83-昼食を食べる


「お姉ちゃんにご飯できたよって連絡しとこ」

古今泉はメッセージアプリを使って連絡をしたようだ。

「呼びに行かなくていいのか?」


「あ、うん。集中切らせちゃうと悪いから」


そういうもんか。


食卓の上を拭いたりだとかの手伝いをして、食器を出した。

その後に、食器によそったりして用意した。

他人の家の勝手はわからないが、俺は殿子さんの手伝いをしてきたので、そこまでぎこちなくはなかったと思いたい。


作っている時から思ってはいたが、匂いが既にうまそうだった。

食卓に並んだ後だと、更に胃を動かすような刺激を受ける。

食卓にはサラダも用意されている。

そこまで腹を減らしてるつもりはなかったが、俄然腹が減ってきた。


「召し上がって」


「いただきます」


「お口に合うといいけど」


「匂いの時点で素晴らしいから、問題ないと思うが」


金属製のスプーンですくい、口に運ぶ。

米がしっかりとほぐれていたので、適量を口に入れることができた。


先程コンビーフ単体を味見させてもらったが、それとは全然違う。

なるほど。コンビーフはこんな風になるのか。形もほぐれていて、こんなにも溶け込むんだな。


「美味しい」


「よかった」


「コンビーフの許可なんて全然いらないくらい美味しいな」


「そう?コンビーフ嫌な人いるから」


「そうなのか?」


贅沢なものだなと思った。

ただ、まぁ、癖の強いものが苦手な人はいるだろうから、俺がとやかく言うものでもないか。


古今泉は、俺にまだ料理の感想を聞きたかったかもしれないが、そんな料理を褒める語彙は持っていなかった。


だからか、違う話題に行った。



「木々村くん、よく喋ってくれるようになったよね」

「そうか?」

口数に関してそこまで変化してるつもりはなかった。


「私に対しても色々話してくれるようになったと思う。前は凪元くんとしか会話してなかったじゃん」


「そう、なのか?」

「何で疑問形なの?」

古今泉は笑いながら反応したが、俺は凪元としか会話してなかったか?という疑問の方が大きかった。

いや、クラスのやつとも会話してたはずだ。

いや、だが、凪元にはクラスのやつから怖がられてると言われていたような……。

俺は会話してたつもりだが、少なかったのかもしれない。

古今泉とは……。最初から話すべきことは話していたと思うが。


「あー、木々村くんが私に自分の仕事について教えてくれるようになってからかも。こんな風に話せるようになったのって。木々村くん、仕事の話だと口数増えるんだよ。そういうことだ、きっと」


「それは必要なことを伝えるために会話する機会が増えているんだろうな」


「そっか。あ、木々村くん、必要なことしか話してないのかも?世間話とかあまりしなくない?」


「世間話か……例えば?」


「え?なんだろ?天気の話とか?」

「話題に困った時に言うやつだな」

凪元が軽口でそんなことを言ってた気がする。


「そうそう。そういうの。話題に困った時に何話すの?」

「話題に困った時……」

話題に困ったら……俺から話すことはないかもしれない。

黙っていると古今泉は言葉を続けた。

「じゃあ、先に質問を変えようかな。学校では凪元くん以外、誰とよく話す?」


「仕事の話は誰にもしない」

「そーじゃなくて。仕事以外の話。わざと言ってるでしょ」

「……クラスのやつらと……マンガの話をしているな」

苦し紛れに頭に浮かんだことを答えてみた。


「え?ホント?誰と?」

古今泉は心底驚いたような声を出す。表情も崩れた。予想してた返答じゃなかったのだろう。

「いや、特に誰って決まってるわけじゃないが」


「あ、わかった。それ何人かで話してない?」

古今泉は何かピンとくることがあったようだ。

俺は古今泉の質問に答えるために、思い付いた状況を頭の中でもっと鮮明にする。何人かのグループになっていたなぁ。

「ああ。そうだな。確かに5人くらいで話してる時が多いかもしれない」


「その中に凪元くん、いるでしょ」

ほら!予想通り!とでも言いたげな表情で俺に先を促す古今泉。

「あいつは、いつも俺に話しかけてくるな」

「それだよ」

それとは?

俺が何もピンときてないような様子なのを悟って、古今泉は続ける。

「木々村くんって、凪元くんがいない時に、そう言う話しなくない?」

「そういう話?」

「マンガとかの話!!もうわざとでしょ!」

「いや、そんなつもりは……」

少しはあったが。


古今泉が何でもお見通しなんだからね!みたいな顔をしているから、少し抵抗してみたくなった。

古今泉もそれはわかっているのだろう。

呆れた表情を作るが、すぐに切り返す。

「凪元くんが、木々村くんを話の輪に入れている、ってことじゃない?木々村くんから雑談を投げかけることなんてほとんどないんじゃないかな」

と、恐らく1番言いたかったであろうところに話を着地させた。


古今泉が凪元の名前を出した時からこんな結論になるのはわかっていたが、他人に対して認めるのが癪だった。

観念して古今泉の主張を認める。

いや、観念したと言っても、少しばかり抵抗はあるが。


「そうだな……。指摘されれば、その通りだと思う。俺は凪元に巻き込まれてクラスのやつらと会話してる」

全部とは言わないが。必要があれば、自分から話しかけている。

そもそも俺はマンガを読んでいない。

俺がクラスのやつらに自分からマンガの話は振ることはない。


「うん。そう。だから、前は木々村くん、私に対しても必要事項しか話さないから、会話が少なかったんだよ。

今はそうでも……。あ、うん、今でも仕事関係の話が主だけど。

でも、仕事関係の話を今までより私にしてくれるから、前より会話してくれるようになったよね」


そう。

俺は古今泉を協力者にしようとしていたから、ある程度の情報を伝えるようにしていた。

特に今は俺が学校内でポンコツだから。

頼れる存在がいてくれることは心強い。

凪元と古今泉は俺の生命線とも言えるかもしれない。

改めて考えると、俺は古今泉を相当頼りにしているところがある。



「……巻き込んでしまって申し訳ない。だが、今はどうにも、頼れる存在が凪元と古今泉しかいないから……。まだしばらく負担をかけることになると思うが……」

「ごめん!そういうこと言いたかったんじゃなくて……。んーと、私は木々村くんの力になれて嬉しいから。

むしろ、木々村くんの記憶力が戻って、その後、遠ざけられることの方が辛いっていうか。

だから、木々村くんが私に仕事の話をしてくれるのは嬉しいよってこと……かな。

私とお姉ちゃんのこと助けてくれたし……」


古今泉はそう言うと黙った。

古今泉からの感謝の想いを伝えられた。改めての古今泉からの感謝の言葉群は俺にとっては新鮮だったようで、俺の方もどう答えていいかわからなかった。

スプーンと箸が進んだ。



「私がしようとしてた雑談の方向性とは少しズレちゃった」

俺も黙ってしまったのを受け取って、古今泉はまた自分から言葉を切り出した。声色が明るくなった。無理矢理明るくした、という感じだったが。

「そうだったか。申し訳ない」

「ううん。ごめん、そうじゃなくて。無理矢理私が話したい方向性に持っていくより、木々村くんが話しやすい話題を話した方がいいかなって思うし。

逆にその方が木々村くんのことが知れるっていうか」


素直に感心してしまった。

「古今泉って、できた人間だな」

つい、賞賛の言葉が漏れた。

「急に何。そんなこと言われるのはちょっと照れちゃうかな……」

無意識の言葉であったが、本心の言葉でもあった。

変に飾った言葉じゃなく出てきたことが自分でも驚いた。


「そこまで相手を立てられるなんて……。いや、俺の言葉が適切かどうかはわからないが、高校生でそこまで出来る人は……いないんじゃないか?」

俺にはここの高校に入るまで知り合いの高校生なんていなかったから、比較対象が少ないが、それでも、一般的に考えても。

古今泉は出来た人間のように思う。


俺が常日頃話していたのは師匠と殿子さんだが……。

師匠は俺に対して急かしてくるので、窮屈に感じることはある。

だから、殿子さんのような包容力に近いのかもしれない。

流石に二者択一すぎるかもしれないけれど。


「ありがとう。でも、私の場合は、お姉ちゃんっていう目の前にお手本がいたから。それを見習ったというか。だから、本当にすごいのはお姉ちゃんだよ」

「百々華が?」


「うん。そう。お姉ちゃんが」


古今泉百々華は、俺が投げかけた質問に対して、はぐらかしていたイメージが強い。

だから、古今泉からこう言われてもピンと来ないところが大きいのだが。


いや、裏と表を使い分ける、というやつかもしれない。

確かに、百々華と俺はそうやって気を遣い合う関係ではないからな。

どちらかと言うと、第一印象がお互いに悪い方だ。

それを引きずっているのかもしれない。


俺が百々華について思考を巡らせ終わって、古今泉の方を見ると、古今泉はさっきまでの照れは消え、複雑そうな顔をしていた。

これは、相手に聞きにくいことを本当に尋ねようかどうか迷ってるような……そんな顔に思えた。


先程、俺が話しやすい話題をした方がいいよね、と言った手前、自分の気になることを聞いてもいいかどうか悩んでる……とか?


「どうした?何かある?」

「え、いや……あー。うーんと」

「煮え切らないな。気にしないで話してくれていい」

「そう?じゃあ、聞くけど……」

古今泉はちょっと顔を背け、声のトーンが少し落ちた。

「どうしてお姉ちゃんのこと、百々華って呼んでるの?」


面食らった。まさかの方向からの疑問だった。


「古今泉の姉、と言ったり、古今泉百々華とフルネームで呼ぶのは長いから……」


いや、そうか。

呼び捨ては流石に、失礼だったかもしれない。

少なくとも、古今泉の前では敬称をつけるべきだったか。

お姉さん、あるいは、百々華さんと呼び直すようにするか。

「申し訳ない。今度からは気をつける」

「え?ごめん。そうじゃなくて、理由が知りたかっただけで。だって、下の名前を呼び捨てで呼ぶなんて、何か関係が進んでるっていうか」


「ああ、そうか……」

確かに。古今泉百々華のことを思考の中で、百々華とずっと呼んでいたせいで全く違和感はなかったが、はたから聞けば違和感があるか。

注意しなければならない。

師匠にもよく言われる。

俺の感覚はちょっとズレてる、と。


「別に親しいわけではない。むしろ、第一印象は……俺の方はさておき、向こうからはあまりよく思われてないように思う」


「木々村くんはどう思ったの?」

「俺は……言い方が悪くなるが、人の話を聞かない、自分勝手な会話をする人だな、と……」


さておいた意味がなくなった。だが、これが、俺の偽らざる第一印象だ。

古今泉はお姉ちゃんがお手本と言っていたが、俺からしてみれば、その言葉は疑わしく感じていた。人には裏表があるということで納得はしたが。


「今は?」

「今は……古今泉がお姉ちゃんがお手本だったっていうから、もしかして、裏表があって、俺に裏の方を見せてたのかなって」

「あー……裏表か。なるほど。そういう……」


少し古今泉は考えていた。

「そんな納得することあったか?」

「ううん。こっちの話。ごめんね。変なこと聞いちゃって」

「いや、こちらこそ。失礼だったと思い直した」

「私はそんな。本人が気にしてなければいいかなって」

「姉か?」

「お姉ちゃんと木々村くん、両方」


「百々華さんと俺」

「木々村くんから百々華さんって聞くと違和感ある」

笑いながら古今泉は言った。

「そうか?じゃあ、やめとくか」

「お姉ちゃんがいいなら、そのままでいいと思うよ」

「わかった。機会があったら聞いておく」


「うん。そうして」

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