第2話

 九月になった。あれからあいつからは連絡は来ていない。男友達に聞こうかとも思ったけれど、変に思われそうで、やめた。

「行ってきます」

小さい声でそう言って私は家を出る。

 自転車を漕ぎ始めたとき、「あ」と思い出す。やばい、非常にやばい。あの日持っていこうとしたあの袋を、まだ空けていない。そろそろ、やばい。

 あの袋の中身、どら焼きなのだ。きっと賞味期限がそろそろ危ういだろう。これも全部あいつのせいなのに。自転車を漕ぐ力が強くなる。

「全部、あいつのせいだ」

学校に行ったら、思いっきり睨んでやろう。


 教室が、なんだか騒がしい。宿題がなんやら、夏休みの思い出やら何やらを話しているのだろうか。

「おはよー」

そう言いながら、会話の輪に混ざる。

「あ、緋色!ね、聞いた?あの話」

「あの話?」

何かあったのだろうか。

「二組の前田くんの話」

「前田……」

前田健太。あいつの名前だ。

「知らない?」

「なに?またあいつ何かやらかしたの?」

「……」

空気が凍りつく。

「緋色、知らないんだ」

「え?」

「……死んだんだよ」

「へ……?」

何言ってるのかわからなかった。

「緋色知ってると思ってた。仲良かったから」

「え?なに、言ってんの?うそじゃん」

「嘘じゃないよ。交通事故?かなんかだったらし……」

信じられなかった。その後の話ははっきりと覚えていない。始業式があって、たぶん校長先生も同じことを言っていた。


 いつの間にか始業式は終わっていて、私はなにも考えられずにいた。

「ドンッ」

目の前の巨体を視認できないほどに。

「あ、ごめん……て、緋色かよ」

「……」

「おい、どうした?」

慎太郎が私の顔の前で手を振る。

「……んだの」

「ん?」

「健太、本当にしんだの?」

周りの人がちらっと私を見ながら通り過ぎていく。

「おい、ちょっとこっち来な」

慎太郎はすぐ近くの予備教室のドアを慌てて開けて、私を通す。

「お前さ、そんな直接的に聞くなよ」と頭をガシガシと掻きながら困ったように言う。

「……ごめん」

慎太郎は前田とすごく仲良かったなって思った瞬間に声にでてしまったのだ。

「そうだよ。まあ、俺も信じられねぇけど。」

「そ、なんだ」

「お、おいおい!泣くなよ……」

目からぽろぽろと涙が溢れて止まらなかった。

「なんでお前そんなに泣いてんの?別にそんな話してなかったくね?別れてから」

 そうなのだ、私たちは別れている。四年前に。でも、喧嘩別れじゃなかったから、別れてから一年くらいはよく話していた。それに、あの日も。

「死んだのっていつ」

「八月、十日とか?交通事故らしい」

あの日だ、あの日の日付は八月十日だった。

「あいつさ、無灯火で自転車乗ってたらしくてさ、車は気付かなくてそのまま……て感じらしい」

「そう、なんだ」


前田は、死んじゃったんだ。

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