81-勉強会


今、日本語という母国語を自由自在に操っている。

操る、と言っても意識的にではない。

無意識的に正しい法則に乗っ取って言葉を使っている。


言葉の変化の仕方など今まで意識したことがなかった。

今使ってる言語がここまで法則に従って変化しているなんて。

そしてそれをまるで自動運転するかのように俺たちが操っていたなんて。

驚きが大きかった。


「古今泉、ありがとう。今まで俺は気づいてなかった」

「私も中学で習ってから知ったんだよ。でも、わかってもらえてよかったよ。活用ってのは、わかった?」

「大体」

大体、わかったと思う。新しい情報が多すぎて大変だった。

完璧にわかったかどうかはわからない。


「で、やっと古文の話になるんだけどー」

と20分ほど聞いた文法の話は実は現代語の話で。


古文はこれからだった。


「いや、でも、多分、これがわかってたら古文もわかりやすいと思うよ」

「そうだな。今ならわかりそうだ。今まで古文の説明聞いてても頭に入ってこなかったけど、このことわかってたら、わかりそうだ。未然連用終止連体仮定命令」

「やる気になってくれたみたいで私も嬉しいな。でも、古文では仮定形じゃなくて、已然形っていうんだよ」

ほら、と古文の文法書の該当部分を古今泉は指差しながら俺に見せてくる。


細い指だな、と俺は思った。


「ホントだ。已然形って書いてあるな」

「そう。だから気をつけてね」



意気揚々と意気込んだはよかったが、古文の方になると、やはり大変だった。

やりづらい。

四段活用はまだいいが、上一段活用、上二段活用、下一段活用、下二段活用……

覚えるものが多すぎた。


「い、い、う、うる、うれ、いよ、と。い、い、いる、いる、いれ、いよ。」


4月ごろに唱えていた気もする。

最近もどこかで聞いたことある気もするが。

授業で常にやってたのかな?


「大変だけど、覚えようね」

「わかった」


覚えること自体はそこまで苦手じゃない。

だが、アレほど頭に入らなかった古文のことが今覚えられるかは別だが。


頭に入れるために復唱して、頭の中で反復する。


「ふぅ……」

「木々村くんは、勉強苦手なの?」

俺がため息を吐くと、古今泉は俺の顔を覗きながら聞いた。

俺のため息をそう思ったようだ。

別に勉強が嫌いな訳でもない。知識はあるに越したことはない。

それが高校で勉強する内容であっても、教養として身に付けておく。あって損はない。

それを上手く使えるかはその人自身次第だが。


むしろ師匠からはそういった知識を上手く使えてこそ評価されるだろう。


だから、高校の勉強もそれなりにやっている。

古今泉には伝えていなかったが、他の科目は古文ほど壊滅的ではない。

そう言えば、古今泉は学年2位だったか。

古今泉に比べれば苦手と言えるかも。


「少なくとも古文は苦手だな。他の科目と比べてもダントツで悪い」

「ふーん。数学とかは?」

前回のテストのことかな?

「数学…80後半だったかな。87とか……もう一つは忘れた。同じくらいだった気がするが」

あるいは80前半だったかも?

「え、他の科目は?」

「全部は覚えてないな。テスト引っ張り出せばわかるかもしれないが」

「でも、数学ができるってことは勉強苦手ではないのか……」

「そうだな。勉強はそこまで嫌いじゃない、と思う。殿子さんや師匠にも教わっていたし」


「師匠って、勉強も教えてくれてたんだ」

「あぁ。いや、学校の授業のように教わった訳じゃない。

英語と数学と歴史と現代社会と物理と化学くらいは最低限叩き込んでおけ、って言われて」

そう。師匠は、俺がサボってたらぶん殴る。時々頭に入ってるかどうかを確認して、入ってなかったらやられてしまうので、粛々とやっていた。

殿子さんは俺の勉強を暇な時に見てくれた。殿子さんは優しかった。数学は苦手だなー、と言っていたが、中学数学までは余裕だったっぽい。

「思った以上に多いね。あ、そうか。その中に国語が入ってない。だからか」


「そういうことかもしれない」


「でも、英語ができるなら、もしかしたら古文もできるようになるかも」

「どういうことだ?」

「聞いた話だと、英語と古文って似てるんだって。確かに、文章を訳すって、やってることは一緒だから、そうとも言えなくないかなーって。木々村くん、英語はどんな感じなの?」


「英語は……読める程度かな。文法のことはあまりあまり。学校でやる程度なら理解できるけど……」

「ふーん。読める程度……?具体的には?」

「説明しづらいが……。師匠に英語で書かれた文章を渡されて、読めるか?って言われて。それを読んで理解してたくらいか。あまりに難しいのは読めないけど」

読んで内容を理解してなかったら殴られたから、結構必死にやったな……。

師匠のやってきたことをわざわざ伝えないことにした。

師匠の振る舞いは普通ではないのだと、少しずつ学びつつある。


「学校の教科書だったら全然読めちゃう?」

「あのくらいなら」

困ることはほとんどないかな。内容も難しくないし。意味覚えてない言葉は出てくるけど。

「じゃあ、多分、古文もできるよ!古文の勉強はスタートができてなかっただけってことなのかも」


「なるほど」

古文と英語。同じようには全く思えないけど。やっていたらそう思えることもあるのかもしれない。


「ちなみに英語の点数は……聞いてもいい?」

「英語は……90くらいと80ないくらいだったかな?しっかりとは覚えてない」

「本当に古文だけダントツなんだね」


「そうだな」


ちなみに学年2位の古今泉の点数はというと、

現代文89、古文95、数学1が93、数学Aが95、英語94と93、現代社会が87、生物が93だった。



古今泉に教わって、覚えていたら、正午を回っていた。

古今泉はお昼ご飯一緒に食べよ、と誘ってくれた。

「何食べたい?」

「いや、特に…これと言ってないんだが」

「じゃあ、私が作ったやつとかは?修行中だから食べられないとかある?」

「いや、特に。修行だから食べられないとかはない」

「じゃあ、食べれる?」

「とんでもないものでなければ」


「とんでもないものって例えば何?そんなん作らないよー。まぁ、じゃあ、作ろうかなー」


「何か手伝えることはないか?」


「いいよ、勉強してなよ」


「いや、でも……」

俺が食い下がろうとすると

「じゃあ、一緒に下に行って、作ってる合間の私が暇な時に話し相手になってよ。作ってる時は暗記とかしてさ」

と譲歩してきた。いや、譲歩か?

が、俺の手伝いは入ってない。ここまで頑なに手伝いをさせたくないということは、他人に台所入られるのは抵抗があるのかもしれない、ということに思い至った。

「わかった」

俺は了承し、古今泉と下に降りた。

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