34:ヴェパー伯爵領⑥

 さて朝食の席だ。

 朝食が終わってお茶が入り、談笑が始まるとようやくフリードリヒが今日の予定を告げた。彼が臆病だとかそう言う話ではなく、タイミングを計ったらこうなっただけ。

「昨日の今日で帰るとはなんとも急な話ですね。

 今晩は息子夫婦も呼んで盛大な晩餐を楽しもうと思っていたと言うのに……」

 それを聞いた伯母様はすっかり臍を曲げてしまったようで、不満そうに唇を尖らせていた。

「申し訳ございません。私は商人ですのでどうしても店が心配なのです」

「まあ男には仕事をすべき時と言うのがどうしてもあるからなぁ。なあおまえ、また近いうちに来てくれるだろうし今回は我慢しようじゃないか」

「判りました。

 あっそうだわ。ねえあなた、今度はわたくしたちがリューディアの家にお邪魔するのはどうかしら?」

「姉様のお屋敷って王都だよね! 僕も! 僕も行きたいよ!」

「ふむ。フリードリヒ君、どうだろうか。

 今度はわたしたちを招待して頂けるかな?」

「ええもちろんです。近いうちに必ずご招待いたしますよ」

「ちょっとフリードリヒ様!?」

 侍女も居ない屋敷に伯爵夫妻なんて呼べる訳ないじゃない! と言い掛けて慌てて口を噤んだ。

 こんなことが知れればまた叱られる。

 ただそこで口を閉ざしたから、まるで反対だと言わんばかりに終わってしまった。

「おやリューディアは不満そうだね。何か不都合でもあっただろうか?」

「ふふふっだってフリードリヒ様ったら、日ごろ商売で忙しくされていらっしゃるのに安請け合いするんですもの。思わずわたしの方が慌ててしまいました」

「そうか。確かに今回も二日間だったね。

 フリードリヒ君無理をしなくてもいい、都合が良いときにまた誘ってくれよ」

「はい心遣いありがとうございます」

 何とか丸く収まった~と、わたしが胸を撫で下ろしたのは言うまでも無い。



 そこからは限られた時間を何とかうまく使おうと意欲的に動いた。

 まずは一番大切な、弟のアルフォンスだ。

「伯父様や伯母様の言う事をちゃんと聞くこと。それから将来の為に、伯父様や従兄のお兄様がたに領地の管理について教えを乞いなさい」

 ただし治めるべき領地はもう無いのだが、アルフォンスには子爵の爵位があるからもしかしてのことがある。知っておいて損はないだろう。

「もう! ちゃんと聞いてるよ!」

「なら良いわ。これからも頑張りなさい」

「久しぶりにあったのに勉強の話ばかり……

 お姉様なんて大嫌い!」

「あらもう十二歳になるってのにまだまだ甘えん坊さんなのね」

「僕は甘えん坊じゃない! お姉様が身売りみたいなことをしたから、僕は凄く心配したんだよ! だから心配させたお姉様が悪いんだ」

「そうだったわね。ごめんなさい。

 でもわたしは見ての通り幸せに暮らしているわ。だから安心して」


 アルフォンスが終わると二年ぶりに屋敷に来た先代執事の好々爺。

 老人は話が長いと言うがまさにその通り。思い出話はぐんぐんと遡って行き、わたしが幼い頃にやった悪戯の数々をフリードリヒに語り始めて、悲鳴を上げて部屋からたたき出すところまで続いたわ。


 そして最後。

 どうしても伯母様に聞いておかなければならないことがあり、無理を言って時間を取って頂いた。

 本日は応接室ではなく庭の見えるテラス。

「それで話と言うのは何かしら?」

 わたしは念のためにまわりに視線を彷徨わせ、男性が居ない事を確認してからゆっくりと口を開いた。

「実はここ二ヶ月ほど月経が来ていません。

 伯母様の経験から教えて頂きたいのですが、そろそろ産婆を雇うべきでしょうか?」

 ちなみに伯母様は、〝伯母様の経験~〟の件から口角をピクピクとさせ始め、言い終わった頃には顔が真っ赤ですっかりお怒りだ。

「貴女はもう! その様な体で船と馬車に乗って来るなんて!」

 感情のままに叫び終わった後は脇に控えていた侍女に

「すぐに産婆の手配をなさい!」と指示を出した。

「申し訳ございません」

 血相を変えた伯母と即座の対応。自分の考えが浅はかだったことに気づき謝罪をした。

「いいえこの件は婚約者がまだ居ないからと、ちゃんと教えなかったわたくしにも非があります。

 だからこれ以上は言うつもりは有りません。ただし検査の結果ほんとうに妊娠しているのならば今日帰るのは禁止です」

「ええっそれは困ります」

「馬鹿! 無理をして体調を崩せばお腹の子に障るのですよ!」

 そう言われると流石にぐうの音も出ない。

「検査して~ですよね」

「ええそうね。

 だけど……、わたくしの見立てだと間違いなく妊娠していると思うわ」

 伯母様の視線は顔から胸元、そして腰を経てお腹に下がって行った。その上での発言、確かに最近お肉が付いて来たな~と思っていた矢先だ。

 本当にそうだったら、フリードリヒ様は喜んで下さるかしら?

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