皆の味方
……えー、その後も私は、言葉ちゃんの仕事を手伝わされた。だけど……まともだった仕事は、最初の壁直ししかなかった。
例えば。
「会長~!! 園芸部員が今日誰もいなくて~、この広大な花壇の水やりが終わりません~!! 今日私、早く帰らないといけないのに~!!」
用事で帰る園芸部部長の代わりに、無駄に広い花壇の水やりをしたり。
「会長!! 飼育小屋でイチゴと大福が喧嘩してて!!」
生物部のイチゴと大福(※どちらもウサギである)の喧嘩の仲裁をし。
「会長~~~〜、締め切りがぁ、締め切りが迫ってるのにぃ、終わらないんですぅ、助けてくださぁい~~~〜」
締め切りギリギリな漫画部の原稿の手伝いをしたり。
「会長!! いいところに!! モデルになってください!! あっ、そこの転校生ちゃんも!!」
写真部、美術部のモデルとして、しばらく立ちっぱなしでモデルをしたり。
「小鳥遊くん、部員が全員部活をボイコットしてしまって……!! 説得を手伝ってくれないか!?」
サッカー部の顧問の代わりに、ボイコットした部員の説得をしに行ったり。
「会長ー!! 他校の生徒と異能力込みの練習試合なんです~!! 助っ人してくださいーーーー!!」
テニスの練習試合に飛び入り参加をして、優勝を取ったり……。
……まあ、ダイジェストでお送りしました……。
ちなみに私はというと……本当に、全く、役に立たなかった。
花に水はあげ過ぎてしまうし。ウサギには噛まれるし。インクを完成原稿に零すし。同じポーズを保つのは15分が限界だったし。私の一言でサッカー部員たちを怒らせてしまったし。テニスが下手くそかつ、役に立たない異能力だから、ずっとベンチにいたし。
でも、言葉ちゃんは。
「そうなの!? 早く帰りな~!?」「確か大福、怪我してたよね? すぐ止めないと!!」「もー、そうなる前に声かけてって言ってるでしょ!! あと何ページ!?」「もちろん!! どんなポーズ希望?」「大会前だからお互い大変だね、任せて!!」「おっけー、明け星学園は最強だって、勝って証明してやろ~!!」
そんな具合に、そんな優しさを見せながら、確実に役に立っていった。……私のミスも、徹底的にカバーしていく優秀さだった。
「……すごいですね」
「何が?」
新聞部の掲示の手伝いをした(なお、私は貼ろうとした際に脚立から落ちて、新聞部の人を巻き込んでひっくり返った)後、私はしみじみとそう呟いた。一方言葉ちゃんはきょとんとするばかりだ。
「……あ、さっきとーこちゃんがひっくり返ったこと? 確かにあれはすごかったねぇ。お陰でポスターが20枚くらいぐしゃぐしゃになっちゃったし」
「……それは忘れてください……そうじゃなくて、言葉ちゃんです」
「僕?」
「……本当に、『皆の味方』なんだな、と思いまして」
偽善でも、見返りを求めるわけでもなく、ただ純粋に、「人を助ける」。
そんな馬鹿みたいな芸当を、何食わぬ顔でやってしまう人間がいるのか、と思って。
「尊敬した~?」
「別に」
「ありゃ、それは見当違いかぁ」
言葉ちゃんはケラケラ笑う。私はたまらずに目をそらした。
尊敬なんてしていない。どちらかと言えば、心の中で鼻で笑い飛ばしている。なんて無駄で、意味のないことをしているのだろうと。
でも。
それこそが、この学園の「生徒会長」である所以で……沢山の人から、信用され、笑顔を向けてもらえる所以、なのだろう。
……私には関係ないけど。
「ところでとーこちゃんさ、門限とか大丈夫?」
「……今更ですか……?」
スマホを取り出して質問を投げかけた言葉ちゃんに、私は思わずそう返す。
というのも、既に時間は20時を回っていた。普通の高校生だったら、もう帰っているであろう、時間。
「……平気ですよ。一人暮らしですし……特に用事もありませんから」
「そ、なら良かった」
外は暗い。しかし、まだまだ明るい校内。私たちの他にも、沢山の生徒が残っていた。やはり部活をしている人が多いけども……他にも、勉強をしている生徒、友達と喋っている生徒、寝ている生徒、少人数の生徒を前に授業をしている先生……。
この光景は日常茶飯事なのだろう。言葉ちゃんは、その美しい髪と薄紫色のダボダボのジップアップパーカーを翻して、歩いて行く。
堂々と。きっと、ここは言葉ちゃんの庭なのだ。そう思ってしまうような、雰囲気で。
彼女は振り返り、私に向け、微かに微笑む。
行こうか、と、その口は動かなかったけれど、そう言っているのが分かった。
私は頷き、言葉ちゃんの隣を歩く。再び、手を繋いで。
「灯子ちゃん、楽しいのは、ここからだよ」
私はその発言に疑問を持つばかりで、今、「とーこちゃん」ではなく、しっかり「灯子ちゃん」と呼ばれていた、ということに気が付くのは、しばらく後のことである。
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