第11話 夢魔
パーフェクトゲームを食らったら、死にたいような気分になるのだろうか。
直史は高校時代、ピッチャーとして己を規定していたため、バッターの気持ちはあまり分からない。
意外とバッターとしてもアベレージは高く、大学時代も完投が多かったため、それなりの打撃力はあった。
プロ入りしてからは自分が点を取らなくてもいいため、打席はあってもどんどんと成績は落ちていったが。
しかし今でもバントは上手い。
そんな直史の思惑は、とりあえず上手くいった。
クリーブランドとの第三戦、中四日でボーエンが投げたのも良かったのだ。
直史に完全に押さえ込まれたクリーブランドは、バッティングが完全に狂っていた。
凡退続きで、アナハイムはその間に小さなチャンスをつないでいく。
クリーブランドのベンチとしても、どうにかしなければいけないとは分かっていただろう。
だがどれだけ喝を入れようとも、実感に優るものではない。
アナハイムのベンチを見れば、そこに直史がいるのだ。
この二年間の間に、直史に徹底的に抑えられ、バッティングの調子を崩してMLBを去ったものは片手では数え切れない。
二進法を使えば数え切れるだろうが。
ただアナハイムの打線も、なかなか爆発とまではいかない。
クリーブランドもこの第三戦は、エースクラスのピッチャーが登板していたからだ。
現在のアナハイムの打線では、長打の連発というのは考えにくい。
そして樋口は主に、出塁を重視したバッティングをしている。
二番打者の重要性は、現在のMLBでは四番打者に匹敵するとも言われる。
アナハイムのターナーを含めた打線であれば、樋口が二番でターナーが三番というのが最適と計算されていた。
しかしターナーが抜けたことによって、樋口にかかる負担が増えている。
バッター一人が抜けたことで、打線が大幅に弱体化するのはあることだ。
打線というのは線であって、点の集まりではない。
下位打線にもつれこんで、アナハイムは先制点を取った。
去年までの圧倒的な上位打線の得点力は、確かになくなっている。
だが地味に点を重ねていた下位打線は、元のままに動くのだ。
その下位打線が出塁した後の、先頭打者に戻ってアレク。
右中間を破るヒットで、複数点を一気に追加した。
ここでクリーブランドが、直史のダメージから立ち直ってくることが出来ていたら、それは逆にクリーブランドというチームにとって、大きな成長となったのだろう。
だがそれを可能にする芯となる部分が、まだクリーブランドには足りていない。
メトロズもまた、芯はあってもそれを支えるものが足りない。
アナハイムもまた、同じようなものだ。
物体を支えるために必要な、安定するのは三つの足。
そのうちの一つが抜けてしまえば、二本の足でどうにかバランスを取るしかないのだ。
直史と樋口のバッテリーの力は、その二本の足となる。
あるいはバイクや自転車の、前後両輪か。
たださすがに直史まで投げないと、樋口は一人一輪車で、バランスを保ってチームを動かすことになる。
MLBならばともかく樋口の野球のベースは、日本のものなのだ。
そして実際に樋口がリードしなければ、アナハイムのピッチャーはまだまだ未熟な選手が多いのだ。
六回までを一失点に抑えて、そこからは鉄壁のリリーフ陣。
ボーエンも中四日で投げていたので、球数はやや少なめに済ませた。
マクヘイル、ルーク、ピアースの三人が1イニングずつ抑える。
二年連続でレギュラーシーズンを制圧していた、勝利の方程式である。
もっとも樋口は、そこまで強力なものではないと思っているが。
それでも最終的なスコアは、5-1でアナハイムの勝利。
クリーブランドには勝ち越すことが出来た。
重要なのは単に勝ったというだけではなく、その内容である。
先発が安定して投げて、リリーフ陣が一点も取られない継投。
下位打線から先取点は奪ったものの、そこから上位打線も打点を上げる。
チーム力で勝ったと言えよう。
思えばここまで七試合、先発がクオリティスタートに失敗したのは一度だけなのだ。
後はどうにか試合を作っているのに、打線のほうが空回りしていた。
ターナーがいないのは、確かに大きいだろう。
だがここで出来ることは、スモールベースボールなのではないか。
フルスイングも、小さなチャンスをものにするのも、ケースバッティングで行っていけばいい。
攻撃を単純化しすぎることが、おそらくは得点の減少につながっているのだ。
単純化することは、確かに効率的であるのかもしれない。
その単純化した中で、技術を磨いていく。
だがもっと戦術を立てていけば、勝てるのである。
少なくともアナハイムは、ターナーの状態がはっきり分かるまで、ワールドシリーズを諦めるべきではない。
もっとも今年のア・リーグはミネソタがすごい勢いで勝っている。
ピッチャーを補強して、今年こそはと考えているのか。
驚くべきはまだチームとして若いため、今後も数年は強い状態が維持できそうだということ。
ブリアンがFAになった時、どういう条件を出せるかで、ミネソタの未来派変わるだろう。
地元で一日の休日となる。
だが完全に休日ではなく、午前中は守備の練習がある。
基本的に守備というのは基礎をやれば、確実に一定の技量までは到達する。
もっとも大介やアレクのような身体能力があれば、ありえないファインプレイを連発するものだが。
アナハイムのピッチャーの中では、間違いなく一番守備が上手いのは直史だ。
基本的にピッチャーは投げるのが仕事と考えている中で、ピッチャーも投げた後にはまた野手である、という意識が強いのだ。
白富東はそれほどでもないが、このあたりはやはり日本のアマチュア野球の、長い蓄積がものを言うのだろう。
もっとも千本ノックだのは脳死判定を受けるような、意味のない練習であったりするが。
常識的に考えて、打球が打たれたすぐ後に、打球がまたくるわけがないのである。
ゴールドグラブ賞を既に二度獲得している直史。
自分が捕らなければ、センターに抜けていくという打球は、確実に捕れるようにしないといけない。
打球の速度や体勢を考えれば、ピッチャーは一番守備が難しいポジションかもしれない。
そもそもカバーのために、あちこちに移動もしないといけないわけであるし。
ただこういったカバーの入り方は、それこそ反復練習で学ぶことが出来る。
意識せずに守れるというのは、確かに理想ではあるのだろう。
今のところアナハイムは、欠けてしまった三遊間に、そう大きな欠陥は感じられない。
ただターナーは守備範囲こそそれほど広くはなかったものの、強い打球も確実にキャッチするサードではあった。
直史が三振を多めに奪っていったのは、三遊間を意識したこともあるだろう。
野手の真正面に、丁度いい勢いで打たせることが出来るものか。
実際のところは真正面であると、むしろ距離感が狂いやすかったりするものであるが。
バッティングもそこそこやっていたが、果たしてこのままの打順でいいのだろうか。
かつてクリーンナップは3・4・5番であった。
しかし統計的に計算した場合、強打者、あるいは好打者を1・2・4番に置くのがいいとおおよそのデータが出ている。
実際にメトロズなどは、高出塁率のバッターがいない時は、大介を一番に置いていた。
ステベンソンが入った今季は、二番となって明らかに打撃はさらに強くなっている。
ただ日本では高校からNPBまで、ほとんどが三番を打っていた。
しかしアナハイムはターナーを、三番で使っていたのだ。
四番で使うこともあったが、全ての状況をコンピューターで計算すると、三番の方がより得点の期待値が上がった。
元々は白富東で、セイバーも同じことをしていたのだ。
ライガースではほぼ三番固定であったが、それは高校までの実績と、金剛寺というミスターライガースがいたからこそ。
セイバーは「私なら二番で使いますね」と言っていたものだ。
アナハイムは今、スラッガーのウィリアムズを三番に使っている。
打率は微妙であるが、長打が多くて歩かされることが多いので、OPSはそれなりに上がっている。
だがターナーほどの安定感がないので、シュタイナーの前で切れてしまうことが多いのだ。
一番から四番までが強かった去年が、いかに恵まれていたか分かるというものだ。
この休日に、メトロズの方は試合があった。
先発に回っているウィルキンスが勝ち星を上げて、四勝三敗。
去年128勝もしていたチームが、ここまで苦戦している。
理由としてはやはり、投手陣の弱体化にあるのだろう。
ウィッツの大型契約が終わり、そこから再契約を結ばなかった。
代わりに入ってきた中に、先発ローテを回せるピッチャーがいない。
もちろんジュニアが負傷者リストに入ったのも、問題の一つではあるのだろう。
だがそれよりはリリーフ陣の方が、層の薄さは問題だと思う。
クローザーが本当にいない。
また他のリリーフ陣も先発が薄くなったため、そちらに回ってしまっている。
先発が一人いないよりも、クローザーのいないことが致命的だ。
むしろポストシーズンの方が、ピッチャーに無理がきくため、楽になるのかもしれない。
レギュラーシーズンは安定して勝たなくてはいけない。
ワールドシリーズのように、四勝三敗でいいというわけにはいかないのだ。
だが二年前のように、どうせしっかりと補強はしてくるだろう。
メトロズはそのあたり、容赦のない金の使い方をしてくる。
トレードデッドラインになれば、上手くクローザーを獲得するのだろう。
しかしクローザーを複数年で契約しないのは、やはりそういう主義なのだろうか。
確かに代えの利かないポジションを、長期大型契約で縛るのは難しいだろう。
もっともアナハイムのピアースなどは、大変に安定したクローザーであるが。
一日、午後は子供たちと遊んだりもした。
もう少し大きくなれば遊園地に連れて行ってもいいのだが、まだ長男の方が小さすぎる。
陽光にあふれた街は、アメリカの中でもかなり安全だ。
なんせ遊園地の開いている間は、そこからの大通りであれば女性が夜中に歩いていてもおおよそ問題はない。
もっとも路地に入ると、とたんに危険度は増すのだが。
アナハイムは地下鉄も、昼間の間であれば安心である。
それでも夜になれば、日本ほどの安全度はない。
日本も一時期はやや治安が悪くなったが、東京などは監視カメラが多く、都市部の安全はまた戻ってきたと言っていいだろう。
直史の実家近辺は、意外と野生動物がいるため、普段は人間には近寄らないが、下手に手を出すと危険である。
なおこの10年ほど後、直史の甥が石と棍棒で猪を倒すことになるのだが、それは遠い先の話である。
翌日、ヘイロースタジアム。
対戦相手は開幕を戦ったオークランドである。
今度はホームゲームということであるが、そもそもアウェイでもあまりプレッシャーを感じることがない。
スーパースターのいるチームは、そういうところがあるのである。
もちろんはブーイングは飛んでくるが、それはお約束。
とは言え直史が投げるのは、第三戦になるのだが。
本日の先発はレナード。
前回は六回二失点であったものの、勝ち星はつかなかった。負け星がつかなかったことは幸いである。
初回から立ち上がりにソロホームランを打たれるという事故はあったが、それ以外はランナーも出さなかった。
そしてアナハイムはその裏、やはり先頭のアレクからランナーが出る。
樋口はここで、久しぶりにセーフティバントで内野安打を稼いだ。
守備が後ろに守っていれば、こういう選択もあるのだ。
ここから外野フライが二つ出て、タッチアップが続いて一点を獲得。
残念ながら樋口は三塁に残塁である。
レナードの今日の調子は、決して悪くはなかった。
二回以降は時折ランナーは出るものの、三塁までは進ませない。
やや球数は多いが、六回までは投げられるだろう。
リリーフ陣も昨日は休んでいるので、勝ちパターンを使っていける。
第三戦に直史が投げるので、そこでも完投してもらってリリーフが休めるのは、もはや暗黙の了解。
六回までを注意深く、レナードは投げきった。
アナハイムはその六回までに、三点を得ている。
長打によるビッグイニングは作れていないが、上手く出塁したランナーを進めているのだ。
強打していくこともあるが、スクイズをすることもある。
MLBではバントの技術がかなり衰退しているので、アレクや樋口の技術はかなり重宝される。
そもそもこの二人であれば、統計上は普通に打ったほうが期待値は高い。
だが小技を上手く入れていくことは、相手の集中力を削ぐことになる。
日本の高校野球で頂点を取った二人は、そのことがよく分かっている。
特に樋口などは、監督が放任主義であったので、一年生の頃からかなり上級生の面倒まで見ていた。
大学時代はある程度周囲のレベルが上がっていたため、そんな面倒なことはしなかったが。
好打者がバントも出来るというのは、実は便利で厄介なことなのだ。
特にこのバントが、バスターにまでなると脅威度は跳ね上がる。
ただ目の前の一試合に全力を尽くすというのは、長いシーズンを戦う上では消耗が大きい。
日本の高校野球を通過していると、そのあたりの按配も分かるのであるが。
NPBで活躍してから、ポスティングでMLBにやってくる。
実のところこれが、一番野球選手としては成功しやすいのかと思わないでもない。
ただピッチャーはともかく、野手の成功例はあまり多くない。
これにはやはり、アメリカのスタジアムが、ほぼ天然芝というのが関係しているのかもしれない。
そんなわけでこの試合、リリーフ陣も一点を取られたが、終盤にまた打線は一点を追加。
4-2という緊張感のある、いい試合であった。
そして翌日、アナハイムの先発はガーネット。
彼がどこまで成長するかで、今年のアナハイムの到達点は決まるのかもしれない。
ガーネットは去年から本格的にメジャーで投げることになった。
谷間の先発として使われながら、16先発で6勝4敗。
去年のアナハイムの得点力から考えると、まだまだ微妙な数字である。
実のところ首脳陣も、それは分かっていた。
だがたとえ貯金など作れなくても、ローテを守ってリリーフにつなげられれば、それで充分と思っていたのだ。
ターナーの離脱による、得点力の低下。
本当なら六回三失点という最初の試合も、クオリティスタートなので充分のはずであったのだ。
スターンバックとヴィエラ、二人が抜けたのはやはり大きい。
なおトミージョンを受けたスターンバックはともかく、ヴィエラは普通に他のチームと契約し、既に今年の初勝利を上げている。
何が失敗したかと言うと、やはり打線の強化であろう。
そしてその原因は、直史の契約がまとまらなかったこと。
さらに大きな条件が必要かと、打線の補強に使うことが出来なかった。
なのでターナーと大型契約を結んだのだが、こういうこともあるのだ。
この試合、ガーネットは初回からランナーを出してしまうピッチング。
しかし打者一巡までは、どうにか無失点で抑えていた。
アナハイムの攻撃は、三番に入っていたウィリアムズは、こう言ってはなんだが意外性の一発で先制。
だが珍しくもアレクと樋口が出塁できておらず、ランナーがいないためソロホームランとなったあたり、いまいち全体的にチームにツキがない。
オークランドもそう、得点力のあるチームではないのだ。
だが選手個人を見れば、一発を打てる選手ばかりなのがMLBだ。
そしてたまたま、その時にランナーがいたりする。
責任イニングの六回までを投げて、なんとか二失点。
だがここまでアナハイムも、二点しか取れていない。
アレクと樋口の調子が悪いと、すぐに点が取れなくなってしまう。
二人とも三割の打率はキープしているのだが、やや長打が少なくなっているのだ。
そうは言ってもやはり、狙ったときの樋口のホームランは既に二本。
この割合で打っていけば、40本を打ててしまうのではないか。
普段は確実に出塁し、単打でもいいからアウトにはならないようにする。
そして本当に必要な時には、狙い球を絞って打つ。
樋口のやっていることは、昔からずっと変わらない。
MLBは今年で二年目ということを考えると、充分な成績だ。
何より樋口のバッティングで特色があるのは、苦手なボールがないということだろう。
大介にしても自分の背中側から、内角に決まるようなボールはやや打ちにくい。
しかし樋口の場合は、そういうボールも配球を読んで打ってしまうのだ。
六回を終えて2-2の同点。
ここから勝ちパターンのリリーフを、使っていくべきかどうか。
幸いと言うべきか、一日の休みがあったのと、明日の先発は直史だ。
ならばここで連投しても、明日は休むことが出来る。
こうやって躊躇なくピッチャーを使える日程だと、アナハイムは強い。
しかしこの日は、七回のマクヘイルが打たれてしまった。
3-2となったその裏、アナハイムは得点がない。
ビハインドの状態から、勝ちパターンのルークにつなげるべきかどうか。
シーズン序盤で、まだリリーフに無理をさせる時期ではない。
だがマクヘイルは、1イニングで交代だ。
他のリリーフを試してみるべきか。
アナハイム首脳陣は、リリーフを温存した。
結局八回にも一点を取られ、最終回の攻撃も一点を返しただけ。
惜しくも一点差で、アナハイムはこの試合を落とした。
しかし翌日の試合は、既に発表されている通り、中四日で直史が投げる。
それを思えば、未来が輝いて見えるのかもしれない。
昨年地区最下位のオークランド相手に、アナハイムは今年ここまで、完全に五分の星である。
正直なところオークランドは、案外今年は勝っていたりする。
それでも負けが込んでいるあたり、やはりまだまだチーム作りの最中であると言える。
だがシーズン序盤のこんな時期に、二度目の直史の先発と当たる。
こういったツキのなさも、オークランドが飛躍できない理由かもしれない。
ここでオークランドのメンタルにダメージを与えすぎるのは、直史としては本意ではない。
なぜならこれはカードの最終戦で、せっかくオークランドのプライドをボキボキに折っても、その恩恵を得るのは他のチームであるからだ。
無理に三振を取らず、またパーフェクトを狙わなくてもいい。
重要なのは球数を減らすことだけである。
オークランドは開幕戦で、既に今年もトラウマを植えつけられている。
なにしろたったの66球で完封されたというのは、MLBの歴史でも極めて珍しいレベルなのだ。
直史からヒットを打てた場合、多くは内野の間を抜けていくか、打球の勢いがなさすぎる内野安打。
もしくは内野の頭をわずかに越えたポテンヒットとなる。
振り回していくのではなく、ミートしてヒットを狙う。
難しいコースは最初から捨てていく。
そう割り切っているオークランドに対し、直史は難しいコースばかりを投げることとなった。
アウトローとアウトハイ、そしてインロー。
ここの出し入れと、追い込んでからは逃げていく球。
見逃し三振二つを取ってから、オークランドも戦術を変えてきた。
難しいコースは基本捨てるが、一つだけはしっかりと狙っていく。
もっともこれも、直史や樋口が分かってしまえば、そのコースを避けていけばいいだけとなる。
そしてコースではなく、緩急でコントロールをつけるのだ。
完全に詰まったピッチャーゴロを直史が処理して、スリーアウトチェンジ。
本日も10球で1イニングを終わらせてしまった。
中四日で投げていくペースなので、およそ90球前後で完投してしまいたい。
そんな直史の比較的楽な注文に、樋口も軽く応えるだけである。
そして一回の裏、またもアナハイム打線は安定して先取点を取ってしまう。
外野フライを打ったつもりのシュタイナーが、スリーランホームランを打ってしまったのだ。
直史が一試合に三点を取られた試合は、去年のワールドシリーズ最終戦のみ。
それも延長の14回までを投げたときだけである。
つまり……これで試合は、もう決まったようなものであった。
勝ったな、というのは盛大なフラグである。
だが直史は壮絶なフラグクラッシャーでもある。
オークランドはとにかく、パーフェクトゲームだけは避けたい。
なのでミートを重視してスイングしてくるバッターが多くなる。
どのみち現在のアッパースイング主流のMLBでは、高めのストレートとカーブの組み合わせが効果的だ。
大きく曲がるパワーカーブなどを使って、三振も奪っていく。
そして際どいところに投げれば、樋口がフレーミングでストライクにしてくれる。
実際のところは、それなりにボール球も多いのだ。
しかし直史のコントロールの良さは知れ渡っているだけに、落差の大きなボールなどは、かなりストライクと取ってもらえることが多い。
フレーミングを別にしても、他のピッチャーならボール球になるだろう。
だが直史はとにかく、審判をも審判する人間である。
あのコースをストライクに取らないとは、と後から判定にネットで攻撃されたりするので、完全に落差のあるボールはストライクになりやすい。
おかげで今日は、カーブで見逃し三振が多くなっている。
思えばひどい話である。
抜群のコントロールに、ほぼ全ての変化球を投げて、ストライクの取り方も独特。
時々投げるストレートは、スピードはそれほどでもないはずなのに、空振りするか内野フライが多い。
そしてボール球のはずのストレートにまで、手を出してしまう。
直史ならボール球でもギリギリだ、と思っていると、案外大きく逃げていったりもするのだ。
「おかしいな」
「何が?」
「今日は少し打たせながら、楽に投げるつもりだったのに」
「楽に投げてるだろう」
いや、確かにそうなのだが。
90球は微妙であるが、100球以内には収まりそうな球数だ。
そして奪三振は、五回にもう二桁に達していた。
三振をそう奪っていくつもりはなく、実際に球速も94マイルまでしか出ていない。
それなのにカーブを見逃したり、タイミングを狂わせたりして、ものすごく空振りと見逃しが多くなっている。
そしてランナーが一人も出ていない。
前のクリーブランドとの試合に引き続き、この試合もパーフェクトで進行している。
二試合連続でパーフェクトを達成したことはあっただろうか、と自分のことなのに他人事の直史である。
あまり自分の記録には、興味を持っていないのだ。
なお去年、シアトルとカンザスシティとの試合で、二試合連続のパーフェクトは達成している。
マダックスとサトーによる、とても球数の少ない連続パーフェクトであった。
まだオークランドの攻撃は残っているのだが、バッターの目が完全に死んでいる。
そのつもりは全くなかったのだが、やりすぎてしまった直史である。
そして九回、18個目の三振を奪って、試合終了。
94球でのパーフェクト達成。
二試合連続でのパーフェクトゲームである。
昨年のワールドシリーズ最終戦、サヨナラホームランを打たれて敗北した直史。
完璧なる記録は、あそこで途切れている。
だがレギュラーシーズンに限って言うなら、いまだにNPB時代から無敗。
不敗神話は続いていく。
そして18個も三振を奪われたオークランドは、開幕での大敗もあって、ここから急激に調子を落としていくことになる。
なおアナハイムは初回に三点を奪ったきり、追加点は一点もなかったりした。
己のパーフェクトはどうでもよく、そこが気になる直史であった。
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