80-他人の家


翌朝。俺は勉強会に用意していたものと殿子さんが用意してくれたお土産を手に出発した。


古今泉の家へ向かう道。同じ道でも明るい時間に通った時と暗い時間に通った時では受ける印象が違う。

以前俺が古今泉の家まで行った時は夜だった。

今日は午前中だ。

学校までの道のりは何ともなかったが、学校以降のいつも通らない道に差し掛かるとやはり違った印象を受けた。

別にそのことによって道に迷うなんてことはないが、少しだけ緊張した。


昨日、殿子さんからからかわれたせいかもしれない。

単に古文の勉強を教えてもらいに行くだけだ。

動揺することなんて何もないはずなのだが。


そんなことを考えて、自転車に乗って揺られすぎてお土産がぐちゃぐちゃにならないように気をつけて移動していたらすぐに古今泉の家に着いた。


なんてことない一軒家のはずだが、以前来た時には気付かなかった色やものが目に入り、違和感を受ける。

まるで大きな失敗をしてしまったと感じた時のような……。

いや、場所、合ってるよな?


俺は古今泉に着いたと連絡をした。


自転車は車の後ろに停めてということだったので、古今泉の家の駐車場に停めさせてもらった。


門からそこまで離れていない家の扉から、ガチャ、と扉の開く音が聞こえ、古今泉が顔を出した。


「どうぞー」

と古今泉が扉を大きく開け、全身が視界に入る。


「お邪魔します」

「入って入ってー」


玄関に着くと、既に違う匂いがした。

他人の家に行った時に感じる、その人の家独特の匂い。

能力を使った時に匂いを感じるために、匂いに敏感になったのかもしれない。

能力感知の感覚と嗅覚は違うはずではあるが、俺の鼻が似たようなものだと判断しているのかもしれない。


そういった違和感は感じながらも、玄関から上がらせてもらう。

「私の部屋に行こう。上の階ね」

と古今泉は先導して階段を上がる。

「お姉ちゃんもいるから、出くわしてもビビらないでね」


「ビビリはしない」


「ならよかった」



古今泉が部屋の扉を開けて、それに続いて俺も中に入る。

中に入ると、更に独特な匂いが強くなった。

古今泉の匂いか。確かに、古今泉がいつもノーマルな時に纏わせてる匂いかもしれない。

さっきから、匂いのことが強く印象に残るが……。俺は匂いフェチだったのか?



部屋の中心にはちゃぶ台のような低いものではなく、学校の机くらいの高さで、学校のものよりは少し大きめの机があった。



「はい、ここ座って」

と、椅子に促された。



座ってみてわかったが、どうやら机は折りたたみ式のようだった。


「飲み物何がいい?コーヒー?紅茶?ジュース?」

「じゃあ、紅茶で」


「そういえば家でよく紅茶飲んでるんだっけね。木々村くんのおうちで飲むものよりは全然良くないかもしれないけど……」

「いや、そんなの全然気にしないでいい。俺も手伝う」


「いや、そんなお客さんなんだから待っててよ。それに他の人の家の台所の勝手とかわからないでしょ?」


「確かに」


「うん。だから準備して待ってて」


と言って古今泉は部屋を出て下に降りていった。

扉の向こうから階段を降りる音が聞こえた。


カバンからノートや教科書を引っ張り出して、広げておく。

一式広げてもまだ1人分のスペースはあった。

古今泉はどこに座るんだろうか?向かい側か?


扉の外から、違う部屋の扉が開いて人が歩く音が聞こえた。

階段を降りていく。


家族……。親か百々華かな?

今日はお姉ちゃんがいると言っていたから、百々華かもしれないな。





ガチャ、と扉が開いた。

そちらの方を見ると、古今泉が来たと思ったら百々華だった。

「?」

「どもー。久しぶり」

と百々華が挨拶する。


「どうも。お邪魔してます」

そう平静を装い言いつつも、やはり少し心はざわついた。


「お姉ちゃん、ありがとう」

とコップが2つ乗っているお盆を持った古今泉が入ってきた。


「ううん。じゃあ、勉強頑張ってね」

「お姉ちゃんも」

「ありがと」



百々華は、自分の部屋に行ったようだった。


「お姉ちゃん、木々村くんに挨拶だけでもしてくって」


「なるほど」

急に現れた姉に対しての説明だった。

俺が本当にビビらないかどうかで言えば、微妙なところだった。


「はい。どーぞ。口に合うといいけど」

「ありがとう」

古今泉は、俺が広げたノートなどの邪魔にならない場所に紅茶の入ったカップを置いた。


「ああ、そうだ。お土産を持ってきた」


「お土産?」

俺は紙袋から、中身を取り出した。

「多分、お茶菓子かなんかだと思うが」


「わぁ、ホントだ。おしゃれだね」


包装紙を破いて、フタを開けた。

中にはクッキーなどが入っていた。


「美味しそう」

「アレルギーとか大丈夫か?」

「基本ないから大丈夫だと思う」


一応注意書きの紙を探し、それを読み上げたが、心当たりはなかったようだ。


「好みがわからなかったが、大丈夫そうか?」

「うん。美味しそうなのばかりじゃん」


チョコがまぶしてあったり、クッキー生地の間にチョコクリームがサンドされていたものがある。

殿子さんの好きそうなものだな、と思った。

あの人の好みで選んだものかもしれない。


「わざわざありがとう。食べてみていい?」

「ああ」

俺がわざわざ許可するものでもないと思ったが、古今泉は俺が了承した後、適当に選んで口に入れた。

「おいし!何これ!何て名前?」

箱の中に入ってた紙に名前が載ってないか、確認していた。


「喜んでもらえてよかった。俺が選んだものじゃないけど」


「お家の人、いいセンスしてるね」


「多分、殿子さんの好みで選んだと思う」


「殿子さん?」

「言ってなかったか?俺と一緒に住んでる人だ」

「聞いたことないかも?保護者の方?」

「そうだ。師匠の代わりに今は俺のそばにいてくれる。俺にとっては師匠と並ぶくらいの恩人だ」


「へー」



「じゃあ、勉強始めようか」

古今泉は、話題を本題に切り替えた。

そう、今日俺はここに勉強を教わりに来た。


「この前の中間の答案用紙持ってきた?」

そう言われて俺はノートに挟んであったそれを差し出した。


「えっと?……うん。これ赤点じゃなかった?」

「あかてん……?」

赤点とは??初めて聞いた単語かもしれない。

俺の古文のテストは30点だ。

「そこ、ボケない」

ボケたつもりはないんだけどな。


「……呼び出しはくらってなかったならいいんだけど」

呼び出しは……どうなんだろうか。多分食らってなかったと思うが。

ただ、先生から1年の1学期の中間でこれはまずいぞー、と言われたかもしれない。



「ダメだよ、そんな曖昧じゃ。追試とか受けないといけないかもしれないから」


「はい。すみません」

「私に謝ってもしょうがないけど。ちょっと待って。問題確認するから」


と古今泉は俺の答案用紙と自分の持っていた問題用紙を見比べていた。


「記号がたまにあってるのと、単語の意味と文章の内容を覚えてて取れてるのとか……。文法はダメだね。未然形ってわかる?」

「みぜんけい?」

「あ、なるほど」


何か納得されたようだ。不名誉な納得をされたのを感じた。

「いや、聞いたことはある。何だっけか?ぞーなむやーかーこそ」

「それは係結びのやつでしょ」


あれ?そうだっけ?

いや、前にもこんなやりとりをした気がする。



ぴしゃりと言われた。

俺の浅はかな抵抗は所詮そんな程度で終わった。


古今泉が俺の側に椅子を移動させ、隣に座り、ペンを持ってノートに文字を走らせた。

「未然、連用、終止、連体、已然、命令……。これに聞き覚えは?」


ノートに文字で書かれたものだと、少し記憶が想起しやすかった。

「見たことあるな」


「中学生の時に活用形って習わなかった?」

「活用形……」

記憶を漁ってみるが、高校入学前に聞いたことはなかった。

中学には行ってなかったので、中学で習った覚えは勿論ない。


「覚えてない……」

「ふぅん。じゃあ、そこから説明しようかな」


古今泉はノートに色々と書きながら説明してくれた。

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