82-昼食準備


「せっかくだから木々村くんのこと教えてもらいたいな」

「俺のこと?」


古今泉は昼食の準備をしながら、俺に尋ねてきた。


俺は古今泉について行き、下に降りた。古今泉が1階にある部屋の扉を開けた。

扉を開けるとリビングがあり、大きなテレビと何人かで腰掛けることのできるソファがあった。

左の方に目を向けると食卓と台所だろう場所があった。



古今泉の台所は食卓と向かい合わせになっていて。

材料を洗ったりしながらなら、向かい合って話ができそうだった。


綺麗な家だった。華美な設えというよりは、上品な雰囲気を受ける。

家具などもしっかりとしたものを揃えているのだろう。


他人の家にお呼ばれするなんて、凪元と古今泉くらいしかなかったが、それでもかなりの上流家庭なのだろうと思った。


凪元の家は和風建築で、かなり広いので、ここと比べるのも違うかもしれないが。


古今泉がキッチンへ入り、俺がダイニングテーブルに腰掛け、何の話題を話すのかというと、古今泉は俺のことについて聞きたいと投げかけてきた。


「中学までの木々村くんの話とか。さっき言ってた殿子さんとか、どんな人なのかなー、とか。話せないのなら話さなくてもいいけど、でも木々村くんがどんな人と関わってきてて、どんな風に過ごしてきたのとか、すごい気になるし」


「そうか」

確かに、俺は普通の人生を送ってはいない。

師匠に拾われたあの時から。逆に言えば、それまでは普通の子供だった。


何を話すべきなのか。今までであれば、俺の話は自分からするわけにはいかず、以前決めた設定を持ち出すことになるくらいだった。

幸にして、設定を話す機会は訪れてなかったが。

ただ、そのせいで俺は設定を忘れかけている。


今の相手は古今泉相手だ。

設定を持ち出すほどでもないか。

今まであまり自分の本当のことを話そうとはしなかったが、なるべく古今泉には正直でいたかった。

そういう気持ちになっていた。

「話せる範囲なら」


「いいの?じゃあ、殿子さんって、どういう人なの?」

古今泉は殿子さんについて気になって仕方ないみたいだ。


「殿子さんは、俺が8歳の時から世話をしてくれてる人で。10歳歳離れてるけど、姉みたいな……。優しい人だ」

「お姉さんなんだ。てか、10歳だけなの?!」

「?」

「保護者代わりの人っていうから、もっと歳離れてるかと思った」

「ああ。殿子さんは今年で26歳のはずだ」

26歳の女性で、俺にとてもよくしてくれている。心惹かれない方がおかしい。

「え、ちょっと待って。殿子さんが18の時から、一緒にいるの?」

このセリフの前にややあって、古今泉が頭の中で計算をしていたようだ。


「そうだな。ちょうど高校を卒業して大学生になった時からだったかな」

「大学生?え?二人暮らししてたの?」

「いや、二人暮らしではないな。俺は師匠と一緒にいることが多かったから。でも、師匠がいないときは2人になっていたかな」

「殿子さんって美人なひと?」

「ああ。俺の贔屓目を除いても美人だと思ってる」

「芸能人なら誰に似てる?!」


「いや、誰だろ……。わからない」

俺は芸能人をあまり知らないから。

「あ、そっか。じゃあ、写真とかない?」


「写真は持ってない」


「今度見せてよ」

「いや、殿子さんの写真はまずいかもしれない」

「そうなの?」

「いや、うーん。多分」

「そっか。残念」


古今泉の中で殿子さん像は固められていないだろう。外見の特徴を何も伝えていない。

けれど、写真の持ち出しはどうなのか。

俺が写真を持ってないということはそういうことなのかもしれない。


「でも、衝撃的過ぎる……。小学生の頃から一緒にいたんだ……美人なお姉さんと……一つ屋根の下……」

「一つ屋根の下?」

聞き慣れない言葉だった。

「ん、えっと。同じ家で暮らしてるって意味」

古今泉は意味を教えてくれた。この語彙力の差はやっぱり国語の勉強の差だろうか。

「なるほど」

「響きが淫靡でしょ?」

「いんび?」


「あー……なんて言うか、エッチみたいな?」

「エッチ?」

「ごめん。なんでもない。やっぱ流して」

「わかった」


一つ屋根の下。後で調べておくか。聞くのは憚られる。


「殿子さんは今どんな仕事してるの?」

古今泉は、昼食の準備を着々と進めながらも質問を繰り出してくる。

俺が手伝うことは本当にないくらいには手際が良さそうだ。

普段から料理に慣れているのかもしれない。

「どんな仕事……。俺の保護者代わりかな」

「それが仕事なの?」

これは仕事なのか?と疑問に思ったが、組織から言われているから俺の保護者役をやっているわけだから、仕事の内だろうと思った。

ただ、殿子さんが組織内においてどんな役職についているのか、等は俺は把握していない。

「それだけじゃないと思うけど。俺は詳しくは知らない。俺は基本的に組織の情報を与えられないから」

「どうして?」

「心の中を覗いたり、思考を読んだりする能力者に襲われた時のために。俺はまだ半人前だから」

「木々村くん、半人前なの?」

「ああ、まぁ、まだな。想像つくと思うけど、学校に入るとポンコツになるくらいだし」


「でも、それは能力かけられたからで」

「そういう能力にかかるところが甘いというか……」

「ふーん。自分に厳しいんだね」

「厳しいというか……」

なんて言うか、これは当たり前の感覚というか。命に関わるから、のんびりしてられないというか。

自分に厳しい、という感覚ではなかった。

実際問題、俺はまだまだ半人前だ。

事件を一人で解決したことがない。

能力者相手には不利な戦いを強いられる俺は、戦いの前線には駆り出されない。

いつかは、前に出されることもあるかもしれないが、今のままだとどうなるのかは、わからない。

今の俺の実力では簡単に捕らえられ、簡単に情報を引き抜かれてしまうだろう。

だから、師匠たちが俺に不必要な情報を与えないというのは、正しいと俺でも思う。

そのお陰で命が救われているとも言える。

それは大袈裟か?

いや、でも、敵対組織が俺をさらうにはコストパフォーマンスが良くない理由にはなっている。


「私は木々村くんに助けられたから、木々村くんが半人前だとは思わなかったけど」


池崎龍弥の話か。

古今泉は池崎龍弥にさらわれた。

その時に助けたのは俺だ。

ただ、アレは池崎龍弥が能力者であっても、即効果発動する能力でなかったこと。

そして戦闘面ではど素人であったことが理由で難なく助けられただけだ。


能力者同士の現場に行った時、俺は誰かに守られながら出ないと、その場にいることも出来ない。


「アレは…相手がよかっただけだ。特に攻撃が得意な能力者でもなかった」


「そっか。そうなのかもだけど、私にとっては木々村くんはヒーローだったよ」

古今泉の声に少し照れているのを感じた。

「ありがとう」

ヒーローと言われるとこちらもちょっと心がくすぐったい。


ヒーローか。

俺にとってのヒーローは、あの時俺を救ってくれた師匠だった。


師匠のようにはなれずとも、あの時のようにヒーローだと思われるような人を目指すのも、俺としてはアリなのかもしれない。

まだまだ修行に励まないと。


「木々村くんって、中学の頃部活とかやってたの?」

俺も少しむず痒くなっているところに古今泉がポンと話題を提供してきた。

「部活はやってないな」

そもそも中学にすら行ってないしな。


「やっぱり忙しかった?」


「そうだな」

「昔から訓練とかしてたの?」


「師匠に拾われてからはやってた」


「小学生の頃からってこと?」


「いや……」

小学生の頃はやってない、と言いそうになった。

「そうだな。それくらいからだ」

正確に言えば、小学3年生の時にはもう学校には通わなかった。

師匠に拾われていた。

その後、やや時間はあったにしろ、俺はそこで訓練を始めた。


「ごめんね。木々村くんに質問ばっかり」

「いや、大丈夫だ」

古今泉も俺の話を聞きたいということだったから、質問されるのはわかっていた。問題はない。

「そう?じゃあ、また聞いちゃうけど、コンビーフチャーハンとか食べれる?」


「……どんなご飯だ?」

「コンビーフの入ったチャーハンだよ。抵抗がなければ作ろうかなって」

「コンビーフか……多分大丈夫だ」

「多分って何?作った後に食べられないってなったら困っちゃうよ」

「いや、コンビーフ、食べたことない。どんなやつなんだ?」


「こんなやつだよ」


缶詰……のようなものを出された。

よく見る缶詰と形が違う気がする。


「味は?」


「味は……うーん。ちょっと食べてみる?」

「いいのか?」


「味見」


古今泉は、中身を開け、スプーンでさっとすくい、俺に手渡した。

それを受け取り、食べてみた。

口元に持っていく時に独特な匂いを感じた。

確かにこれは、嫌がる人もいるのかもしれない。

基本的に余程のものでなければ食べるように指導されているので、これくらいの匂いで怯むことはないのだけど。


「いや、うまいな」

最初、独特な風味がしたと思ったが食べてみたら気にならなかった。



「ホントー。じゃあ、作っちゃうね」

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