第55話「勝者は幸運をも味方に付ける」

圧倒的存在

 自慢ではないが、いずみは自分がそれなりに武道では強い、という自負があった。


 鍛え始めたのは、高校に入ってからだった。明け星学園という異能力中心社会では、弱い異能力を持つ自分はあっという間に弱者とみなされ、そして誰でも使えるサンドバッグにされる。……だが、学校に行ってわざわざ痛い目を見るだなんて、死んでもごめんだった。だから鍛えることにした。……やり返すことはないにしても、いざとなれば自分は反撃が出来るのだ、という意識を残すため。そして暴力を振るわれるにも、受け止め方を知っておく必要があると感じたからだ。


 幸いにも、泉にはそれなりに才能があるらしかった。柔道、空手、護身術、剣道、弓道──出来るものは何でもやった。そして、その全てをマスターした。

 全ては、自分を守るために。


 だからこそ、自分を──そして、大事な人を守ることが出来ないのなら、この術を身に着けた意味がない。それなりに自信を持っていたのだが。


「ッ──!!」


 鷲牙わしが宗士そうし。泉以上の武術の達人が、それを嘲笑うがごとく、泉に攻撃を繰り出していた。


 連続で正拳が飛んでくるので、泉はそれをなんとかいなしていく。こんなに連続で、そして一切体幹をブラすことなく、放てるだなんて。

 しかもたまに裏拳や逆突きを放ってくるなど、こちらの集中力が途切れそうなタイミングで意表を突いてくるものだから、性格が悪いと思う。


 泉は攻撃を仕掛けることも出来ず、ただ対処をするしかなかった。



 ──しかし泉は、1人で戦っているわけではない。



「……っ」


 気配を消した密香ひそかが、宗士の懐に飛び込む。密香は2人のように武術ではなく、その異能力を存分に使っていた。彼の動きさえ、少し鈍らせることが出来れば、こちらにも勝ち目はある。だから密香は、取り込むと全身が麻痺をする毒を振りかざし……。


 もちろんそれに気づかない宗士ではない。素早く攻撃射程圏外に避けると、それだけではなく、泉を射程圏内に誘導する。密香は舌打ちをし、毒を消しておいた。

 ついでに泉が近くまで来たので、密香はまるでバレーボールでもするかのようなレシーブの姿勢を取る。泉は目ざとくそれに気づくと、その腕に飛び乗った。

 そして密香が腰を落とし、泉が膝を曲げ……同時に、全力で弛緩する。2人分の力により、泉は猛スピードで宗士に飛び込んだ。


 そのまま跳び蹴りを放つが、見事に躱される。だがそれは想定内だ。たった一発が当たるとも思っていないし、当たったとて、それで倒せるとも思っていない。……泉はしっかりと着地を決めると、間髪入れずに回し蹴りを放つ。再び避けられるが、めげずに連続で技を出し続けた。……重い汗が頬を伝っているのが分かる。


 本当に、自分よりずっと年上の老人だとは思えない軽い身のこなしだ。年長者を馬鹿にするつもりなど一切ないし、もちろん年を食っているからこそ自分より多い経験を積んでいる、ということも充分に理解している。


 だが──認めたくなかった。自分が引けを取っているのだと。そして、敵わないかもしれないという事実を。


 諦めたら、気を抜いたら死ぬ。文字通り命を刈り取られる。そんな緊張感がこの場には張り詰めていて……分かってはいるが、限界は近い。かくん、と足から力が抜けかけたところで……。

 密香と立ち位置を入れ替える。そうすると次は泉が密香のサポートに回り……と、このサイクルを繰り返していた。


 泉も密香も、全力で戦っている。しかしそれだというのに、宗士は2人の攻撃をまるでいなすだけだ。軽く流されている。2人がかりだというのに、自分たちでは足元にも及ばない。

 それでも膝をつくことなく、こうして戦い続けられるのは……隣で、相棒が戦っているから。


 パーカーの中から塩分タブレットを取り出し、噛み砕く。……少し休んで体力も回復してきたところで、再び密香と入れ替わった。


 時間を掛ければ掛けるほど、きっとこちらが不利になる。だから手早く終わらせたい。……打開策を考えなければ。絶対に、2人で勝つために。

 でもどうやって。向こうは考える暇も与えてくれないし!! と、泉は思わず心の中で悲鳴をあげるのだった。

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