夜の明け星学園

「朝起きてからのルーティンとかある?」

「……目を覚ますために、ラジオ体操をします」

「うっわ何それ面白そう。……じゃあ、ここから家までどれくらい?」

「……5分くらいです。まあ、監視しやすいんでしょう」

「大変だねぇ。じゃ、好きな教科」

「……特に」

「僕は国語が好きだよぉ。……好きな食べ物は?」

「……特に。毎日豆腐は食べていますが」

「あー、だからそんなに白いの? 細いの? ……じゃ、好きな飲み物」

「アイスティー……っていうか」

「んー?」


 怒涛の質問攻めに、ただ淡々と答えていた私は、ようやく口を開いた。


「何ですか、この質問コーナー」

「とーこちゃんのことをもっと知ろうと思って?」

「……帰っていいですか」

「だーめっ!!」


 どうして……という言葉は飲み込む。たぶん、理由などないから。


「……楽しいのはここから、という発言も回収されていないでしょう」

「それは、もーちょい待って」


 言葉ちゃんは机の上に腰かけて、行儀悪く足をブラブラ、前後に動かしている。……それでいいのか、生徒会長……。


 私たちは、一階の空き教室で目的もなく喋っていた。ひたすら無意味な時間が経っていく。きちんと椅子に座る私は、ため息を吐き。


「お、そろそろ時間だねぇ」


 スマホを見た言葉ちゃんが、突然そう言ったかと思うと。



 教室の電気が、前触れも音もなく突然消えた。



「……何ですか、これ」

「もうちょっと驚いてくれたらいいのに~……ま、いいや。ここ、結構深夜まで残る人とか多いからさ。電気代とかの関係で、あらかじめ消灯時間が決まってるの」


 私もスマホを取り出し、時間を見る。21時。……消す時間としては、まあまあ無難だろう。


「それじゃ、行こっか」


 それが合図だったらしい。言葉ちゃんは机から飛び降り、歩き出す。私も席から立ちあがり、少し遅れてそれに続いた。





 校内は、ポツポツと、小さな明かりが付いていた。スマホの光、非常用の電灯、能力で出した光……そんな小さな光たちが、様々な所で、誰かがそこにいると教えている。

 言葉ちゃんはスマホを片手に、校内をゆっくり歩いて行っていた。そこにいる時間を、優しく噛み締めるように。片時も目をそらさないよう、している気がした。


「楽しいのって」


 私はほぼ確信を得ながら、言う。


「この景色のこと、ですか」


 言葉ちゃんは歩きながら、微かに私を振り返って。


「そ」


 短く、答えた。


 小さな光が、それぞれの場所で、瞬いて。遠くから、楽しそうな声。まるで子供の秘密基地。その間を、半分余所者の私が征く。


「星みたいでしょ」


 星みたいで、綺麗。

 その言葉は、すとんと胸に落ちて。


「……そうですね」


 ただ素直に、「そうだな」と思った。

 一方で、私にまだそんなことを思う感性があったのかと、驚いてしまった。

 こんなの、馬鹿らしい。たかが人工の光が、いくつか好きな場所で、辺りを照らすために点いているだけ。……そんなことは分かっているけれど。

 今はこの名もなき夜空を、素直に噛み締める自分がいた。


「綺麗です」


 そんな私の言葉に、言葉ちゃんが、良かった、と言って笑った。





 その後、私たちは校内を練り歩いた。どうやらあれは、あの小さな星のような光たちを見るため……ではなく。本当の目的は、パトロールだったらしい。たまに、本当にたまに、稀に、優秀な異能力者を攫って高額で売り払ってやろう、という輩が学園内に侵入するらしい。

 もちろん私たち異能力者を前に、それは無駄で終わることがほとんどだが……これも本当にたまに、同じく異能力者……しかも強い者が来ることがあるらしい。そんな事件で学園から姿を消した生徒が、過去にいたと。


 だから言葉ちゃんは、夜の学園をパトロールしているのだ。これまでずっと、1人で。

 生徒会長──この学園で1番強い、異能力者だから。


 まあ後は、この光景を見るのが好きだから、と言っていた。全く苦に思ってなどいないのだろう。……本当に、お人好しだ。


 そんな他愛無い話をしながら、私たちは夜の校内を歩いていた……はずだ。ええっと、確か、少し疲れたからこの空き教室で休憩しよう、ってなって……。

 ……そこからの記憶が、無い。


 気づくと、私は寝てしまっていたらしかった。誰かのリュックを枕にし、体の下には段ボール。更には上半身に、薄紫色のジップアップパーカーが掛けられていて。

 ……このジップアップパーカー……。


「起きた?」


 前から声が飛んできて、私は思わず肩を震わす。すると私に声を掛けて来た言葉ちゃんは、小さく苦笑いを浮かべた。薄暗いけど、それくらいわかる。

 机の上に座る言葉ちゃんの片手にはスマホ。もう片方には文庫本。どうやら、スマホの光を頼りに読書をしていたらしい。


「良かった。もうすぐ起こそうと思ってたんだ」

「……何か、するんですか……」


 笑われたことが少し不服だった私は、思わず機嫌の悪い声で答える。後はただ単に、寝起きだから機嫌が悪い、というのもあるが。

 言葉ちゃんは、よっと、と声を出すと机から飛び降り、私に手を差し出す。


「それは、行ってからのお楽しみ!!」

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