてくる音が聞こえた。大智は顔を上げるが、姿は……見えない。しかしここで止まったままで、万が一追いつかれても困る。大智は再びカーラを抱え直すと、また走り降り始めた。
しかし、疑問に思うこともある。……何故聞こえた足音は、あんなにもゆっくりだったのだろう。まるで、追いつく気が無いような……。
そこまで考えて、大智は首を横に振る。向こうがゆっくり来るのなら、好都合だ。早く外に出て、そうしたら地面がある。そうなれば有利なのは僕の方だ。……そう言い聞かせて、降りることに集中した。
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