第19話 調和

 散発のヒットが多いアナハイムであるが、それでも試合の展開によって、徐々に追加点が入っていく。

 5-0と点差は開き、今年の直史はかなり打線の援護が大きい。

 正確に言うと対戦するチームの首脳陣が、早々に試合を諦めて、リリーフに強いピッチャーを出していないからだとも言える。

 そして完全に気が抜けてしまったところで、ポテンヒットが出たりする。

 パーフェクトがまた未達成となった。


 前回の登板も、わずか一つのエラーでパーフェクトは未達成であった。

 そしてこの試合も、パーフェクトが途切れてしまえば、やや野手の守備も手薄になる。

 内野のイレギュラーによるエラーも一つ。

 ただこちらはいつものように、内野ゴロを打たせてダブルプレイにしている。


 タイミングを狂わせるためのコンビネーションは、三振よりもむしろゴロやフライの方がいい。

 それもパワーの伝わらない打球がいいのだ。

 ただ当てにいくだけのバッティングになれば、それを元に戻すのは難しい。

 己のタイミングで打てないのが、バッターを不調に落とす、最大の要因なのだ。

 さらにアナハイムは一点を追加して、6-0で試合は決着。

 しかしこの試合、直史は手ごたえを感じていなかった。


 ラッキーズの打線の主力二人が、試合に出ていなかったのだ。

 たまに休ませる、ということはあっても二人も同時に休ませるのか。

(これはあの対策をもう考えられていたのかな)

 直史は自分のピッチングに、どう対抗すればいいのか、理屈の上で分かっている。

 つまり直史とバッターが、勝負しなければいいのだ。

 障らぬ神に祟りなし。

 あえて直史との試合には出さないことで、悪影響が残るのを防ぐということだ。


 あまりにも消極的で、そしてとても現実的な手段。

 勝負しなければ折られることもない。

 直史自身も、分かってはいたのだ。

 自分のやっていることは、オカルトにおける呪いのようなものではない。

 傍から見ればまるでそうとしか思えないのかもしれないが、実際は純粋な技術だ。

 技術をもって、あいての技術を狂わせる。

 ならばそもそも、対決しなければいい。


 極端な話、直史のピッチングは、むしろポストシーズンの方が相性がいいのだ。

 なぜならレギュラーシーズンは、同じチームとの対戦は四試合連続が最長。

 それに対してポストシーズンは、ワールドシリーズなどは最低でも四試合はしないと優勝出来ない。

 短期決戦だからこそ、一度バッティングが狂ってしまったら、戻すのはもう間に合わない。

 打線の主力をあえて温存するというのも、どうせ直史には負けるなどと思っていたら、本当に負けてしまうのみ。

 結局去年のメトロズもそうであったが、直史を打たなければ勝てないのだ。


 ただ、この三連戦においては、ちゃんと成果は出ているようであった。

 最終戦アナハイムの先発はガーネット。

 ここまでは四先発の一勝二敗である。

 直史と違って、ちゃんと中五日のホワイト環境で働いている。

 それでも中六日が基本のNPBよりは、つらい環境であるのだが。


 六回を四失点と、ほどほどの数字。

 そしてアナハイムの打線も、一度は追いついたので負け星はつかなかった。

 だがこの試合は同点の場面ながら、アナハイムはピアースを九回の表に投入。

 九回の裏での逆転を狙っていたのだが、ようやくピアースはセーブ機会に失敗。

 4-5でアナハイムは敗北した。




 これにてアナハイムの四月の試合は終了。

 16勝13敗と、去年に比べれば負け星の数が、おおよそ四倍ぐらいにはなっている。

 もっとも24勝3敗という成績自体が、完全に去年はおかしかったのだ。

 ちなみに去年は27試合で、160得点の53失点。

 今年は104得点の97失点となっている。


 得点力が極端に落ちているのは、はっきりとしていたのだ。

 だが試合数の違いはあっても、失点も極端に増えている。

 その失点の内容を見れば、確かに増えてはいるが、どこで増えているのかが問題だ。

 先発ではなくリリーフのピッチャーが、失点していることが多い。

 そして勝ちパターンのリリーフが、使われる試合が少ないのだ。


 先発が五回から七回ほどまで、球数制限に近いところまで投げる。

 その時点でリードしているか、せめて同点でないと、勝ちパターンのリリーフは使いづらい。

 去年に比べて、登板機会が減っているのは確かだ。

 そしてビハインド展開で投げるピッチャーは、かなり打ち込まれているのだ。


 アナハイムはスターンバックとヴィエラが離脱した。

 代わりに取ったのが、ボーエンである。

 だが主力二人が抜けたのに、獲得したのは一人。

 もっとも若手から使えそうなピッチャーが出てきているので、そこはどうにかなると思ったのか。


 長期的な視野で見ると、クローザーのピアースが今年で最終年のため、来年はどうにかクローザーを手配する必要はある。

 そのための資金を、ある程度確保しておくという意味があるのかもしれない。

 直史がいなくなった後のことを、アナハイムは考えている。

 ひたすらワールドチャンピオンになりたいだけの、メトロズとはそこが違うのだ。


 今年のアナハイムは、とにかく打線の力が落ちている。

 それゆえに投手陣も、思い切った起用が出来ない。

 ただその中でも、圧倒的なのが直史だ。

 七試合に先発し、七完投。

 全ての試合でマダックスを達成している。

 パーフェクト二回、ノーヒットノーラン一回。

 奪三振率は11.43と去年よりも高い。

 七試合でたったの六本しかヒットを打たれていない。

 奪三振は63個と、武史の67個には負けている。

 もっとも武史の場合は五試合にしか先発しておらず、途中で降板した試合もある。

 よって奪三振率で計算すれば、直史は全く武史には敵わないのだが。


 四月のアナハイムは、とにかく欠けた戦力が多すぎた。

 開幕前にターナーと、内野の要のショートが離脱。

 そして途中では守備の要である樋口も短期離脱。

 そんな状況でも勝ち越して終えたのは、直史が七勝したからだ。

 それもただの七勝ではなく、相手の心を折る七勝だ。

 カンザスシティ、ボストン、ヒューストンとのカードでは、直史が打線の心を折ったため、その後に投げたピッチャーが楽に勝つことが出来た。

 ラッキーズだけは主軸を二枚外すということで、それに対応してきたが。

 本当に対応していたのかどうか、またそれに他のチームが気づくかどうか、気づいたとしてもそんな戦術を取ってくるか。

 負けても負けても戦い続ける、本当の意味では負けていないバッターは、大介だけなのかもしれない。

 必ず勝つ方法は、この世でただ一つ。

 勝つまで続けることだ。


 もしも今年で直史がいなくなると知れば、果たしてバッターたちはどうしただろうか。

 消えてくれることを喜ぶならば、それはせいぜい一流半にしかなれない。

 勝てるかどうか分からない、むしろ負けるであろう勝負でも、果敢に挑んでいく。

 本当の勝負の世界では、挑戦するものしか頂点に立つことは出来ない。

 頂点のチャンピオンが、衰えてその座を明け渡すのを待つ程度では、まだハングリー精神が足りない。

 勝ち取ったチャンピオン以外には、価値はないのだ。

 ただしどれだけ傑出したプレイヤーであっても、いずれは必ず衰える時は来る。

 引退のタイミングをどう考えるかも、スポーツ選手にとっては重要なことだろう。

 

 頂点にいながら、モチベーションを理由に引退する選手もいる。

 またどうにか優勝を手にして、それでモチベーションが切れてしまう選手もいる。

 大介はどういうタイプだろうか、と直史は考える。

 おそらく新しい才能が出てくるたびに、嬉々としてそれを打ち砕いていくのではあろうが。

 直史のような、完全に期間限定のお仕事と割り切っている者はいないはずだ。

 自分の可能性に挑戦したいとか、そういう理由すら直史は持っていない。




 五月、ボルチモアとのカードで、新しい月が始まる。

 ただこの三連戦、直史は第三戦が登板となっている。

 中四日のスケジュールを守るなら、日程次第ではこういうこともあるものだ。

 そして先の二戦、レナードとリッチモンドは敗北した。

 レナードなど今年は、防御率が2を切っているのだが、それでもこれで二敗目。

 どれだけアナハイムの援護が薄いか、分かろうというものだろう。


 ラッキーズとの第三戦から数えて、これで三連敗。

 今年三度目の三連敗だが、チームは悲観的にはなっていない。

 なぜなら三戦目が直史の登板であるからだ。


 日本時代から直史が投げると、援護が少なくなる傾向はあった。

 MLBでも去年までは、その傾向が強かった。

 だが今年は逆に、直史の投げる試合の方が、平均得点は上がっている。

 他のピッチャーと違って、絶対に点を取らないといけない、というプレッシャーがないのが、逆に良い方に作用しているのだろう。

 ターナーがいなくなった分、俺が俺がと点を取りにいく。

 そして結局は失敗する。


 これは首脳陣の作戦ミスだと思うのだが、采配批判はアメリカでもタブーである。

 そもそも選手というのは、チームの勝敗には責任を持っていない。

 選手が責任を持つのは、自分の役割を果たすかどうかだ。

 外野フライ名人のシュタイナーなどは、実はちゃんと普通のヒットでの打点も記録している。

 外野の深いところまで、確実に飛ばせる能力はあるのだ。

 打点が増えているシュタイナーは、評価が高い。

 三振はそれなりに多いが、内野ゴロが少ないのは、今のMLBでは望まれる姿なのだ。


 ボルチモアとの試合がスタートする。

 これは第三戦で、別に打線の心を折っても、次の試合でアナハイムが得をするわけではない。

 次のカードがシアトルとの三連戦なので、一日直史の登板をずらした方が良かったか。

 首脳陣はそんなことを考えている。


 ただ直史としては、今日はあまり複雑なことを考えず、普通に勝てばいいだけの試合。

 久しぶりにのんびりとしたピッチングが出来る。

 そうは言っても負けてしまえば、さすがにそれは許容できない。

 勝つ事は大前提なのだ。


 一回の表の守備から、普通に内野ゴロを打たせるスタイル。

 今日はあまり三振は、奪うつもりはない。

 ただゴロを打たせることばかり考えていては、ピッチングの幅が狭まってくる。

 なのでバッターの手元で動くボールを使いながらも、高めに外れたストレートなども投げる。

 ここのところの数試合とは異なり、去年までと同じようなピッチング。

 つまり完封できるピッチングということだ。


 一回の裏に、アナハイムの攻撃は一点を取ってくれた。

 やはりノーアウトからアレクの打席であり、そこから樋口につないでいくというのは、チャンスを作りやすいのだ。

 一点を取られてからも、ボルチモアの打線の動きは変わらない。

 ラッキーズと違って、主力を休ませるということもしていない。

 これはボルチモアが、ラッキーズと比べてコンテンダーではないという理由もあるだろう。

 レギュラーシーズンからポストシーズンに進めるほど、ボルチモアの戦力は整っていない。

 それでもレナードとリッチモンドの先発に勝ってしまうのだから、やはり戦力均衡は上手くいっているのだ。


 二回以降、直史のピッチングは変わらなかった。

 本当に特筆するべきことはなく、内野ゴロを大量生産している間に、内野の間を抜けていくゴロが三つほどあった。

 ただそれでも、ダブルプレイで一人は殺している。

 普段と同じように、100球以内での完封。

 4-0でアナハイムは完勝した。




 直史から点を取る手段が、まるで思い浮かばない。

 現状ではMLBの全てのチームが、そう考えているだろう。

 唯一前年、ポストシーズンで黒星をつけたメトロズ。

 幸いと言うべきか、今年はメトロズは、レギュラーシーズンではアナハイムと当たらない。

 するとレギュラーシーズン中に、一番アナハイムと対戦することがある中では、最強なのがミネソタ。

 今の予定だと五月の中旬に、アナハイムとの対戦予定がある。


 去年から急激に強くなり、今年はさらにチームを補強したミネソタ。

 リーグ全体を見ても、今では最高の勝率を誇っている。

 大介のいるメトロズに次ぐほどに、その得点力は高い。

 そしてピッチャーの方も、去年よりさらに粒が揃っている。


 このまま順調に試合を消化していけば、四連戦の四戦目で、直史の登板予定となる。

 ただ直史の持つ呪いのピッチングの力を思えば、一戦目で戦って、二戦目以降に影響を残したい。

 もっともア・リーグ全体で考えた場合、ミネソタの勢いを止めることは、それはそれで重要だとも思える。

 もちろんア・リーグ一位の勝率はミネソタに素直に譲って、アナハイムは二位を目指せばそれでいいとも思える。

 とにかくポストシーズンに出てしまえば、直史はその真価を発揮するのだから。


 ミネソタはそろそろ、アナハイムとのカードの作戦を立てているだろう。

 ただアナハイムとしては、今年のミネソタの爆発力に、勝てる方法があるとは思わない。

 それこそ直史が一人で、四つ勝ってしまうとか。

 去年は直史が第一戦で、ヒット一本だけに抑えてしまった。

 その勢いからスターンバックとヴィエラが勝利し、レナードまで四連勝でワールドシリーズ進出を決めたのだ。

 11回を投げて完封したスターンバックは今年はいない。

 ヴィエラもおらず、レナードは六回を三失点と、打線の援護が必要なぐらいには失点していた。


 ミネソタは今、どんどんとチームが毎年強くなっていく成長期だ。

 それこそ今年は、アナハイムを倒してメトロズを倒して、ワールドチャンピオンになってもおかしくないと言われている。

 ただそれが本当にどんな力かは、当たってみないと分からない。

 直史が三勝して、他の誰かが一勝する。

 そんな感じで勝ててしまうのが、ポストシーズンの戦い方なのだ。


 レギュラーシーズンの戦いっぷりから、樋口は悲観的になっている。

 まず第一に、ポストシーズンに進出出来るかどうかという話だ。

 特に強豪でもないボルチモアに、負け越してしまうレギュラーシーズン。

 勝率五割はどうにか保てているが、地区優勝してリーグ勝率二位以内でないと、直史を酷使することになる。

 去年のワールドシリーズ、直史は一人で三勝した。

 そして四戦目で負けたわけだが、果たしてあれば万全の状態であったのか。

 もちろん直史に言わせれば、勝てる選択肢を選んで、その中で負けたとしか言いようがないのかもしれない。

 だがやはり、九日間で四試合、しかも基本的に完投を目指すというのは、ピッチャーへの負担が大きすぎるだろう。


 アナハイムもまた、今年は一人マイナーから上がってくるピッチャーがいる。

 スプリングトレーニングではなかなかのピッチングを見せていた、フィデル・ゴンザレスだ。

 野手の方の補強を優先していたため、これまではメジャーに上がってこなかった。

 しかし投手陣の、特に先発陣の弱体化を考えて、ローテの中で回していこうと思われている。

 球速はMAX100マイル、それにカットボールとツーシームがあり、さらにチェンジアップがある。

 基本的には打たせて取るピッチャーであるが、三振を奪うことも出来る。

 ただ樋口の見立てでは、クローザーの方が向いているのではないか、とも思える。

 スプリングトレーニング中は、短いイニングで実績を上げていたからだ。




 日本であればゴールデンウィーク期間中、アナハイムはシアトルへ向かう。

 ここでまず三連戦を行い、そしてコロラドへ向かうのだ。

 コロラドとは二試合を行い、そしてまたアナハイムへ戻ってくる。

 そしてフランチャイズにて、ミネソタとの対決を迎えるのだ。


 去年は一気に勝率を伸ばし、中地区を制したミネソタ。

 その打撃力から、アナハイムの投手陣でも、感嘆には封じられるとは思われていなかった。

 だが初戦で直史が、第二戦でスターンバックが完封を続けたため、その勢いのままにスウィープで敗退していた。

 今年はレギュラーシーズン中から、MLB全チームの中で、最も高い勝率で推移している。

 打線よりはむしろ、ピッチャーをさらに強力にしたため、安定感が増したと言われている。

 今年の本命だと言われており、確かにチームの戦力バランスを考えれば、そう思われても不思議ではない。

 

 直史はここで第四戦目に投げるが、樋口としてはそれはいいことだと思う。

 万一にも第一戦などで負けてしまったら、四試合をスウィープされる可能性すらある。

 今年のミネソタは、そういう勢いのあるチームなのだ。

 もっとも直史はこれまで、そういう試合において全て、相手の勢いを殺してきた。

 ただ今のアナハイムは、ミネソタの強力になった投手陣から、何点取れるか分からない。

 そのあたりまでを考えても、やはり第四戦に投げるというのは間違っていないのだろう。

 本当にそこまで深く考えたのか、首脳陣の考えなどは知らないが。


 それよりも先にあるのが、シアトルとの三連戦である。

 アナハイムがヒューストンをスウィープし、その後どちらもごたごたと負けていたため、今はシアトルがア・リーグ西地区の首位になっている。

 ほんのわずかのゲーム差であり、まだ五月に入ったところなので、さほど気にする必要はないのだろう。

 しかしこの三連戦、直史の先発がない。

 なのでシアトルに果たして勝てるのかは、微妙なところである。


 NPBと違って先発ローテのピッチャーも、常に遠征にまで帯同するMLB。

 場合によっては移動させずに休ませてもいいのでは、という場合もある。

 特に先発のローテは、かなり厳しく守るのがMLBの流儀だ。

 ただMLBは延長引き分けがないため、泥試合になることが少なくない。

 その場合は代走なりなんなり、ピッチャーの出番がないわけではない。

 それに常にチームと帯同していなくては、むしろ一人で飛行機移動などをすると、時間も手間もかかる。

 なのでロースターの26人は、ほとんどの場合は一緒に行動しているのだ。

 ちなみにこのため、試合中にトレードが成立し、試合の始まりと終わりとで、着ているユニフォームが違うという場合もあった。


 シアトルとの三連戦は、第一戦がボーエン、そして第二戦がメジャーに上がってきたフィデルとなっている。

 そして第三戦が、ガーネットとなっている。

 なんだかんだと言いながら、ア・リーグ西地区も三強二弱の状況が続いていると言ってもいい。

 しかしテキサスをそこまで弱いとは言えないし、上の3チームもそこまで勝率が飛びぬけているわけではない。

 確実なのは、オークランドが圧倒的に弱いということぐらいだ。

 シアトルとの試合を、直史はベンチの中からゆったりと見ていた。


 今季最初の、レギュラーシーズンではシアトルとの対戦である。

 そして第一戦は、先日はなかなかいいピッチングをしていながらも、負けがついてしまったボーエン。

 ここで勝とうという意識は強かったであろう。

 だがアウェイゲームのため先攻を取り、先に攻撃となっていながらも、アナハイムは無得点のスタート。

 確率的にはそういうことも普通にある。

 

 シアトルはチームのバランスが良くなっている。

 攻撃に偏らず、守備に偏らす。

 そういうチームとしては、ボーエンからでも普通に何点かは取れる。

 対して相手のローテとの噛み合いによるが、アナハイムは得点がなかなか入らない。

 六回までを投げて、1-0とシアトルのリード。

 そしてここで、両チームはリリーフ陣に継投する。


 アナハイムはこの数試合、勝ちパターンのリリーフを使っていない。

 なのでビハインド展開ながら、わずか一点ということで、マクヘイルから投入していく。

 だがこちらが点を入れられなくても、向こうも点を取られなくては、結局は同じこと。

 そうは思っていたのだが、どうにかこのロースコアゲームの中、一点を取ることには成功する。

 これでボーエンの負けは消えた。


 ここから逆転出来れば、それでアナハイムとしてはありがたい。

 だが実際には追加点が取れないのが、今年のアナハイムである。

 そして勝ちパターンのリリーフ陣は、ここのところあまり投げていなかったため、やや感覚が狂っていたということもあるのだろう。

 ルークが失点してしまって、またもシアトルのリードとなる。

 1-2のまま試合は決着し、僅差でシアトルの勝利。

 見ているだけの立場としては、どうにももどかしいものであった。




 そして第二戦、アナハイムはメジャーデビューのフィデルである。

 本来ならアウェイゲームではなく、フランチャイズの状況の中で、デビュー戦を飾らせるべきであったろう。

 ただ今年のアナハイムの試合は、あまりそういうことを考えている余裕がない。

 それにフィデルとしても、メジャーデビューに変な気負いはないように見えた。

 もっとも試合の前から、樋口は少し嫌な予感はしていたのだが。


 MLBに入ってから、そこそこの期間をマイナーで過ごし、フィデルはメジャーでデビューする。

 そしてメジャーデビューしたピッチャーのやることは、まず自分がどれだけ通用するかの確認だ。

 ストレート一本やり、などという無茶はしない。

 だがそれでも、自分のストレートの威力を確かめてみたくなるものだ。

 初回の攻撃で、アナハイムは得点出来なかった。

 するとピッチャーには、わずかながら肩に力が入るものだ。


 そういったピッチャーの心理を、しっかりと理解しているのが、シアトルの先頭バッターの織田であった。

 ムービング系のボールはカットし、チェンジアップは見逃す。

 樋口も気づいていたが、ほんのわずかなフォームの差が、チェンジアップとそれ以外で出てしまっている。

 気負いはないように見えたが、それでもある意味の傲慢さはあったのか。

 フルカウントまで追い詰めてから、アウトローへ。

 だがそれは、まさに狙ったコースである。


 樋口はやめろ、と思っていた。

 ここはボール球でいいと思っていたのだが、よりにもよって中に入ってくる。

 狙い済ましたように、織田はそれを叩いた。

 メジャーデビューの最初のバッターに、ホームランを打たれるフィデル。

 樋口の心労は、まだまだ続くようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る