第20話 打高投低
サンフランシスコに続いて、二度目のカード全敗。
シアトルに全敗したことによって、ついにアナハイムは借金生活に陥った。
しかしその次のカードはコロラド。
敵地なのでバッター有利のスタジアムであるが、それでも第一戦のピッチャーは直史である。
コロラドとの対戦もインターリーグのため、さほどバッターの心を折る必要性はない。
だがコロラドとの試合が終われば、次はミネソタとの対決となるのだ。
MLBはかなり先まで、ピッチャーの登板予定は固定されている。
NPBのように、今日は早くノックアウトされたし、間隔を一日縮めようなどという考えはないのだ。
試合のカードの前に、既に全試合の先発は発表される。もちろん突然の急病などで、代わることはあるが。
NPBのように予告先発だけではなく、カードのピッチャーは全て発表する。
別に卑怯とか正々堂々とかではなく、これがアメリカの当たり前であるのだ。
ミネソタとの試合も、誰が先発かは決まっている。
ボーエン、フィデル、ガーネット、そして直史という順番だ。
この勝ち星の貯金がなくなったタイミングで、現時点最強のミネソタと対戦するということ。
MLBファンは今度こそ初めて、レギュラーシーズンで直史が負けるのでは、と期待している。
負けはしないまでも、そろそろ点を取られるのでは、とぐらいは思っているだろう。
なにせ去年も、レギュラーシーズンで直史が点を取られたのは、ブリアンのホームランの一点のみ。
去年よりさらに成長しているブリアンに、そろそろ技術的にも極まった直史。
さすがにそろそろ負けてもいいと、多くの者が思っているだろう。
基本的にアメリカでは、ピッチャーよりもバッターの方が人気があるのだ。
その前に、コロラドとの試合があるわけだが。
二連戦の第一戦、この試合には特別な意味がある。
直史が投げるので、おそらく勝てるだろうとは思われている。
それとは別に、期待されているのだ。
コロラドのフランチャイズ、デンバーにあるジェラシック・フィールドジェラシック・フィールド。
このスタジアムにおいては、いまだにパーフェクトゲームが達成されていない。
そもそも高地にあるこの球場は、MLBの中でも屈指の打者有利のスタジアムとされている。
ノーヒットノーランを達成されたことさえ、わずかに一度。
その試合も雨のため、普段とは状態が違ったからだ、と一説には言われている。
五万人強を収容できる、MLBのスタジアムの中でも、屈指の巨大さ。
球場自体が広く、そしてボールも飛びやすい。
そのためフライボールピッチャーにとっては、鬼門とも言えるのだ。
ここでパーフェクトを達成できるとしたら、それはグラウンドボールピッチャーの方が、可能性は高いだろう。
そして直史は、究極のグラウンドボールピッチャーとしてのスタイルで投げることが出来る。
実際のところは、変幻自在が持ち味であるのだが。
「気圧が低くて空気抵抗があまりないということは、バックスピンをかけてもあまりホップ成分にならないということだろうな」
樋口はそう分析している。
そして直史に期待されていることも分かっている。
露骨にパーフェクトの達成を願われているのだ。
アナハイムがコロラドと対戦するのは、インターリーグのみ。
前の二年間は、直史はこのスタジアムで投げる機会がなかったのだ。
「パーフェクトなんて狙って出来るものでもないと思うがな」
そんな期待は耳に入っていたので、直史はそんなことも言った。
ただそれに対して、樋口は苦笑するだけであったが。
確かに直史は、ことさらこの試合だからと、狙ってパーフェクトをしているわけではないのだろう。
だが全ての試合で、よりベターな選択を探っていく。
あとはわずかな運勢次第で、パーフェクトを達成してしまう。
つまるところ直史は、全ての試合で勝利することを目指しており、そのためには一点もやらないこと、一点もやらないために一人もランナーを出さないこと。
極めて言ってしまえば、全ての試合でパーフェクトを狙っている。
それが実際に可能なところが、直史のピッチングの極みと言われるゆえんなのだ。
樋口からすると、あの忍耐力の塊のような上杉以上に、直史は貪欲でかつ冷徹であると思える。
(もう一度、WBCか何かで……)
二人のピッチャーが揃ったところが、見たいと思ってしまった。
直史が重要視しているのは、コロラドとの対戦ではない。
その次に四試合ある、ミネソタとの試合だ。
現在リーグナンバーワンの得点力を誇り、勝率一位のミネソタ。
去年もリーグチャンピオンシップまでは勝ち上がり、ダークホースと言われていた。
それがあっさりとスウィープされたのは、やはり直史の圧倒的なピッチングで、強力なはずの打線の心が折れていたからか。
ミネソタの打線の弱点は、若手が多いこと。
これから先にまだまだ成長の余地を残しているが、それだけに経験が不足している。
結局直史を打たないことには、メトロズも優勝できなかったのだ。
極端な話、ポストシーズンでは直史を打てるかどうかで、カードの決着が決まる。
日程の関係で、コロラドとは二連戦。
ここでバッターのメンタルにダメージを与えても、リーグが違うためあまり意味がない。
直史はボールが飛びやすいと言われるこのスタジアムで、ゴロを打たせることを心がける。
だが時折は三振も奪う。
ゴロを打たせるボールは、掬われるとけっこう飛んでしまうのだ。
偏りすぎることなく、万遍となく球種を使って、フライを打たせない。
もしも打たせる時には、それこそ緩急で遠くに飛ばさせない。
そうやってこの試合も終わらせる。
直史がそう考えている間、一回の表のアナハイムの攻撃。
先頭打者のアレクは、普段よりもやや掬い上げるスイングを意識する。
フィールドが広く、観客動員も多いこのスタジアム。
コロラドは強さはともかく人気は高いチームで、保守的なチームである。
スタジアムの特性上、打高投低の傾向は自チームにも及ぶため、投手タイトルで誰かが選出されることは、ほとんどない。
ここでなら、直史から勝利をもぎ取ることが出来るのではないか。
それが無理でも点を取れるのではないか。
その瞬間を見たくて、地元のファンが今日もスタジアムを満員に埋める。
バッターを獲得するのは簡単だが、ピッチャーが行きたがらないチーム。
直史が果たしてここをどう攻略するのか、アレクも興味があった。
もちろん勝てるという確信はある。
直史が投げていて、勝てると確信が持てないのは、相手が大介がいるときぐらいだ。
その援護のために、まずは一点を取る。
掬い上げたボールは上手くライト前に飛び、初回から無死のランナー。
そして二番の樋口は、やはりこのスタジアムの特徴を掴んでいる。
建設からそれほどの時間が経過していないと言っても、それでも20世紀に作られたスタジアム。
その歴史の中で、ノーヒットノーランが達成されたのは、日本人ピッチャーによる一度だけ。
重要なのは、内野ゴロを打たせるということ。
今年の直史は、開幕戦こそ内野ゴロを打たせまくり、圧倒的に少ない球数で勝利した。
しかしその試合を除けば、前の二年に比べると、奪三振の比率が高まっている。
直史のピッチングスタイルは、とても繊細なバランスで成り立っている。
それを一番理解している樋口としては、どうにかこの試合も楽な展開で投げさせたい。
アレクにヒットを打たれたコロラドは、樋口に対してもやや逃げ気味のコンビネーションで投げてきた。
そして結局は歩かせてしまい、ノーアウトでランナー一二塁。
三番にはターナーの代わりにウィリアムズ。
長打力はそこそこあるが、つないでいくバッティングは不得意という、本来なら三番に置くべきではないバッターである。
この打席でもウィリアムズは、平凡な外野フライを打ってしまった。
ただ内野ゴロを打たれてダブルプレイになるよりは、よほどいいというものだ。
そして四番にはシュタイナー。
いっそのことシュタイナーを三番にした方が、得点力は上がるのではと、思う者は少なくない。
ここでシュタイナーは、外野の頭を越えさせるつもりでジャストミートする。
しかし打球はそれをいい意味で裏切って、スタンドにまで届いた。
やはり敵にも味方にも、本当に打球は飛びやすいようである。
三点が入った。
直史相手に三点というのは、完全に安全圏である。
ただコロラドのバッターは、ベンチ前でぶんぶんとバットを振り回す。
完全にフルスイングの、一発狙いのスイング。
コロラドはそれが求められるチームなのだろう。
先頭打者から、長打を狙っていくスタイル。
一発の危険は直史にとっては嫌なものだ。
だがこれに対して投げた初球は、アウトローに外れたストレート。
ただぶんぶん振り回すのではなく、それはちゃんと見逃した。
直史としても、これは見せるためのストレートであった。
二球目のインハイストレートが、打たせるための本命だ。
MLBの中では、決してそれほど速いとも言えないストレート。
しかしバッターはそれを詰まらせて、ファーストフライに終わった。
明らかにフライボールピッチャー不利のスタジアムで、あえてフライを打たせるということ。
それは打ちゴロのど真ん中が来た時、かえってスイングできなくなってしまうことに似ている。
まさか変化球投手の直史が、二球も続けてストレートを投げるとは。
これもまた投球術である。
初回は三者凡退に抑えて、3-0というスタート。
だいたいのチームはこれで、勝利を諦めてしまうものだ。
ただコロラドはこれまで、直史との対決がなかった。
そのため映像や数字では分かっていても、その脅威を実感していない。
つまりまだ、完全に心が折れているわけではないのだ。
追加点が入らなかった二回の裏、直史はまたも三者凡退に抑える。
少し気になるのは、三振が今日は奪えていないこと。
奪三振を狙って投げる球が、内野フライになっているのだ。
ストレートの威力が、思ったよりも高くない。
直史の調子が悪いわけではない。
これがコロラドの、特有の現象であるのか。
ストレートで空振りが取れないことの危険さを、バッテリーは分かっている。
このスタジアムと、それに併せたコロラドというチームのバッターの特徴として、ストレートは危険だと分かる。
もっとも直史の場合は、それでも内野フライに抑えてしまってはいるが。
「ソロホームランぐらいなら打たれても大丈夫か」
樋口はそう言うし、直史としても別に、パーフェクトにこだわっているわけではない。
下手なこだわりがあると、打たれた時に集中力が切れる。
メンタルのコントロールこそが、ピッチャーにとっては重要なことなのだ。
「出来れば明日の試合も勝っておきたい」
「なら、やはり目指してみるか」
直史は頷いた。
初回、パーフェクトを狙う。
もしそこからエラーなどでランナーが出たら、目標をノーヒットノーランに下方修正すればいい。
そしてヒットが出たら、完封にまた目標を変更する。
基本的にはその中で、球数制限をしていくのだ。
中四日で投げている直史は、パーフェクトよりも球数を少なく抑えることが重要だ。
次のミネソタ戦も、中四日で投げることになる。
なので打たれない間は、とりあえず目指していこうという話になる。
三回の裏も三者凡退。
ようやく三振も奪えるようになってきた。
緩急をつけたカーブを打たせている間に、ストレートでも空振りが取れるようになってきた。
だがやはりフライを打たれることが多く、内野はポジショニングが微妙になってくる。
直史はとにかくゴロを打たせるピッチャーであるため、内野はかなり忙しい。
深く守りすぎていると、内野安打になってしまう。
しかし前進守備では、内野の間を抜けていくこともある。
そのあたりの判断は、内野陣にとって悩ましいところだ。
ただ記録だけを見ると、内野安打よりは内野の間を抜けていく方が、直史の打たれているヒットとしては多い。
このスタジアムは打者有利。
それを証明するかのように、アナハイムは追加点を取っていく。
対して直史は、一本もヒットを打たれない。
建設されて半世紀近くたつこのスタジアムも、いよいよパーフェクトゲームが達成されるのか。
メディアや観衆の期待は、その点に集まっていく。
二年前に日本からやってきた直史は、圧倒的な数のパーフェクトを達成していた。
普通のピッチャーにとっては、せいぜいが一生に一度。
事実MLBにおいても、これまでは複数回の達成者はいなかったのだ。
だが直史は、問題なくそれが出来るピッチャーだ。
見えている世界が、他の選手とは違う。
ジェラシック・フィールドにおける初めてのパーフェクトゲーム達成ピッチャー。
何度もパーフェクトを達成している直史にとって、それは別に名誉なことではない。
ただ己自身に何度も心の中で言っているのは、調子に乗るなということだ。
常に効率的に、レギュラーシーズンは戦っていく。
去年まではそれで良かったのだが、今年はターナーの抜けた穴が大きすぎる。
直史は頑張っても、四試合に一度か五試合に一度しか投げられない。
さすがに20世紀序盤のピッチャーのように、50先発などは出来るはずもないのだ。
実際のところは、やってみないと分からないと言える。
ただそこまでの無茶をすれば、故障する確率が圧倒的に上がる。
重要なのはポストシーズンに進出し、そこを勝ち進むことだ。
「なんて思っていたことが、俺にもありました」
九回の裏、コロラドの攻撃。
ツーアウトで迎えるのは、代打として出てきたバッター。
ここまでに対戦したバッターの回数は、26人。
つまりこれを抑えればパーフェクトである。
(おかしい。もっと大変なものだと思ってたのに)
完全に直史の計算違いである。
いつも通りに、失点だけはしないよう、球数制限も考えて投げていたつもりであった。
ただコロラドのバッターは、ずっとフルスイングを続けていた。
もう少しコンパクトに振っていれば、内野の間を抜けていくような打球にもなった気がするのだが。
スルーを使った奪三振がそれなりに多く、半ばは無効の自滅と言ってもいいだろう。
ただコロラドのバッターは、最後まで自分のスイングを変えなかった。
おそらく打てない呪いは、いまいちかかっていないだろう。
明日はレナードなので、上手く不調に追い込めれば、勝てたはずなのだ。
だがコロラドは最後まで、己のバッティングを信じ続けた。
己を信じ続けたということで、コロラドのバッターたちは、呪いから逃れることが出来た。
(数年後には強くなってるかもな)
そう思った直史によって、最後のバッターは内野ゴロに打ち取られた。
標高1600mのスタジアムということで、少しは体力の消耗が激しくなるかと思っていた直史である。
だが実際は相手が待球策をとらなかったことで、むしろ球数は節約できた。
三振も10個奪って、外野フライも珍しく打たれた。
やはりピッチャーにとっては、投げにくいスタジアムであったのだろう。
シアトル相手に三連敗し、アナハイムは確実に士気が落ちていた。
だが直史が投げれば、勝てるというのも確かなのだ。
もっとも直史が投げて、次に直史が投げるまでは未勝利。
これではまるで、権藤、権藤、雨、権藤ではないか。
結局先発のピッチャーが一人、どれだけ大エースであっても、ポストシーズンに勝ち進むことは出来ない。
もっともアナハイムは、この状態でもまだ、リーグ全体の平均と比べれば、強いチームである。
直史は今季三度目のパーフェクト&マダックスに、またマスコミから試合後のインタビューを受ける。
そこでは神妙に答えるだけである。
「コロラドのバッターは最後まで、自分たちのスイングを忘れなかった。もし軽く合わせる、という程度のバッティングをされていたら、普通にヒットは打たれていたと思う」
素直な感想に、地元のメディアはうんうんと頷いたものだ。
その直史の言葉は正しかった。
18勝18敗と星を五分に戻していたアナハイムは、コロラドとの第二戦にて敗北。
レナードは六回三失点、そして負け投手にこそならなかったが、九回の裏にピアースが、逆転サヨナラホームランを許して敗北。
ここのところ勝ちパターンでの登板が少ないため、ピアースの感覚も鈍っていたのかもしれない。
確かなのは、これでまた勝率が五割を切ってしまったということ。
そして次には、いよいよミネソタとの四連戦が行われる。
ボーエン、フィデル、ガーネットと、それほど弱いピッチャーの並びではない。
だが今年のミネソタは、今のところリーグナンバーワンの勝率を誇っている。
ア・リーグの中ではボストンと並んで、いやボストンも上回り、優勝候補とされている。
直史が投げるのは四試合目、つまり四連戦の最後だ。
呪いをかけることは出来ない。
それでも勢いのあるミネソタを、ある程度不調にすることに意味はあるのか。
だがポストシーズンを見据えた場合、むしろミネソタには頑張って突出してもらった方がいいかもしれない。
今のポストシーズンのシステムを考えると、地区優勝に勝率リーグ二位を重ねることで、戦わなければいけない試合数が減る。
一位である必要はないのだから、ミネソタには他のア・リーグのチームも負かしてほしい。
地区優勝し、勝率二位であるなら、消耗せずにポストシーズンを戦える。
そのためにはミネソタに、他のア・リーグのチームを倒してもらわないと困る。
特に重要なのは、東地区のチームだ。
ヒューストンは直接対決があるため、どうにか自力で勝率を落とすことが出来る。
そもそも地区優勝のためには、ヒューストンに勝たなければいけないのだ。
東地区は強豪がそろっているため、放っておいても勝率はそこまで高くならないとも思える。
だが確実にアナハイムより勝率を落としてもらうためには、ミネソタを援護する必要がある。
もちろん自分の投げる試合では、負けるつもりなどないが。
アナハイムに帰還して、ミネソタを迎え撃つ。
四戦目が直史の先発であるため、それまでの三試合はゆっくりと相手を観察すればいい。
実際の試合で見るのは、テレビなどで見るのとは違う。
何より試合における空気を、樋口に感じ取ってほしい。
直史は下手に自分で観察するより、樋口の判断を信じる。
去年のポストシーズン、ダークホースなどと言われながらスウィープされたミネソタは、さぞ悔しい思いをしただろう。
打倒アナハイムを胸に、全試合勝つぐらいの気合を入れているはずだ。
若いチームというのは、一度火がついてしまえば、それを消火するのは難しくなる。
このあたりは甲子園で、無名校が勝ち進むうちに、強くなっていくのに似ているかもしれない。
野球に限らず上達に必要なのは、まず成功経験だ。
そこでいい気になってしまって侮ればまずいが、成功することによって人は、より強い意欲を持つようになる。
ミネソタはどんどんと強くなっているチームだ。
直史が、今年まださらに強くなっているのに比べて、果たしてどれだけミネソタが強くなっているのか。
四連戦が始まった。
第一戦はボーエンが先発であり、ここまで七先発で三勝一敗。
ただ三勝目をあげてから、もう一ヶ月ほど勝ち星が増えていない。
ここまでなんと、防御率は1.37と素晴らしいピッチングをしている。
それなのに勝てないのは、打線の援護が薄いのと、リリーフが同点や逆転を許しているからだ。
全ての試合でクオリティスタート。
加えて三試合はハイクオリティスタートで、間違いなく大型契約に見合ったピッチングの内容だ。
サンフランシスコやラッキーズと、打撃に優れたチームとも対戦してきた。
そちらでもかなり抑えてはいるのだ。
ただこの試合、ミネソタのバッティングの力を、アナハイムのメンバーは体感することになる。
一回の表の攻撃で、三失点。
今季ここまで、ボーエンの失点は多くても二点と、安定したものであった。
それが先頭打者からの連打で、三点を取られたのだ。
メトロズよりも得点力が高いというのは、伊達ではないということか。
ボーエンは六回を投げて六失点。
調子が悪いわけではなかったが、正面から勝負をしすぎた。
樋口のリードを軽視したのも、これだけ失点した理由である。
アナハイムとしてはもっと早く、ピッチャーを交代させた方がよかったかもしれない。
ベンチから見ていた直史は、やはり去年と同じく、五番までは相当強力なバッターだと感じた。
ブリアンは今年、少し打率を落としているが、ホームランはリーグのトップを走っている。
打点は軸となる他のバッターも稼いでいるので、タイトルはやはりホームラン王ぐらいか。
打率にしてもまだ、リーグのバッターではトップだ。
とにかく五番までは、誰もが普通にホームランを打てる打線。
最終的には4-9とかなりアナハイムはやられてしまった。
これはまずいな、と直史も樋口も感じている。
直史が相手の打線を完全に封じることで、次の試合以降も打線が狂ってしまうという呪い。
ミネソタの強力な打線は、味方には強打の祝福を、相手のピッチャーとキャッチャーには打たれるかもしれないという不安の呪いをかけている。
直史と、やっていることは同じである。
もっとも樋口は、打たれにくいバッティングをさせる、優れたリードが出来るキャッチャーだ。
ただボーエンが今季初めてといっていいぐらいに打ち込まれたのは、他のピッチャーにも悪い影響を与えた。
特に第二戦のフィデルは、まだMLBの空気に馴染んでいない。
樋口に任せれば最低限のピッチングは出来るはずなのだが、第二戦はミネソタも強いピッチャーを出してくる順番であった。
第二戦、序盤はまだフィデルも上手く組み立てて、失点を防いでいた。
ミネソタの勢いを、どうにかしのぐことが出来ていたのだ。
ただ中盤から、味方の打線の援護のないことが、フィデルを少し萎縮させることになってしまった。
一点も取られてはまずいというプレッシャーは、簡単にコントロールミスを誘発する。
そして一点を取られてしまえば、そこからは早かった。
アナハイムの得点が入らず、ミネソタは下位打線まで打っていく。
フィデルから継投されたピッチャーも打たれ、二桁失点。
終盤にアナハイムは得点できたが、それはもう焼け石に水。
2-12と派手な負け方で、ミネソタの打撃力を証明してしまうことになった。
この勢いは、三戦目のガーネットも止められなかった。
二試合連続の二桁失点で、三試合で32点もミネソタに取られてしまっている。
フランチャイズ開催なので、アナハイムはしっかりと観客の声援もあった。
だが圧倒される試合内容に、途中で席を立つ観客も多数。
借金がどんどんと嵩んでいくのであった。
こんな最悪の空気の中で、直史は先発を迎える。
圧倒的なミネソタの打撃を見せられながらも、この日のヘイロースタジアムは超満員。
もしもここで負けたら、本当にアナハイムはまずいだろう。
そしてこんな状況であっても、直史には全く負けるつもりはなかったのである。
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