どら焼きの味
結城 碧
第1話
ある夏のことだった。
なんとも言えない蒸し暑い夏の夜、突然一本の電話が私のもとにかかってきた。
「もしもし……?」
「ごめん、急に」
聞き覚えのある声だった。
「どうしたの、急に」とわざと明るい声で答える。
「今ね、アイス食べてる」
「ふーん、なんの?」
「当ててみ」
なんなんだ、こいつは。何の用でかけてきてるんだろうか。
「うーーーーーん、チョコ?」
「は?もういいわ、電話切る」
突然の方向転換に戸惑いを隠せない私は、
「え、あ、ちょっとまって、ごめんってば」
思わず謝ってしまった。不覚。
「まーいーや。ねえ、今から会える?」
「は?久しぶりにかけてきて、それはない」
「そっ、か。ごめん」
電話越しの声はさっきまでの覇気は失われて、子犬のようにしゅんっとなった。
「はー……しょうがないな、何時?」
「え、」
「会ってあげるから何時って聞いてるの」
本当に話すのは一、二年ぶりだった。全くそんな素振りのない自然な会話に、自分でも驚いた。
「いいの!?じゃあ、九時?とか」
時計の針は八時五十分を指している。
「……女の子を夜に呼び出すなよ」
女子は色々準備があるっつーの。
「ごめんね」
「まあ行くけど」
つっけんどんに答える私は、やっぱり可愛くないな、と思う。
「家の下行くから、待ってて」
「わかった」
そう言って電話を切って、急いで洗面台に行く。ボッサボサの髪を少し濡らして、ドライヤーで乾かす。ヘアアイロンを温めながら、ふと思う。
そういえば、ほんとに何の用だろうか
一通り準備を終えて、あと三分。とりあえず下に降りるかと思って机の上にある袋に目がいく。
「これも、持っていくか」
そう言って私はその袋を手に取り、家を出る。エレベーターに乗って、マンションの下に降りたら、あいつはまだ来ていなかった。
「呼び出しといて、まだ来てないのか」
そう言いつつもソワソワとしてしまっている自分がいることに驚く。
だけど二十分経っても、三十分経っても、あいつは来なかった。
「私、からかわれたのか」
家に帰って、携帯を開く。連絡は、何もなかった。
「待ってたのに、来る気なかったんだね」
私の呟きは宙に留まって、消えなかった。
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