35:懐妊

 流石は伯爵家、産婆はすぐにやって来た。

 テラスでは人の目に触れるからと、客室に移動して問診。さらに服をはだけてベッドに横になり下腹部を中心に触診を受けた。

 ここまで伯母に話をしてからほんの三〇分。初めての事だからと、一人で悩んでいた時間はなんだったのかと悲しくなってくる。

 産婆の手が離れ「もう良いですよ」と言われて服を直して居住まいを正した。

 うーん実に早い。

「それで、どうだったの?」

「おめでとうございます。若奥様は間違いなくご懐妊なさっておられます」

「あらまあ!」

 両手軽く打ち付けてまるで自分の事のように喜ぶ伯母様。

 それを横目で見ながら、わたしは冷静に、控えていた侍女に視線を送り、「ねえフリードリヒ様を呼んで頂戴」と告げた。


 程なくしてフリードリヒがやって来た。

 帰る寸前の慌ただしい中だ、部屋に入った彼はこの状況を見て、どういう事だと訝しげな表情を見せていた。

「伯母様に相談して産婆を呼んで頂きました」

 そう言っただけでフリードリヒは事情を察したのか、

「そうか、してどうだった?」

「子供を授かりました」

「ありがとうリューディア」

 そう言うとフリードリヒはベッドに座っていたわたしに腕を回して、優しく抱きしめてくれた。心地よいがこのままでは話しづらいから、厚い胸板にそっと手を添えて体を離してもらった。

「申し訳ございませんが本日は一緒には帰れなくなりました」

「ああ判っているとも。長旅で無理をさせて、お腹の子供に悪い影響を与えてはいかんからな」

「出産までうちに居てもいいのだけど、ここよりは王都の方が何かと便利でしょう?

 どちらが良いかは二人で話し合って決めなさい」

 そう言うと伯母様は念のためにと侍女を残して部屋を出て行った。


「産婆の話では一日で王都に帰るのは母体に良くないそうです」

「つまりのんびりならば良いと言うことか。

 だがなリューディア、無理に帰って来なくても良いのだぞ?」

「フリードリヒ様は出産までこちらに居ろと仰るのですか」

「ああ、伯父上も伯母上も信頼できるお方だ。それに経験がある伯母上が側にいらっしゃるのはリューディアにとっても心強いだろう」

「伯母様が良くしてくださるのは解っています。

 ですが伯母様はわたしのお母様ではございません。頼りきりになるのはちょっと……

 それにわたしが居ないとフリードリヒ様は困りませんか?」

 自惚れてと言うつもりではなく、これは夜のお仕事が~と言う意味だ。

「あーまぁな。だがリューディアが来る前はずっと一人だったのだし、きっと大丈夫だろう」

「でも体を壊す寸前でしたわ」

「そんなことはないぞ。俺はまだ若いんだから中年扱いするなよ」

「ふふっ来年には父親になるんですからもう若いなんて言えませんわ。

 それに……無理をして貴方が倒れたら、残された子供はどうなります?」

「俺はリューディアが無理して子供に影響が出る方が心配だがな」

「もう少し大きくなると移動は控えるように言われていますが、今ならまだ大丈夫だと聞きました。ですからわたしは屋敷に帰ります」

「ふぅリューディアは相変わらず強情だな。

 解った、では俺も条件を出そう。伯母上にお願いして侍女を借りてくれ。だからリューディアは必ずその侍女と一緒に帰って来るんだ」

 言われてみれば確かに。レンタル侍女は明日までで、わたしが遅れて帰ろうにも侍女さえいないことに気付いていなかった。


 さて伯母様の返事は「問題ないわ」だった。

 そしてこの手の話だから、若い侍女よりは出産の経験のある年かさのいった侍女の方が良かろうと中年の侍女を借りた。

 とりあえず今日はフリードリヒを見送り。

 わたしは十分に疲れがとれた三日後から馬車で移動。おまけに船は気分が悪くなっても途中で休めないからと、馬車で陸路をのんびり進みじっくり一週間かけて屋敷に帰って来た。

 ちなみにお久しぶりのフリードリヒは仕事疲れですっかりやつれていて、戻って良かったと心底思ったわ。

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